ベッコウバチ

大物狙いのハンター


 昆虫なら大概のものは受け容れられるのに、どうして蜘蛛や百足、ゲジゲジの類はダメなのだろうか。「蛇蝎の如く・・」という慣用句があるが、確かに蛇も蠍も受け入れ難い。小学校高学年の頃、楳図かずお原作の映画を何を血迷ったのか映画館で観て、殆ど目を開けてスクリーンを見られなかった記憶がある。チャコちゃんの四方晴美のお姉さんの主演映画で蛇少女か蜘蛛少女ものかと思い込んでいたのだが、改めて調べると松井八知栄主演の「蛇娘と白髪鬼」であることが判明した。松井八知栄は少女タレントを引退してから、プロボウラーに転向し、平板な顔立ちの「美人ボウラー」が目立つ中で、目鼻立ちのくっきりとした真の可憐なボウラーとして、「スターボーリング」などで大活躍した。河童に三平の「カン子」でも大好評だった松井をボウラーに逃してしまったのは、芸能界にとっても大きな損失だった。それにしても「蛇娘と白髪鬼」は怖かった。おそらく、目を開けていたら、未だトラウマとして残っていただろう。
 蜘蛛がなぜ不気味なのだろう。どこか陰湿な印象があるからだろうか? いや陰湿な印象を持っても昆虫なら充分受け容れられる。網などを張るからだろうか? いやそうでもなさそうだ。孵化したばかりの頃、微小な身体で群れているせいだろうか? いや、そういう昆虫も数多く、決して嫌いではない。よくわからない。八本足だからとしかいいようがない。
 にもかかわらず、杜氏は小学校に上がったばかりの学芸会で、蜘蛛の役を仰せつかっている。網に掛かった蝶(お決まりであるが、美少女の役どころである)を逃がすという、誠に不本意な行動を示す蜘蛛で、主役だった。蝶を演じた美少女とロマンスに陥るなどと言う展開は無論なかった。当時、大河ドラマで「忠臣蔵」をやっていた。大石蔵助は長谷川一夫で、後に長谷川の物まねの定番になった「おのおの方・・」の台詞で有名になったヤツである。この忠臣蔵には史実にも原作にもない架空の人物、例えば林与一の堀田隼人などがちりばめられており、その中でも密偵なのか盗賊の類なのかわからない蜘蛛の甚十郎という役を宇野重吉が演じていた。杜氏はこの学芸会で蜘蛛を演じたばかりに、当面「甚十郎」呼ばわりをされることになる。杜氏の名は聡だが、寺尾聡であるワケではない。

 カリウドバチまたはカリバチと呼ばれる種の中で、蜘蛛を獲物にするものは数多い。蜘蛛は虫を狩るハンターではあるが、トタテグモのような身を隠して獲物を急襲するタイプを除いて、所詮身を晒しながら待ち伏せをする種。飛翔という三次元戦略を展開するカリウドバチの敵ではない。その中でも、ベッコウバチはコガネグモ、アシタカグモといった大型の蜘蛛を専門に捕らえる大胆なカリウドバチである。種のヴァリエーションは多く、日本だけでも百種を数えるらしい。スズメバチに形態が似ているという人もいるが、杜氏はそうは思えない。25mm程度とかなり大型ではあるが、スズメバチとはその名の由来ともなった鼈甲色の翅を含め、かなり印象が異なる。翅が有色であり、身体がスリムであることから、ベンジョバチ、つまりは双翅目昆虫であるコウカブを思わせるところもある。
 大型の獲物を狙うのは多分、幼虫を育成するための効率の問題なのだと思う。他のカリウドバチ同様、獲物は眠らせるだけで、生きながら幼虫に食われるのだが、それが大きければ大きいほど、少ないチャンスで幼虫に充分な餌を残すことになる。ハチ自体が大型なら、獲物もそれだけ大きくなるだろう。だが、コガネグモ、アシタカグモともなれば、ベッコウバチの成虫よりは数倍身体が大きい。狩猟方法、効率は別としても、巣まで運ぶのには相当の労力を要すると思われる。
 ベッコウバチは比較的人間の住まいの近くに棲んでいる。アシタカグモなどは、人家の衛生害虫であるゴキブリなどを難なく捕らえるクモであるが、これをも幼虫の餌にしてしまうベッコウバチは人家の近くの方が狩猟チャンスが多いのだろうか。人に対する攻撃性は殆どないが、やはりこちらから攻撃すれば、針を用いて刺してくる。刺されるとかなり痛いらしい。むやみに脅してはいけない。簡単な巣穴を掘るらしいが、ジガバチのような堅牢なものではなく、かなりいい加減な印象がある。種によっては岩の隙間などで誤魔化してしまう。身を隠すことができれば、それで構わないらしい。
 やはり身体の数倍はある蜘蛛を運ぶのはベッコウバチにとっても、重労働であるらしい。だからある種の工夫を施すようだ。止まっている木からやにわに飛び降りて、蜘蛛を巣の近くに追い込むような形で巣穴への距離を短縮させたり、仕留めた蜘蛛を水に浮かべて、それにつかまり、飛翔力を用いて、ホバー・クラフトのように水面をスムーズに移動したりもするらしい。水中翼船モードのベッコウバチを目にしたことはないが、さぞ面白い光景であろう。なるほど、摩擦の大きな地面を、ごつごつした凹凸が多い蜘蛛の身体を運ぶよりも、水を上を滑った方が遥かに楽だ。よく言われる知恵とも違う気がする。横着と呼ぶに相応しいかもしれない。だが、横着から生まれた文化も多いので、あまりバカにしたものでもあるまい。

 英語ではSpider wasp。WaspはミツバチのBeeと違い、スズメバチに象徴される大型のハチである。同じ大型でもマルハナバチやクマンバチのようなミツバチ科の丸っこいものではなく、どこか鋭角的な輪郭を持つ食肉性のハチを指す。分類学にも遺伝にも詳しくはないが、確かにベッコウバチ、ジガバチのような単独行動性のカリウドバチが、アシナガバチ、スズメバチのような社会性を営む食肉性のハチに進化していったような気もする。同じ狩をするものでも、ドロバチ、スズバチ、トックリバチなどはスズメバチ科に属する。だが、アシナガバチ、スズメバチは最早蜘蛛が如何に手ごろに狩ることができる種であっても、手を出さない。狩猟能力や強靭さから言えば、アシナガバチ、スズメバチの方がベッコウバチよりは上であるように見える。にもかかわらず、社会生活をするものは、芋虫、毛虫、つまり鱗翅目昆虫の幼虫を主に獲物にする。リスクの問題でも数の問題でもない気がする。だとしたら、味、嗜好の問題なのだろうか。こればかりはハチになってみなければわからない。
 ベッコウバチが蜘蛛のような危険な生物、しかもその中でも大型の種しか襲わないのは勇敢さからではない。必要に迫られてのことだろうし、多分に横着さ、つまりは労力を使わずに多くのパフォーマンスを得るためであるように見える。多くの発明が、横着さから生み出されている。必要は発明の母なのかもしれない。
 蜘蛛は人間の感覚にとって受け容れ難いシロモノなのかもしれない。だから楳図かずおのような怖がらせ上手な漫画家が、途中でギャグ漫画に走った時期があったにせよ、四半世紀に渉って活躍することが出来る。「今読み返せば笑える」などとノタまう人も少なくないが、それは感受性を磨耗させているに等しいと感じる。世の蜘蛛嫌いの人々にとって、ベッコウバチ、キゴシジガバチのような数多くのカリウドバチが芋虫、毛虫にターゲットを変えないで今日まで隆盛を保っているのは幸いだと思われる。でなければ、地球は漂流教室、じゃなかった蜘蛛だらけの楳図が描くような世界に変わっていたのかもしれない。
 それはおそらく、食糧確保に当たっての競争者を適切な数に維持するという面で、蜘蛛にとっての福音でもある。



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