ベッコウハゴロモ
翅では飛べない
高校の関東大会で、なぜか4×400mRのコール(召集)に立ち会ったことがある。今だから言えるのだが、リレー・メンバ達がウォーミング・アップに余念がないところを、替え玉に立ったのだろうか? 定かな記憶がない。リレーの補欠だった一年生を連れていた憶えがある。そのとき、千葉の天羽(あまは)高校のことを、あろうことか選手係の審判は「ハゴロモ」と呼んでいた。いくら呼んでも返事がないハズだ。天羽は土地によってはアモウとも読む。こちらは西日本に多い傾向だろうか。連れていた一年生が小声で、「ハゴロモだって、プッ」などと失笑していたのが印象的だった。
ただ、天羽と書いてハゴロモと読みたくなる気持ちがわからぬでもない。実際にはハゴロモは羽衣である。ちょっと惜しい。羽衣伝説は各地にあるらしいが、有名なのは三保の松原だろうか。天女が羽衣を脱いで掛けた松は樹齢650年なのだそうだ。意外と古い話ではない。よくよく考えると、おにいさんが天女にしたことは出歯亀プラス追剥ぎ行為ではないか。犯罪である。まぁ、人間離れした(人間ではないのだが)美しい女性がオープン・スペースで入浴でもしていようものなら、人外の存在である分、そういった犯罪的行為に走ってしまう気持ちもわからぬではないが。人間でないのなら、犯罪的ではあっても犯罪には問われないだろう。
ハゴロモというのは半翅目昆虫の一種で、つまりはセミ、カメムシに近い昆虫である。アワフキムシやヨコバイなどに似ているかもしれない。アオバハゴロモはその代表種である。もう一種、代表的なものにベッコウハゴロモがある。その名の通り、緑を帯びた褐色に二本の縞模様を刷いたベッコウに似た半透明の前翅を持つ。ベッコウほど綺麗ではないのだが・・・。
アオバハゴロモが側面から見て三角を形作るほど翅を立てて止まるのに対して、ベッコウハゴロモは平らに止まり、翅も広げ気味である。ガに近いようにも見える。体長は1cm内外とアオバハゴロモと同程度であるが、翅はベッコウハゴロモの方が大きい。アオバハゴロモは翅を用いて頼りなげに飛翔するが、ベッコウハゴロモは危機を感じると驚いたように垂直にジャンプする。こちらが驚くほど高く遠くへ飛び上がる。ただ、翅は大きなだけで飛翔には役に立たないようである。
クズの葉に止まっていることが多く、クズ、ヤマノイモ、ウツギ、ミカンなどの茎から吸汁することで食餌を得ている。例によって吸汁害虫と見なされる。アオバハゴロモ同様、集団で行動することが多い。
ユニークなのは幼虫の形態である。アオバハゴロモの幼虫は全身を綿毛のような白い蝋物質で覆われている。そのため不定形な体型をしており、実態がよくわからない。これに対してベッコウハゴロモも蝋物質を持っているが、それは尾端に近い部分に集中している。このため尾端からクジャクの羽のように羽毛を広げているように見える。その姿は川釣りのルアーの羽か、タンポポなどの風で種子を遠くへ運んでもらう植物の種子のようにも見える。蝋物質が尾に集中しているために、幼虫の姿は明瞭に識別できる。翅のない丸っこいセミのようで、羽毛と合わせると独特の愛嬌がある。これが何の役に立っているのかはわからない。落下傘のように今でも飛んで行きそうな感じがするが、幼虫が風に乗って移動し、羽毛を用いてソフト・ランディングしたという話は聞かない。幼虫も成虫と同じように後肢でジャンプするので、もしかすると着地のショックを和らげる役割を果たしているのかもしれない。
類似種にアミガサハゴロモがあり、やはり尾端に羽毛をつけるので、混同しやすい。アオバハゴロモの方が目に付くのは、アオバハゴロモの方が庭木を吸汁する傾向を持つためだろうか。いずれもよく見かける普通種である。
綿毛を持つのはどうやらハゴロモ類に共通する特徴であるらしい。吸った樹液から蝋物質を抽出する機能を持つのだろう。それが一種の擬態として機能しているかは不明だが、確かに外敵が何か別なものに見間違える可能性は大きい。そのフワフワとした姿は、いかにも女子高生達辺りが「カワイイ」と評するに相応しい。ヨーロッパの妖精はこういった森(樹木)に棲む小動物に由来すると言われている。ハゴロモも妖精に擬えられる資格は充分に持っているだろう。羽衣の持ち主である天女もいわば妖精の眷属であり、そういった面も勘案されたネーミングであるとしたら、奥が深い。
ちょっと浮世離れした雰囲気を持つこの昆虫は、7月頃から羽化して晩秋に近い10月頃まで成虫として過ごす。昆虫の中でも成虫の期間が長い。セミとは大違いだ。効率的なエネルギー代謝を行う仕組みを備えているのかもしれない。妖精であるとしたら、したたかな妖精である。とても羽衣を置き忘れて、卑劣な人間の男の手に落ちるとも思われない。
半翅目昆虫は特異な臭気を発したり、雄がやかましく鳴いたりと、見かけによらずエキセントリックな習性を持つヤカラが多いのだが、そういった特徴が何もないハゴロモ類が、多かれ少なかれ個体数の減少に見舞われている昆虫の中でも、いつまでもその辺りでよく見かける種として繁栄を示しているのも、妖精の魔力のおかげなのだろうか。
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