ベニヒラタムシ

かくれんぼが高じて。・・・

 中世の女性が当時を再現した演劇などで、よく些細なことで気絶したりする。女性は昔、かくもなよやかだったのか、などと騙されそうになるが、一説によれば上流階級の女性はコルセットでウェストを極端に締めつけており、身体に不具合が起こるほどだったという。「風と共に去りぬ」の映画版でスカーレット・オハラを演じたヴィヴィアン・リーなど、あの衣装のままではウェストが50センチを切るのではと見受けられるが、少し時代が下ったアメリカでもそのような非人道的な服装が罷り通っていたとすれば、中世の欧州に生きた女性の苦労がしのばれる。中国の纏足も酷い風習であるが、これも感心しない。

もっとも中世女性の大きく拡がるスカートには他にも遣い途があり、密会中の男はその中に咄嗟に隠れることが出来たらしい。また広大な庭の一角でしゃがんだまま、脱衣しないで用を足すことも可能だったという。現代でもフランス人の入浴嫌いは有名だが、東洋人の方が衛生観念上では、よほど文化が発達していたのかもしれない。男性のワイ・シャツの裾が前後とも拡がっているのは、下着を着けない風習の名残だそうだ。つまり、前の部分は局所を包むために用いるようになっているとか。知っていても、そンな遣い方は真っ平ゴメンである。

 だが、中世ヨーロッパの風習を笑えない人もいるかもしれない。矯正下着や締めつけるストッキングは、プチ・コルセット、纏足もどきと言えないだろうか?

 人間は案外狭いところに入り込むことが出来る。誰も思いつかないような場所に逃れてしまい、いつまで経っても鬼に見つからず、かくれんぼをかえってつまらなくさせてしまうような子供が、十人集まると必ず一人はいた。大学時代の合宿では、夕食後にミーティングが持たれたが、皆が集まってから数名の幹部が部屋の意外な場所から登場するという趣向が凝らされたことがあった。ある日のミーティングでは、部屋の狭い更衣ロッカーに三人の幹部が潜んでいたものだった。弱小とはいえ、陸上競技部。幹部だったらそれなりの体格をしている。よくもそのようなところに身を隠せたものだ。

 ヒラタムシという昆虫は、平田という人の名前か、島根県の平田という地名から名が付いたと思っていた。だが漢字で書くと扁虫。本当に平たいからそう呼ばれるようになったようだ。ヒラタアブなども同じ事情からの命名であろう。今風に言えば、「バタなネーミング」ということになるのかもしれない。上から二次元的に捉えると、ジョウカイボンに似ている。ということはジョウカイボンに似ているカミキリムシ、カミキリモドキ、ホタルにも近い。ただ側面から見ると・・・。ヒラタムシとしか言えない姿がそこに展開される。

 重厚長大が良しとされた「大きいことはいいことだ」の価値観が廃れ、産業界は軽薄短小のキーワードで展開し、今日に至っている。半導体の高集積化はそれに多大な貢献があった。光記憶媒体では高密度化が高じて、光の波長のピッチ以下に物理レコードのセクタを刻んでしまうという、「物の用に立ちうべしとも思われず」と揶揄されるオーヴァー・スペック設計まで登場した。笑い話ではない。現実にあったことだ。昔は薄いことが高品質だったのは避妊器具だけに過ぎなかったが、今では重厚な存在感が売り物だったテレビまで壁掛けになってしまった。

 ヒラタムシの身体の厚みは約1.5cmという体長と比べて2ミリ以下に過ぎない。驚異的な薄さである。最低限の内蔵しか持っていないのではと思われるものだ。無駄なものを最低限に切り詰めた製造業技術者が心血を注いだ実装設計を思わせる。ヒラタムシは朽ち木に住み、木屑に寄ってくる小型のハチなどの小昆虫を食糧とする。幼虫も成虫と同じく肉食性であるようだ。外敵が襲ってきた時には当然朽ち木の隙間、木の皮と幹の間に潜り込む。昆虫はゴキブリなどのように概して身体が薄い。なまじっかの薄さだと、他の昆虫も容易にヒラタムシを追随してしまう。ヒラタムシが他の昆虫と差別化ポイントを見出して生き残り戦術を展開するには、尋常ではないスリム化が必要だったのだろう。というより、その結果がぎょっとするほど薄い現在のヒラタムシの在り方である。

 元々が昆虫の中でもバランスが取れており人気も高いカミキリムシ型なので、ヒラタムシも”Good shaped”であることは間違いない。ベニヒラタムシはヒラタムシの中でも象徴的な種であり、前翅の鮮やかな紅に渋めのスモークを掛けたような色合いが魅力的である。タマムシのような滑らかそうな質感ではなく、独特の細かな凹凸を感じさせる光沢がまたいい。それ以外の身体が黒っぽく、カタギではない人達が上下黒のスーツに艶消しの紅色のシャツを着ているような印象だ。触角はノコギリカミキリのようにギザギザした節が長く連なる形を取っている。それでいて悪趣味には見えない。神奈川県では山の方へ行かなくては見ることが出来ないようで、杜氏が見たのも中学生の頃、あるキャンプで丹沢(大山)に赴いた時だったと記憶している。他には箱根でも観察されるらしい。残念ながら横須賀で見掛けたことはないが、血眼になって探せばいないこともないのだろう。美麗昆虫と呼ばれることはないかもしれないが、なかなかに味のある姿をしている。

 植物を糧とする場合、生木より朽ち木、朽ち木よりキノコ類が栄養効率が良いらしい。前述のキノコムシ類と並んでヒラタムシ類もキノコをお得意様としているようだ。もっとも目当ては、自分でも狩ることが出来る程度の大きさの昆虫であろうが。ご多分に漏れず、ヒラタムシも害虫呼ばわりされているが、その罪状は乾燥食品への害だという。人間にとって干しシイタケが生シイタケより数倍栄養価の高い食品であるように、昆虫にとっても乾燥食品は魅力のある食糧であるに違いない。

 だが概ね人里離れた森の奥で、その任を終えた朽ち木に密やかに棲むヒラタムシを、人間が糾弾するには当たらないと感じる。

 ヴィヴィアン・リーは「風と共に去りぬ」の衝撃的な成功の後、母国に戻り名優ローレンス・オリヴィエに嫁ぐ。しかし、エキセントリックな女優という目に見えないコルセットを外すことが出来なかったのか、オリヴィエの行き届いたケアも功を奏さず、精神に異常を来してひっそりと亡くなっている。今の日本でいわゆるグラビア・アイドルと称される女性達は、身長150cmに充たない「ロリコン系」から、170cmを優に越えるモデル系まで、ほぼ一様にウェストが60cmを少し切る辺りに分散している。「そンなことはあるまい」と感じる。別にウェストが60cmを越えていてもグラビアを見る人にとってさしたる問題でもなかろうとも。逆にカタログと商品の実態が違っていて、返品されるのがオチなのではないか。彼女ら、いや彼女らを商品として売ろうと考えている人達も、精神的なコルセットを女性達に強要しているように思える。ヴィヴィアン・リーの悲劇が少しも教訓になっていない。

 あまり平地では数多く見当たらないのに、山へ行くと人間の身体めがけて突進してくるように見える愛らしいベニヒラタムシも、これ以上のスリム化を遂げて、とうとう二次元でしか見られないような虫になってしまわないことを祈るばかりである。



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