チャバネアオカメムシ

遍歴という生き方


 ヤマモモが今年も収穫期を迎えた。梅雨の末期、ホンの束の間、実をつけるので早めに収穫しなければならないが、高いところに生った実は脚立でも手が届かない。大半の熟した実は折からの強風で地面に落ちてしまうし、幹を揺すって落ちたものを収穫するのが普通だ。中には既に落ちてやや時間が経過したものもあり、地を貼っている虫の餌食になっているものも少なくない。虫が食うほど安心なのだが、露骨に食べた後があるものは虫にくれてやるのが得策だろう。虫といっても昆虫ではないケースが多い。よく見られるのがナメクジとダンゴムシである。ダンゴムシはともかく、ナメクジはカタツムリと同じく、この時期特に活動が目立つ。虫食いのない実を選っているうちに、1cmほどの小さな、しかし色鮮やかな虫が混じっているのに気付いた。チャバネアオカメムシである。カメムシの中でも最もありふれた種かもしれない。どうせ逃げ出すだろうと思い、放っておいた。大きなざる一杯に三キロほど獲れたヤマモモの実を、ざるごと水で洗おうとしたところ、水に追われてカメムシが上の方へと逃げてきた。臭気を出さないように慎重に?まえて、外に逃がしてやった。
 翌日も収穫したら、やはり同じようにチャバネアオカメムシを見つけることができた。下に落ちた実ではなく、未だ枝にしがみついている実を食しているらしいことが判った。

 人間はころころと常に状態を変えるよりも、ひとつの場所、状況に留まることを美徳とする。「××の華麗なる男性(女性)遍歴」などという場合の「華麗」は、決して賛辞なのではなく、扇情的な三文雑誌の惹句に過ぎない。ドン・ファンもカサノヴァも決して偉人の列には加わることがない。例外は「転石苔を生ぜず」なる諺ぐらいしか思い当たらない。
 何をやっても長続きしない人間はジョブ・ホッパー、転職バッタなどと呼ばれて蔑まれていたものだ。日本企業の終身雇用制の裏返しなのであるが、今は勤め先への忠誠心が薄く、転職のたびにキャリア・アップを図る米国の傾向を反映してか、日本の就業事情も様変わりしつつある。だが未だに定住先を持たない人々に社会は冷たかったりする。国土の狭い日本は古代より土地本位制で、墾田永世私財法、三世一身の法とか、土地の所有にまつわる決め事が律令制当時から存在した。ヨーロッパと同じく、封建制時代が日本にも存在したが、守護地頭から派生した領主、つまり守護大名は一所懸命、つまりは一つの土地に命を懸けるを旨とした。鎌倉幕府以前の武士からそういう傾向は顕著だった。ゴルフのプロトーナメントなどで賞品として車の巨大なキーが優勝者に送られたりする。あれは元々シティ・キーの象徴であろう。ヨーロッパの市は正に領主の営む城であり、領民つまり市民はその中で暮らした。領内への出入りは門番の持つ鍵で管理された。従って市民権の象徴が鍵であったのだ。キング・クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」を聴くと、そういった昔が偲ばれる一節が出てくる。そして、領内に住むことを許されぬ者達は、自分の生産物を搾取される領民以上に迫害されたに違いない。
 異性関係において遷移的であることについては、もっと厳しい。お隣の韓国ほどに儒教思想には染まっていないが、タレントや女子アナが不特定多数の異性と噂になると、放縦だの奔放だのと言われる。日本に姦通罪はないので、犯罪にはならないものの、罵倒しているのと同じである。「二夫にまみえず」の価値観が未だ生きているとも思えないのだが。
 チャバネアオカメムシはありふれたカメムシには違いないが、なかなか美麗である。全身は鮮やかな黄緑色で光沢を帯びている。その名の通り、翅が赤茶色というか、紫を帯びた茶色をしている。ヤマモモの実などに停まっていると、確かに華やかな感じがする。ただ、このカメムシ、カメムシの中でも特に人間に嫌われている。ミカン、リンゴ、カキ、ナシ、モモ、ウメ、サクランボ、etc.と殆どありとあらゆる果実を、半翅目昆虫に共通した口吻で吸汁するのだ。
 四月に越冬から目醒めた成虫は、ウメ、サクラ、モモ、クワ、ヤマモモと、季節の進展につれて実をつける果実を渡り歩く。果実だけではなく、若芽、つぼみをも食するのだが、やはり果汁の豊富な実からの栄養摂取が支配的なのだろう。そして六月下旬頃産卵された世代は、七月下旬頃から羽化し始める。そして今度はミカン、カキを食糧に遷すのだ。
 大概の昆虫は食樹、食草が定まっている。一種に限定できなくても、柑橘系であったり、イラクサ科であったり、キク科であったりと、類をまたがることはあまりない。特に鱗翅目の食性はリチギである。カメムシは口吻のせいか、雑食傾向が強く、草食であると思われていたものが他の昆虫を襲って食べることが判ったりしている。昆虫の中では、比較的食性の自由度が高いのかもしれない。それにしても、ウメ、サクラ、モモ、リンゴ、ナシなどのバラ科の果実に留まらず、ミカン、ヤマモモ、クワまでに及ぶ雑多な食性は驚嘆に値する。
 食害にあった幼果はまず殆ど落果してしまうらしい。生き残ったものも奇形果となってしまう可能性が高い。果樹園を営む農家には由々しき問題であるだろう。だが、チャバネアオカメムシの主食は、実は果実ではないらしい。スギやヒノキといった針葉樹の実を本来食べていたのだ。従って、ニッチは針葉樹林で、食糧が乏しくなったなら、里に出て果樹園を漁るらしい。針葉樹で食糧が賄えていれば、果樹園には出ては来ないらしいのだが、今の日本では充分な針葉樹林が見出せない。必ず毎年、果樹園を襲うことになるらしい。だが、針葉樹の実の結実状況で、被害の程度も左右されるらしい。何のことはない。人間が伐採して商工業地、住宅地を開拓したために針葉樹林が不足し、食糧を圧迫されたチャバネカメムシが仕方なく、節操を欠く食性を生き残りのために身に着けたのだ。
 ヤマモモの結実期は六月下旬〜七月上旬であるから、杜氏宅の庭を訪れたチャバネアオカメムシは、産卵直前のギリギリのタイミングの個体であったようだ。
 カメムシの発する臭気が集合ホルモンであることは以前にも記した。チャバネアオカメムシの果実の食害だけではなく、臭気の害が取り沙汰されている。群れで行動する習性のあるこのカメムシは、果樹の在り処をある個体、または小グループが見つけると、同種に対して豊富な食糧の所在を、集合ホルモンを以て伝えるのだろう。合理的な習性である。杜氏の庭には今年もおそらく数千個のヤマモモの実が生った。さぞや活発な信号交換が行われたに違いないが、ヤマモモの樹から数メートルしか離れていない住居への影響などなかった。多分、大規模な果樹園などではその比ではないのだろう。
 考えてみれば、チャバネアオカメムシの昆虫とも思えない無節操で遷移的な食性は、人間の食生活と似ている。金に糸目をつけずに初物を競って購入して食したという江戸っ子に限らず、人間は旬の食べ物を好む。それが季節の移ろいによる気象条件に即した理に適った食生活であると言われる。栽培法や流通機構のせいで、旬の季節感が薄れている昨今であるが、それでもイチゴはイチゴ、スイカはスイカの季節がある。チャバネアオカメムシは必要に迫られて、本来の食糧である針葉樹の実以外に活路を見出したのであるから、旬の果実を渡り歩くのは当然の帰着なのである。
 こンなことを杜氏が言っても仕方がないのだが、本来野生の状態で品種改良などという自然の摂理に反した行為によって性質を歪められ、人間の都合による管理下で植物を栽培すること自体が人類全体の犯した罪なのである。罪に対してターミナル・アニマルである人間は共通の利害に沿って、罰を与えない。だが、自然はそれを見逃さない。チャバネアオカメムシのささやかな食害は、天罰の一種なのである。
 生産農家という言葉がある。確かに作物を収穫するまでの丹精には大変な労力を要するであろうし、その恩恵を被っている杜氏如きに文句は言えない。だが、生産は主として植物の生命活動に負っておる。栽培とはいえ、自然の営みに大部分を依存している。ウチのヤマモモの実の四分の一程度は、杜氏が収穫して生食したり、果実種にしたり、ご近所にお裾分けすることになる。四分の一は、枝についている間に鳥やチャバネアオオサムシなどに啄ばまれるだろう。半分は地に落ち、ナメクジやダンゴムシに栄養を供給し、やがては地に吸収され、ヤマモモ自身の肥料として機能するだろう。チャバネアオオサムシが受ける益などいくらもなのだ。その程度を分けてあげることなど、針葉樹林を地上から奪った罪に対する罪滅ぼしにすらなっていないのだが・・・・。
 皆さんの賛同は得られないことなど、わかっている。



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