ドクガ
自覚のない迷惑
大学の教育原理の課題で自分の信条を書けというのがあった。その際に担当教官はこう言った。「『人に迷惑を掛けない』というのはダメですよ」 そういうのがモットーと成りうるのか、と言われてみて初めて気付いた。そういうのは心掛けであって、敢えて明言するまでもないことだと認識していた。いや認識すらしていなかったかもしれない。迷惑というのは行為者以外の人間が感じることであって、当人が良かれと思ってしていることでも迷惑と解釈されることもある。
手に触れるもの全てが黄金に変わってしまう王女の寓話があった。王女のために王家にも国にも富がもたらされるが、当の王女は人と交流することすら出来ず孤独に追い込まれ、ついに愛する父親である王に抱きついて心ならず黄金に変えてしまうというストーリーだったか。ルパン三世のエンディング・テーマ曲にも「この手の中に抱かれたものは全て消えゆく定め」とある。髪の毛が蛇である魔物・ゴルゴン姉妹の末の妹メドゥーサは視線が合ったもの全てを石に変えてしまう力を持っていたが、魔物だからそういう力を持っていたのではなく、そういう能力を否応なく持たされてしまったために魔物になったのかもしれない。
敢えて人に迷惑を掛けないように気遣う心掛けと、心ならず自分の行為が迷惑につながっていることとは、全く独立した事象である。もしかしたら、呼吸をしているだけで人間は誰か(何か)に迷惑を掛けてしまうのかもしれない。だから「人に迷惑を掛けない」などと言い切るのは不遜である。
ドクガほど直裁的で身も蓋もない命名もない。説明すら不要だ。この昆虫に酷い目に遭わされた人間の遺恨すらこもった悪意からの命名と言える。
ドクガと一口に言っても、その類は他種に渉っている。食草によって多様な分散が見られるのだ。その中で主に人に大きな害を及ぼすのはドクガとチャドクガで、特にドクガの害に遭うと、水ぶくれが出来て激しい炎症に悩まされることになる。毒の正体はプロテアーゼ,エステラーゼ,ヒスタミンなどで、例によって動物の体内の抗体の働きに誘発されるアレルギー反応だ。ドクガに分類されている50種の殆どが無毒とされるが、研究などで頻繁に接しているうちに、その人にとってのみ毒と化す種もあるようだ。
鱗粉に毒を帯びていると信じられていることが多いが、実は鱗粉は無毒だ。よくある誤解に過ぎない。毒を孕んでいるのは幼虫の体表に生えている非常に微細な(1μm)程の毛で、孵化したばかりの一令幼虫には見られないものの、二令以降脱皮するたびに増えて、終令では六〇〇万本ほどになるらしい。撃っても撃っても弾が尽きることがない、無尽蔵なマシンガンのようなものだ。ドクガの幼虫は大概剛毛に覆われた毛虫らしい毛虫の体を成しているが、毛足の長い、目に見える剛毛にも害はない。蛹化の際には繭を作るが、その内側にこの微細毛を貼り付けるらしい。だから繭を不用意に触れても毒にやられる。成虫は羽化した際に繭内部の微細毛を再び身に纏うので、やはり危険だ。
庭の手入れをしている際にうっかり触れてしまうという形で被害に遭うことが多い。微細毛に触れても、その時は痛くも痒くもないが、炎症が顕在化してから初めて被害に遭ったことに気付くが、後の祭りである。被害に遭ったことに気付いたら、まず最初にすべきなのは、セロハン・テープなどの粘着性のあるものを被害に遭った箇所に貼り、剥がすことを繰り返して炎症の源となっている微細毛を取り、更に水で洗い流すことだ。化学的な処置よりも、物理的な排除が先である。これが除去されないと体内の抗体反応は次々と起こり、悪い連鎖を導くことになる。掻いたりしてしまうのは最悪で、毒針を物理的に除くどころか、深く体内に潜入させる効果を与えてしまう。念入りに流してから、抗ヒスタミン系の軟膏を塗る。物理が先で、その後に化学だ。
チャドクガはその名の通りチャを食うドクガだが、チャが作物として普及し、人手で摘んだりすることから被害が多かったという理由で付いた名だ。本来、チャも食う毛虫と言うべきで、ツバキ、サザンカ、チャなどツバキ科の植物を広範に食する。ツバキ類は庭木に植えることも多く、剪定を行う際に被害に遭う人も多い。生け垣などに用いた場合、特に気をつけなければならないだろう。
ドクガは特に食草のえり好みなどしないのではないかと思われるほど、広範な食性を発揮する。従って、ツバキの剪定といった特定の作業ではなく、普通の草刈りでも知らず知らず触れてしまうことがあるので注意しなければならない。ドクガは年二化する。第一回目の幼虫発生がゴールデンウィーク頃、二回目がお盆の頃で、ちょうど会社が長期大型連休に入り、世のお父さん達が庭の草刈りに勤しむ時期である。
何でも食べることを強みにしていたドクガが、ニッチに従って特定な食草を求めて適応分散していったのが、在来種50種に及ぶ展開だったのではあるまいか。竹、針葉樹にまでつくドクガもいる。これら多様な種の幼虫は、見るからに毛虫然としているが、概して奇抜な配色で目立つものが多い。人間以外の他の捕食者にも、確実に害を及ぼすだろうから、これは警戒色として機能していると思われる。よく見ればそれなりに美しかったりもする。
成虫はよく灯火に飛来しているのを見掛ける。チャドクガも同様によく見られる。知識として危険なことを知っているから触ったことなどないが、成虫も成虫で何の変哲もないガなのでついうっかり触れてしまう人も多いだろう。雌は羽化の際に産卵管の付近、つまりは腹部の先に微細毛をまとめて持参するらしい。そして、産卵すると、その周囲にそれをなすりつけて塗りたくる。だから、卵まで毒である。卵、蛹は昆虫にとって無防備で危険な状態である。この微細毛なすりつけ行為は卵を保護するのに有効な手段であるに違いない。それにしても卵から成虫まで、いや脱皮した脱け殻まで毒となるとは、念に入っている。
ドクガは獰猛な肉食性であるワケではない。スズメバチ、アシナガバチなどの肉食性の昆虫はその毒を攻撃に利用するが、ドクガの毒は専守防衛の機能しか為さない。それでいて人間には甚大な被害を与えることがあるので、目の仇にされる。ゴジラやキングギドラのような強烈な光線を吐かないモスラが鱗粉を武器にするようなもので、本来あまり過激な働きかけとは言えない。生きているだけで、意図することなく周囲に容易に手出しをさせないようにしているに過ぎない。
メドゥーサは元々髪の毛が自慢の美少女だった。知の女神アテナと絢を競った結果、ポセイドンから求愛されたのが仇となり、アテナの嫉妬を買った。そして美しかった髪を蛇の群に、顔も醜くされて見る者を石に変える魔力を持たされてしまった。神と美を競うなど、それこそ神をも恐れぬ振る舞いだという教訓なのかもしれない。だが、どう見てもアテナの方が悪い。石にされないように鏡を使ってメドゥーサに接近し、首を刎ねたペルセウスなど、神へのおべっか野郎で、全く余計なことをしたのかもしれない。ペルセウスはメドゥーサの首をアテナに捧げたという。結局自分より美しい女が憎くてその美を奪っただけでは気が済まず、自分が与えた能力を廉に殺してしまったということだ。あ〜あ。
ドクガは神の怒りを買った訳ではなく、何らかの必然から毒を持つに至った。ゴルゴン以外の人間がメドゥーサに出逢ったなら、それが神の残忍さ、不当さの犠牲になった哀れな少女のなれの果てと認識出来るのだから、「あ、メドゥーサだ」と認識した後に、目を合わせないように静かに敬遠すれば事足りる。いわんやドクガはドクガとして尊重し、要らぬ節介など焼かぬのが肝要である。