ハンミョウ

ニートな殺戮者


 同族であっても驚くほど姿形がかけ離れているものもある。映画「ツインズ」で、アーノルド・シュワルツェネッガーとダニー・デビートが演じた双子の兄弟は為にするギャグに過ぎず、あまり笑えないが、自然界には似ても似つかぬような近似種も存在する。
 斑猫。斑点のある猫? いや昆虫である。英語でタイガー・ビートル。虎の甲虫。なぜか和名と英語名に共通点がある。このスマートな形状の美しい斑紋と光沢を持った羽を持つ甲虫が、獰猛な肉食昆虫であることに起因しているのだろう。
 甲虫類で他の昆虫を捕食する類はあまり多くはないが、この美しい甲虫は姿に似ぬ獰猛な狩人である。可憐で愛嬌がありながら、捕食を行うのがテントウムシであるが、獲物は小さなアリマキであり、さほど残虐な印象はない。ハンミョウは「ミチオシエ」の別名もあるが、それは人の気配を察知すると飛び立って少し離れた地面に降り、再び近づくとまた飛び立つさまが、道案内をしているように人間からは感じられたことによっているからだろう。それは取りも直さず、この昆虫の飛翔力が優れていないことを物語っている。ハンミョウに限らず、甲虫類=鞘翅目の上羽は身体を被う甲冑のようで、飛翔にはあまり用を成さず、普段は中にたたまれた透明の羽でしか羽ばたくことができない。その代わりハンミョウは地表を敏捷に徘徊して獲物を素早く捕らえる能力を持つ。
 杜氏は幼い頃、鷹取山の麓で岩から岩へと飛び移り、地面を走りまわる姿をよく見かけた。確かに杜氏が進む方向へと移動していたものだ。それは、夜の帰宅途中で偶然に帰る方向が一緒になってしまった若い女性の後を歩いているような気分だった。人が痴漢であるかのように、接近するのを避けて前に走るけれど、横道にそれることはない。言い訳するのもおかしいような気まずい帰途。

 一方ツチハンミョウという種族もいる。ハンミョウであることには変わりはない。ところが、その姿を目にすることは滅多にない。ミチオシエは道を教えるかのように姿を顕わにするからこそ、その名がついたのだろう。ところがツチハンミョウのアイデンティティは身を隠すことにある。ハンミョウとその一族も幼虫期は地面に垂直に掘られた穴で過ごす。穴の壁面に背中のトゲで身体を画鋲で刺すように留めて、穴の近くを通る小昆虫を襲い、巣穴へと引き込んで仕留める。長い草の葉で巣穴をつついてやると、獲物と間違えるのか、それにしがみつくので簡単に捕らえることができる。ハンミョウ類は成虫になると巣を出るが、ツチハンミョウの類は土中に留まる。そして幼虫期同様待ち伏せ型の狩猟を続ける。
 ニートな外見にお洒落なデザインの羽を持つハンミョウに対してツチハンミョウはブヨブヨ肥満しており、羽も退化しかけている。カミュの不条理が産み出した悪夢、ある日目覚めると毒虫の姿に変身していた男・ザムザの物語「変身」を読んだとき、杜氏は即座にツチハンミョウの姿を連想した。自力で動くのが困難なのではないかと思われるほど肥満した胴体からは踏み潰せば毒が出てきそうな印象なのである。事実、効果があるのかないのか不明だが、効くのなら強烈に効きそうな怪しげな媚薬、メキシカン・フライは、ツチハンミョウの体液から抽出されると聞く。英語だと飛ぶのが得意な昆虫はすべからく「フライ」だが、飛びそうにないツチハンミョウに「フライ」と命名しているのがいかにも胡散臭い。
 つまり、極めて類似した点が多いのに、ハンミョウとツチハンミョウでは、人間に与える印象が極端に違うのだ。少なくともカモシカとニホンカモシカ程度には違う。

 だが、人間の印象がどうあれ、ツチハンミョウはこの世にたくましく生き続け絶滅する気配もない。創造主の作りたもうた種には何らかの存在理由がある、などとキリスト教的な自然観など、杜氏は持ち合わせない。逆に絶滅危惧種には絶滅するだけの理由があると感じる。また進化論を盲目的に受け容れるワケでもないが、系統樹の極めて隣接した小枝にハンミョウとツチハンミョウが並んでいることは奇妙ではあるものの、ツチハンミョウにはツチハンミョウの理由があって、地中に留まったか、逆に外に出てハンミョウとしての進化を遂げたのかもしれない。人間の好悪にかかわらず、もしツチハンミョウが突然絶滅したのなら、確実に食物連鎖の一端が欠けて、何かより大きな災厄が地球にもたらされるだろう。ニートな殺戮者の不恰好な兄弟は、何らかの重要な役割を演じているに違いない。

 いにしえの箱舟に、ハンミョウと共に決して好もしくはないツチハンミョウも乗せてくれたノアとかいう爺さん一家の寛大さに、人類は感謝すべきなのだろう。




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