ヘラクレスオオカブト

外来大型甲虫飼育の時代


 ヘラクレス、アトラス、ネプチューン、ゴライアス・・・。共通点は何だろう。ギリシアまたはローマ神話、旧約聖書に登場する神や人物で、巨大だったり勇猛、強力で知られる英雄的な存在だ。このうち、アトラスはティタン神族という出自の問題からゼウスに背き、戦いに敗れた挙句、世界の西の果てで天を背負うという罰を負わされる損な役回りだ。弟のプロメテウスはゼウスの側について難を逃れたが、結局人間に火の利用を示唆した廉でやはり永遠に内臓を鳥に食われ続けるという罰を与えられている。また、ゴライアスは旧約聖書の中でイスラエルに敵対するペリシテの巨大な英雄として登場するが、少年のダビデに投石器で額を砕かれ倒れている。倒される前にはイスラエル軍に多大な被害を与えた英雄も最後が子供に他愛のないおもちゃで負けたことから、間抜けな印象で終始語られることになる。

 ヘラクレスは有名なの12の功業のさなかに天を背負っているアトラスと会い、あやうく身代わりにされそうになっている。

 ヨーロッパの神話、特に北欧、ケルト神話では小人(Dwolf)と並んで巨人は人間や神に敵対する存在でしかない。多くは倒されて山や森林のような大規模な地形と化している。どこぞの国の旧態依然としたプロ・スポーツ組織の頂点にいるのは、この種族の名を冠して偉そうな顔をしているが、多くの神話では倒される運命にある。そして、無論のことだが巨人族は人間に押しのけられ、現存していない。小人も白雪姫の話では善良な存在だが、多くは地下に棲み、鍛冶屋業などのモノ作りに携わり、人間とは共存関係を結んだり、敵対したりを繰り返している。昨今話題の「ロード・オブ・ザ・リング」、指輪物語も、小人が作った指輪に端を発している。

 つまり小人は完全に駆逐されたワケではないが、巨人はすべからく倒されている。そンな名前をつけて、「永久に不滅です」(永遠にの間違いだろ?)などと威張っているのだからオメデタイ。


 これらの豪傑、巨人達にはもうひとつ共通点がある。皆、世界各地の巨大な甲虫(クワガタ、カブトムシをまとめてマニア間ではクワカブと呼ばれる)の名の接頭語となっている点である。ヘラクレスオオカブトは世界最大のカブトムシとされているし、重量ではゴライアスハナムグリがチャンピオンだ。ネプチューンオオカブトはヘラクレスオオカブト同様南米の産であり、ヘラクレスオオカブトほどではないが、その大きさと角の見事さにはマニアの注目が集まる。一方でアジアを代表する巨大甲虫がアトラスオオカブトで、より大きなコーカサスオオカブトと共に、世界最強を謳われる。草食昆虫で闘争は縄張りと生殖のためのみに行われるのだが、やたら気が荒く、庇護の対象であるべき雌までも殺しかねない勢いで襲いかかる。南米よりもアジア、ユーラシア大陸の方が過当競争が激化しているのだろうか。

 杜氏にとってヘラクレスオオカブト、ゴライアスハナムグリは憧れの対象だった。宝石のようなモルフォチョウや奇妙奇天烈なハナカマキリと並んで図鑑にしか載っていない、殆ど想像上の昆虫だった。それが最も身近に感じられるのは、夏休みに東京のデパートや豊島園が開催する「世界の昆虫展」のような珍しい昆虫の標本展でしかなかった。生きている姿など一生見られるものではないと思っていた。ワシントン条約で生き物の国を越えての移動には厳しい制限が為される。閉じた生態系に異分子が入り込むと、バランスが崩れパニックが訪れることは歴史が証明している。

 それがここ数年様変わりしている。ペットの多様化は甚だしく、熱帯魚は無論のこと、爬虫類、両生類、猛獣に近い猫科の動物までが普通のペット・ショップで扱われるようになっている。ネットの普及はネット通販でのペットの売買やブリーダー同士のオークションなど、生物の売買の形態を飛躍的に拡張させた。少し前からオオクワガタを珍重する人達は多かったが、それがここで述べてきた海外の大型甲虫にまでいつの間にか及んでいる。

 ワニが石神井公園の川に出没したとか、イグアナがどこぞの草むらから飛び出してきたというのならニュース報道される。また、カミツキガメが子供の遊び場である池に棲みつき、ブラック・バスやブルー・ギルが在来の淡水魚を駆逐しているというのなら社会問題として取り上げられる。ところが、昆虫の場合は数は多くとも人目には付きにくいし、人間に被害は及ばないことが多い。昆虫ではないが、せいぜいが弱い毒を持つセアカゴケグモが大量に発生したらしいことが話題になるのがせいぜいだ。サソリといったところで、猛毒を持つものなど少ないし、タランチュラなどは恐ろしい毒蜘蛛の代表のように思われているが、そのおどろおどろしい姿に似ず毒性は強くないという。少なくとも噛まれて死に至るようなことはない。ジェームズ・ボンド氏の「ドクター・ノオ」だったか「サンダーボール作戦」だったかでの所業(敵がベッドに放ったタランチュラを血相を変えてスリッパで叩き潰す)など、タランチュラの立場に立てば、涙なしには見られないし、人間としてみれば臆病者(蜘蛛の性質も知らぬ無教養者)と失笑すべきものでしかない。

 ところが、これらの大型甲虫が日本でも散見されるという。それはエクアドルやフィリピンではないのだから、日本の寒さの中で天寿を全うすることなど出来ない。だが、日本在来のカブトムシ、クワガタムシの雌をこれらの雄が手篭めにしてしまうことが、混血としか思えない個体の存在から証明されている。混血種が次の世代に遺伝子を残すことは困難、というよりは不可能だ。決してお互いにとって幸福とは思えない事態が起こっている。

 知人がアトラスオオカブトの成虫を入手し、育成中であるという。ペアリングがうまくいけば雌は産卵し、卵から育成する楽しみを味わうことが出来る。それは杜氏の幼い頃の夢でもあった。各種の昆虫をその種が適合した環境で育て、標本などではない生きた姿でいつでも見ることが出来たらどンなに素晴らしいだろうと思い浮かべていたものだ。

 だがそれが普通のこととして実現可能な時代が訪れると、手を伸ばせば届く夢に食指が動かない。なぜだろう。

 横浜ベイスターズが1998年にペナント・レースを制した勢いで、日本シリーズにまで勝ってしまった瞬間、杜氏は横浜スタジアムにいた。38年ぶりのリーグ優勝に続く快挙なのに、それに見合うだけの感興は訪れなかった。夢の実現とは、夢が最早夢ではなく当然のことに変わることを意味する。それとは別に一抹の寂しさのようなものが伴うのは、杜氏のへそ曲がりのゆえだろうか。優勝なンかしてしまう大洋(ホエールズ)なンか大洋じゃない。誰もが当たり前に飼えるようなヘラクレスオオカブトなどヘラクレスオオカブトじゃない。
 これらの育成には種類によって難易度は異なるが、日本のカブトムシのように籠の中にスイカを入れておけばそれで済むというワケにはいかない。やれ高蛋白ゼリーだ、発酵マットだ、ダニの回避だ、卵の黴防止だ、ヒーターによる保温だのと、手間隙と専用の道具が必要となる。また、産地によって形状も変われば性質も違うので、個々の成虫を一緒にしてはいけないとかの制限事項も多い。ヘラクレスオオカブトの場合、大概が体長100mmを越えるが、最大で180mm程度にもなるらしい。エクアドルのどの地方のどの村に形や身体の大きさからみて最高級の個体が多く産するとか言うこともある。まるで、畑まで特定して付加価値をつけるワインのようで、杜氏などにはついて行けないところがある。
 熱帯で動植物の発育がいいとはいえ、何しろ巨大なので成長には時間を要する。ヘラクレスオオカブトの場合、羽化まで三年はかかるのではないだろうか。成虫を愛でるのもさることながら、卵から羽化まで育てるのが大型甲虫の醍醐味であろう。それまでに興味が尽きてしまったとしたら、それは飼い主にもカブトムシにも不幸なことだ。伊達や酔狂で育成に取り掛からないで欲しいところだ。羽化してからは3〜4ヶ月は生きると思われる。これも通常の昆虫と比べれば長い期間楽しむことが出来る。だが、オオクワガタなど越冬までするので、その点は在来種に及ばない。
 自分では買ってまで飼いたいとは思わないのでよく知らないが、安くなったとはいえ、人によっては「たかがイモムシにそンな大枚はたいて、バカじゃなかろか」と思う程度の値段はすると思われる。その高値も大半が空輸代、流通の手間、複数業者が取るマージンだろう。中国、東南アジア、オセアニアなどの昆虫を食する文化を持つ地域では、こういった大型甲虫の終齢に近い幼虫は美味であるし食べでもあるので珍重される。だが、食用としての幼虫は、同じコーカサスオオカブト、アトラスオオカブトでもペットとしての売値の百分の一に留まるのではあるまいか。逆に可愛がって育てている者には価格が百分の一でも幼虫を食用にするなど思いも寄らないだろう。価値と言うのはそういった者だ。同じものに何を見出すかで各々異なってくる。
 コント番組で、クワガタを愛でる男を他人とコミュニケーションがうまく取れない滑稽なヲタクとして笑いモノにしているのを目にしたことがある。偏見である。熱帯魚や爬虫類、猛獣に近い猫科動物なら可で、クワガタなら物笑いの種であるのはおかしい。虫愛ずる姫君の悲哀はまだまだ続く。ジブリ・アニメのナウシカがキャラクタとして好きな者は多いだろうが、腐海を徘徊する巨大昆虫が好きという者はあまりいないかもしれない。そういう人にはナウシカの気持ちなど未来永劫理解できまい。

 杜氏が中学生、高校生、大学生だった頃、陸上競技の春のサーキット、秋のシーズン後半などで多くの海外一流競技者が来日した。雑誌などで記録と写真しか見たことがないような競技者を実際に目の当たりに出来るのは夢のようなデキゴトだった。だが、実際には彼らの多くが見聞きしているよりは遥かに劣る記録での競技しか見せてくれず、落胆させられることの方が多かった。全盛期のエドウィン・モーゼスとか、14歳のデビュー当時のメアリ・デッカーとか、怪鳥シェル・イサクソンとか、カール・ルイス登場前のヒーローであるラリー・マイリックスとか、ドーピング検査が今より遥かに緩やかだった頃のユーリ・セディフとか、杜氏も相当の競技者達を目にしているのだが、どうも日本で見る彼らは色褪せて見えた。今、日本の競技者も刻々と進歩を遂げ、レヴェルの高い競技会では、昔観光気分で来日してお気楽に走っていた世界一流競技者が残してきた程度の競技は、国内の一線級が見せてくれるようになった。長距離などは、どのレースも上位は在日ケニア勢で、一万メートルで27分台の記録が出ても一向に感動しなくなってしまった。ヘラクレスオオカブトが家庭で普通に飼えるようになったという事態は、それと似ているのかもしれない。
 アトラスオオカブトを飼育している知人が羨ましい。だが、一方で、ヘラクレスオオカブトやゴライアスハナムグリを殆ど想像上の存在として、憧れていた少年時代の杜氏のために、杜氏にはこれらに手を出すことが出来ないのだ。



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