ヒトリガ

毒々しくはあれどお洒落

 時代劇には決め台詞がある。「天下御免の向こう傷」、「テメェらの悪行はこの××桜が・・・散らせるもンなら・・これにて一件落着」、「ああ、嫌な渡世だな」、「ひとつ、人の世の生き血を啜り、ふたつ、不埒な悪行三昧・・」「テメェら人間じゃねェ、叩き斬ってやる」「やっておしまいなさい」・・・・。座頭市、破れ傘刀舟、鬼平犯科帳、遠山の金さん、水戸黄門、旗本退屈男、桃太郎侍、さて台詞と作品(主人公)を結びつけよ。ただし作品(主人公)はどれとも結び付かないものがひとつある。

 こういうのは作品独自のもので、他の表現世界を浸蝕して出てくると途端に盗作と訴えられる。だが、ユニバーサルに(といっても大概は時代劇に限るが)用いられる便利な台詞がないこともない。「ここであったが盲亀の浮木、憂曇華の花・・」というのは仇討ちの相手に驚くべき偶然で遭ったとき、「○○屋、おぬしも悪のよォ」は悪徳商人に癒着した木っ端役人の常套句で最早マンガでしかあり得なくなっている。「あわや落下狼藉」はもう少し遅く出て来いよと、必ず秘かにブーイングを浴びせられる主人公登場以前の状況を物語るナレーション。「たちまち起こる剣戟の響き」は鎌倉時代、戦国時代、忠臣蔵などではなく、なぜか幕末のチャンバラに共通する表現・・・。「どれどれ、オジサンが診てあげよう」 これはちょっと違う。

 こう列挙すると、SFなんだかSFモドキなのかよくわからないヒーロー・ヒロイン物にもパロディで随分採り入れられている気がする。特に雇い主の家の子供と仲良しのお手伝いさんや近所の何の変哲もない女子高生が実は、宇宙人か、エスパーか、魔女(どうしてそンな大時代なモンが・・)だったというようなヒロインは、スットコドッコイな決め台詞で制作側に面白いように弄ばれているのがわかる。「いい国作ろう鎌倉幕府の源頼朝が許しても、この美少女仮面(!?)△△△△△が許さないわよ!」といったヤツである。「いい国作ろう・・」のパートは「大化改新虫五匹の中大兄皇子が」とか、様々なパターンが代入可能だ。

 「飛んで火にいる夏の虫」というのも多用される。時代劇がほとんどだが、無国籍、時代不肖のようなアクション物にも出てくる。囮と知らずか知ってか、人質救出に敵前に大胆に(のこのこ)登場する主人公に浴びせられる。悪役以外がこの台詞を吐くことはまずない。主人公側は罠などの策を弄しないからだ。退治されるのも決まって罠を仕掛けた方であるのが悲しい。

夏に大量発生して作物や植木などに幼虫が害を及ぼすという理由で、灯火に寄ってくるものの簡単にトラップの火や水たまりに滅んでしまう蛾の数はあまりに膨大だ。杜氏が大学時代に夏合宿を張ったのは富士見高原が殆どだった。昆虫が多い土地で、宿舎近くにいくつも誘蛾灯が仕掛けられていた。蒼白く光る高圧電流に接して虫が感電する際の「ジュッ」という音が時折聞こえて来るのが哀れだった。その誘蛾灯の犠牲になる種の代表がヒトリガである。灯取り蛾と綴るのであろう。正に、飛んで火にいる夏の虫とはこのことだ。

 ヒトリガは蛾の中でもかなり多くの種類があり、一大勢力を占める一族だ。明瞭に蛾と判別できる雰囲気をそれぞれに持っているが、翅の模様、身体の構造などが艶やかである。チョウよりは明らかに陰影が濃く、妖艶という言葉が相応しく感じる。ヒトリガ自体、白の地に手作りの染め物のような味わいの黒い紋様が入っており、気の利いた風呂敷か手拭いを見るかのようだ。紋様は不規則に見えてちゃんと左右対称になっている。それに加えていつもは隠れている後翅は鮮やかなオレンジ。鳥などの捕食者に対して飛び立った際に驚かせて怯ませる効果を持つ。鱗翅目昆虫の成虫は普通、渦巻き状に畳んだ長いストローのような口吻を持つが、ヒトリガはそれが退化しているらしい。何を食べて生きているのか杜氏には不明である。その代わりかどうかわからないが、熊毛虫と呼ばれるいかにも毛虫らしい幼虫は多食で知られている。毛足も本数も多い幼虫だが、ドクガのように触れるものを害することはない。驚くほどの高速で地上を移動する。目立つので、逃げ足の速さも生き残りの重要な要素なのだろう。

 ヒトリガの類で有名なのは昭和30年代にアメリカから帰化して、街路樹の葉を丸裸にするほどの猛威を奮ったアメリカシロヒトリかもしれない。無論、その名の通り帰化昆虫である。よくしたもので、帰化直後は鳥なども警戒して手を出さなかったが、やがて天敵が現れ異常な繁殖が沈静化することで、やっと日本の気候風土に定着した感がある。在来種のシロヒトリはアメリカシロヒトリよりかなり大型で、白一色の蛾である。極めてシンプルだが、怪談に出てくる白狐のような幽玄さを醸している。

 また一族に属するホソバと呼ばれる種は一見半翅目のヨコバイに形態が似ており、様々な種類に分かれていて同定が難しい。ホソバと付くヒトリガの幼虫はコケ(地衣類)を食草とするらしい。美しいコケの庭園を誇る京都や奈良、鎌倉のような古都の古寺以外ではさしてその害を取り沙汰されない気がする。いや、人間が尊重するのは地衣(チイ)類でも苔(タイ)類でもなく、スギゴケのような蘚(セン)類だけかもしれない。

 昆虫が誘発物質であるフェロモンを放出して異性を呼び寄せるのは有名な事実だが、あまりにその効果喧伝されたためか、意味が独り歩きしてしまい、見当外れな比喩的表現が頻繁に見られる。ヒトリガもこのフェロモンを利用して生殖機会を得る代表的な昆虫であり、容易に捕獲できたり植生に対する強力な害虫がその科に多く含まれることもあってか、誘発性の実験に用いられ、生態が事細かに分析されているようだ。

 食樹はクワ科の植物であるらしいのだが、セリ科、キク科など、かなり多岐に渉っているようにも感じる。何しろ多食であるので、害虫として認識されていることは確かだろう。どうやらアルカロイドを含む植物に誘発されるらしいことが実証されている。イボタガの項でも触れたが、アルカリ性の物質であるという意のアルカロイドは、普通昆虫を遠ざける役割を果たすのだが・・。

 「飛んで火にいる夏の虫」は本来、能動的な働きかけをしなくても敵対する側の人間が向こうから進んで陥穽に落ちて自滅してくれるような事態を意味する。だが、勧善懲悪の時代劇では、まず捨て石のようなキャラクタ以外は、そのような状態になりかけても大概は虎口から脱出することになっている。安易に効果を得ようとしても、なかなか実現しないという寓意も込められているのかもしれない。毎年、夥しいヒトリガが火の罠に落ちるが、ヒトリガはどこ吹く風と繁殖を続けている。灯火によって来た蛾を調べてみても、おそらくは珍しくも何ともないほど個体数が多い。やはり安易にある種を駆除しようとしても、自然に逆らうことなど不可能であるということなのだろうか。



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