ホタルガ
似ても似つかぬが似ている
サカキは榊と書く。神の木だ。ケヤキも「けやけき木」つまり聖なる木として尊重されていたようだ。映画「となりのトトロ」ではクスノキの大木が周囲の村落の守り神であり、トトロはどうやらその木の分身、木の精であるらしい。トトロは一般名詞ではなく、主人公のクサカベ姉妹の妹のメイが、絵本で見たトロルと混同したもので、殆ど勘違いに近い。トロルだとしたら、その多くは邪気を孕んでおり、子供を浚って食べたり、王族を誘拐して悪巧みを企てるような存在だ。オカリナを吹いているフレンドリーな妖精とはちょっと違う。つまりは子供の頃は邪気も子供の裡にある要因で、外界を内部世界の区別がつかぬということなのだろう。
サカキは結婚式の玉ぐしとして用いられるが、他に用途を知らない。玉ぐしは、どちらに回すのが正式なのかいつもわからなくなる厄介なシロモノだ。だが、サカキを他の場面で見たことがない。輝葉樹林の構成メンバとして自然界では日常的でも、人間の文化に貢献するのは、結婚式のときだけだ。
クスノキのように芳香を発して、虫などを寄せ付けないものなら、霊験あらたかな印象を受ける。だがサカキにはそういった薬効とかご利益はなさそうで、何が神の木なのかはっきりとはわからない。ツバキ科なので、葉が艶を帯びており、如何にも乾燥や日照条件などの外的環境には強そうに見えるのだが・・・。
サカキを食樹とする昆虫にホタルガがいる。マダラガ科の中型(開帳50mm)のガである。幼虫は濃緑色の地に、背の部分が水色がかった黄緑の極彩色の模様を持ったケムシで、よく目立つ。毛は刺毛になっている。迂闊に触ることも出来ない。また危機を感じると嫌な臭気を発する。目立つのも、そういったことに対する警戒信号なのだろう。
成虫も昼間にふわふわをゆっくり飛ぶ。これはジャコウアゲハでも同じだが、食べても不味いか毒がある昆虫の特徴で、自分の姿を襲撃者達に見せつける効果があるらしい。なるほど、速く飛んで警戒信号を認知されないままだったら、襲われてしまう可能性が大きい。ホタルガがどう不味いのかは、鳥ではない杜氏にはわからないが、ホタルガの身体は食樹からしか出来ないから、サカキにそういった要因があると思われる。おそらくアルカロイド(アルカリ化合物)の一種が不味さを創出しているのだろう。サカキの神聖性は迂遠だが、ホタルガを通して実感することが出来る。
ホタルガは青い光沢を帯びた美しい翅に赤い頭部を持った鱗翅目昆虫だ。翅のつき方がマントを纏っているような印象を受ける。前翅の先の方にはくっきりとした白い帯が掃かれている。シックな装いとも表現することが出来る。ホタルガの名は翅の色、頭の赤、白い帯がどことなくホタルを連想させることから来ているのだろう。無論、発光することはないが、白い帯がホタルの腹部の光を思わせる。飛行すると帯が残像となり、輪を描いているように見える。クルマバッタの後翅が車輪のような模様に見えるのと同じ理屈である。
どこをどう見てもホタルとは似ていないのだが、全体の印象は明確にホタルを想起させる。大きさも随分違っており、自然界の動物が見間違えることなどあり得ず、またホタルに似ているメリットなどあまり考えられない。おそらく人間のみがそう感じているに違いない。だがそこに何らかの意味があるではないかと、どうしても感じてしまう。
年二回、六月と九月に羽化する。サカキ以外にもヒサカキも好む。マサキにつけば大害虫呼ばわりもされる。外敵には食物として人気がないが、人間の敵意は充分に受けている。昼行性であるが、灯火にも寄ってくる姿をよく見かける。サカキは照葉樹林には必ずといっていいほど存在するし、サカキのない地方ではヒサカキがある。またマサキは日本全国どこにでも生垣などに愛用されている。食樹に苦労することはなく、日本全国に見られる普通種だ。ということは、目下の生存競争の勝者のひとつである。
幼虫は終令、前蛹になると、葉の表面に糸を無数に張り巡らせる。平べったいテントのような形状で空間を閉じると、内部から体液でテントを補強し、硬い繭を形成する。その中で蛹化する。底面は葉を利用している。手抜きな印象だ。サカキ、ヒサカキ、マサキといった葉が丈夫な常緑樹でなければ出来ない形状の繭だろう。
ありふれたガというのが率直な印象だが、よく見ると翅の光沢などは平凡ではなく、黒の基調に赤と白を巧みにコーディネイトしている。マントを纏った姿は、何の意味もなくホタルを思わせ、捕食者からは毒々しい姿を誇示するようにゆっくり飛ぶ。幼虫が派手なら繭もユニークだ。ギンギラギンにさりげなく、という歌を、その形容とは全く反する歌手(?)がうたっていたが、ホタルガのトリッキーな姿こそ、そういう表現に相応しい気もする。
もし食物としてのホタルガの不味さが、食樹のアルカロイドに起因しているとしたら、ホタルガの始祖はそれに子孫が耐えうる遺伝子を持つに至るまでは苦渋を飲み下す労苦を味わったのだろう。今のホタルガはサカキの目立たぬがあらたかな神の木のご利益を有効に受けているように思えるが、そこに至るまでの道程は決して安楽なものではなかったとも感じる。神の加護とは決して安易なものではないのかもしれない。日本人の信奉する宗教の主要なものは、「念仏さえ唱えれば往生できる」という一種のキャッチコピーで大衆の歓心を買い、転じて「往生できるのだから死は怖くない」という恐ろしい論理のすり替えで一揆の戦力として騙した大衆を振り向けるという一面もあった。異論も多いが、そのインチキぶりを織田信長に衝かれ、大量虐殺に遭ったりもしている。
神仏の加護はホタルガの如く、地道に着実に獲得するのが得策なのかもしれない。ここでも”Easy come, easy go”である。
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