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杜氏が昆虫採集/蒐集に興味がないことは以前にも触れた。しかし、幼虫を飼育して羽化させ、逃がしてやることなら何度もしている。ありきたりだが、アゲハチョウの卵から成虫までを観察したが、羽化のシーンは残念ながら見逃した。蛹が妙な色になって、もしかしたら死んで腐敗し始めたのではなどと心配しつつ学校へ出たら、授業中に羽化したらしい。カイコやミノガも飼った。ミノガを裸に剥いてしまい、色紙で色とりどりの蓑を作らせるのは定番の実験だった。カマキリの卵を冬の間に集めて、箱の中に取っておいたら、春に一斉に孵化して、極小の悪魔の大群のようなものに見舞われ、酷い目に遇いもした。
なぜあんなものを飼ったのか、今にして思えば理解に苦しむものもあった。イボタガもそのひとつであろう。いや今まで飼育したものでは、最も変なものに属する。
イボタガは、その名の通りモクセイ科のイボタの葉を食べる蛾である。翅の開帳が普通でも80mm以上、ひょっとすると100mmを越える大型の蛾で、ヤママユガの一種ではないかと思われるほどである。しかし、独立した科を持つ昆虫だ。日本にはイボタガ一種しか棲息していないが。モクセイ科の樹であればキンモクセイであろうが、ネズミモチであろうが食樹にしてしまうらしい。でも、やはり最も好むのはイボタの樹で、杜氏もこの樹の葉を貪っている幼虫を頻繁に目にしている。幼虫も当然巨大で、終令は100mmを越えるスケールだ。黄色のかなり勝った黄緑色のかなり派手なイモムシである。地下に潜って蛹化する。終令に達しない幼虫には頭に特徴的な四本の突起がある。突起というよりも不規則に折れ曲がった線状の角のようなものである。アゲハチョウの幼虫などは、刺激すると同じような突起を頭から出すが、イボタガはそれを体内に格納することなく常に剥き出しにしている。刺激するとゆらゆら動かすが、少なくともアゲハのように攻撃的な臭気を発するとか言う顕著な行動は見られなかった気がする。何のためにある器官か不明だが、おそらく威嚇の効果があるのだろう。
成虫はただ大きなばかりではなく、翅に特徴的な紋を持つ。典型的なジャノメ模様であるが、蛇の目に擬したものではないように見える。褐色を基調とした、地味だが複雑な幾何学模様で特別な意匠を凝らしたもののように感じられる。鳶、隼、鷹、鷲といった猛禽類の身体の模様を思わせるのだ。なるほど、昆虫を補食するような鳥にとって、猛禽類は逆立ちしても敵わない天敵である。咄嗟にイボタガの大ぶりな翅を見て、猛禽類を連想して怯んでもおかしくはない。その大きさと異様な紋様に、人間ですらギョッとするぐらいなのだから。
イボタガが羽化するのは3〜4月と他の蛾と較べてとても早い。競合を避ける理由が何かあるのかもしれない。それとも冬を蛹期で過ごす為なのだろうか。イボタガも普通の蛾同様、灯火に寄ってくるが、時期が外れていることもあり、見過ごされることも多い。しかし、一度目にすると忘れられないインパクトがある。
イボタなどのモクセイ科の樹には、昆虫に食われないための仕掛けがあるのだという。タンパク質には変性作用という性質がある。卵を熱すると固まったり、牛乳にレモンのようなクエン酸を加えると固化したりする現象もそれである。イボタの葉の成分にはタンパク質を変性させる作用があり、これに化学的に作用したタンパク質は高分子化して生物の身体に取り込まれた後に栄養(アミノ酸)として作用しなくなる。アミノ酸の中でも重要な必須アミノ酸であるリジンが破壊されるのだそうだ。これを生物の側からの感覚では「大変苦い」と感じる。苦いということにも大きな意味があるのだ。事実、イボタの葉を普通の昆虫、例えばカイコに与えると、その個体は全く成長しないらしい。
ところが、予めグリシンを加えておくと、変性作用は起きなくなるらしい。イボタガがイボタを食樹とすることが出来るカラクリがここにある。イボタガはグリシンでイボタの葉を解毒してしまうのだ。こうしてイボタガは殆ど無競争状態でイボタの葉を独占することが出来る。
イボタガの幼虫があれだけ巨大で派手で、外敵に目に付き易いのに生存率が高いのも、イボタを食べる為に文字通り苦虫であるからかもしれない。それを印象づける為のカラーリングと解釈できる。
杜氏がイボタガを飼育しようと考えついたのは、当時の住まいから簡単に登ることが出来た裏山から、鷹取山の本来の登山道に出る合流点にイボタの樹があり、そこで頻繁にイボタガの幼虫を見ていたからであろう。目に付きやすいサイズ、デザインであるのに加えて、特徴的な角が本当に図鑑にある通り終令に変態したときに消えるのか知りたかった。それにあの派手なイモムシが、ユニークな紋様を持つ成虫へと本当に変わるのかも、実際に自分の目で確かめたかった。何しろ簡単に見つけることも捕らえることも出来たし、食樹であるイボタの枝も正に捕らえた樹から入手することが出来た。
そして飼育は着々と進んだ。終令となって角を消した姿も確認することが出来た。ところが、杜氏はイボタガの終令が土に潜って蛹化する知識を持たなかった。既にアゲハの飼育で実績のある「ガラスの広口瓶の蓋をガーゼ被い、輪ゴムで止めた装置」で飼育を敢行していた。で、どうなったのだろう? ガラス瓶の底はいくら掘ろうとしても掘ることが出来ない。仕方なく、イボタガの幼虫君はそのまま蛹となった。土中に潜る行為は、明らかに無防備な蛹の姿を外敵から守る為である。ガラス瓶で閉ざされた世界に外敵は存在しない。蛹は当然のことだが蛹であり続けた。怪我の功名とでも言うのだろうか。
そして三月のある日、杜氏はめでたくお馴染みの姿となったイボタガの成虫と対面した。家族には異様な色をしてイモムシにはあるまじき角まで持っている幼虫のことを気味悪がられたし、出てきた蛾も幼虫に輪を掛けて不気味だったのでクレームを付けられた。でも、杜氏は達成感を以て羽化した日の夜、イボタガを夜の空へ放してやった。何ごとも体験してみなければわからないものだ。
イボタの生存戦略の上を行く毒消し戦法と食樹占有戦略、苦虫作戦、蛹の土遁の術、成虫の繁殖期シフト、猛禽類への擬態と、イボタガはその生活史の何から何までトリッキーだが、興味深い生態を示している。これで姿形が不気味でなければもう少し注目されたり感心されたりもするのかもしれない。いや、注目されるのはかえって生存には不利となる。人間の目に不気味に映るのも、この虫の生存のために有効に機能しているのかもしれない。