イチモンジセセリ

境界に位置するもの


 あまりにもありふれていて少しもありがたみを感じなくなっているものがある。杜氏にとってオシロイバナがそうだ。栽培もされている植物だが、とにかくよく増えるし、太い節くれだった茎を伸ばして蔓延る。花もパッとしないし、黒い実の中の白い粉もものめずらしくはない。増えてしまったものを結局引っこ抜く羽目になるが、なかなか根こそぎ抜くことが出来ず、根元からポキッと折れたりする。
 ガのことを、英語ではチョウと区別せずButterflyと呼んでいるのだろうなどと乱暴かつ不正確なことをかつて書いてしまった。考えてみればガに当たる英語はちゃんと存在した。Mothである。発音には注意しなければならない。Mossなら苔になってしまう。ハンバーガー・チェーンとは関係ない。怪獣モスラはここから来ているが、一説にはMotherのアナグラムという。確かにモスラには母性を感じさせるものがある。ガというのは、地味で陰気臭く、一般には嫌われがちであるが、よく見るとかなりあでやかなものもあり、渋めのデザインは鱗翅目が苦手である杜氏にもチョウよりは受け容れ易いところがある。だが、ガだかチョウだかよく見分けがつかない種族は、杜氏にとってオシロイバナのように、ありふれてありがたみを感じない領域に属する。
 セセリチョウという科がある。日本ではチョウに分類されている。ただ海外ではガにカテゴライズされるらしい。どうせ鱗翅目なのだから大差などない。昼行性なのがチョウでガは夜行性。チョウは翅を立てて止まり、ガは畳んで止まる。ガの触覚は櫛型で、チョウはのっぺりしている。チョウの身体はガより細い。これらが一般的に言われるチョウとガの区別だが、それぞれに例外があって決め手にはならない。セセリチョウの類はこれらに照らすと殆どチョウだが、翅の色が濃褐色で地味なことがガを想起させる。だが、アオバセセリのような鮮やかなメタリック系の翅を持つ例外もある。

 イチモンジセセリは代表的なセセリチョウであり、個体数が非常に多い。晩夏から初秋にかけてとても当たり前に飛んでいる。キク科などの小さな花序が群生して咲く花を好んで採蜜する。杜氏の家の庭にはベンケイソウを植えていたことがあり、その条件に合致するのか、いつもイチモンジセセリが訪れていた印象がある。翅を立てて裏側を見せたときに、小さな白い紋が一文字に並んで見えることから、その名があるという。ただ、チョウとガの中間でどっちつかずと言われるように、翅を半開きにした中途半端な畳み方をするのが常だ。平地では8〜9月によく見られるが、もっと暑い時期は標高の高い土地で涼んでいるらしい。平地で羽化したものが渡りをするらしいのだ。案外頑丈なチョウとも言えるが、年で三〜四化はするので、寿命はさほど長くはない。あの個体数から見ても繁殖力の旺盛さが窺える。越冬は蛹でするらしい。
 飛翔は速く、力強い。チョウとしてはしっかりとした身体つきをしている割には敏捷である。子供の頃はイチモンジセセリを捕らえて、翅をもぎって地面に置き身体を激しく振動させて地を走らせて遊んだ。その姿から子供達はこのチョウをバイクと呼んでいた。残酷な遊びであるが、子供はこのように昆虫に惨い仕打ちをすることで自然と親しむこともある。他の地方でバイクという名称が通じるのかはしらない。だが感じは出ているネーミングだ。
 食草は雑多であるが主にイネ科植物で、イネ科ならススキ、ヨシ、エノコログサ、メヒシバ、オヒシバなど何でも片端から産卵してしまうらしい。カヤツリグサも好むという。だが人間にとって最も重要なのは、イネにも巣食うことだ。幼虫は淡い褐色の平凡な芋虫で、イネツトムシと俗称される。ツトとは管のことだろう。イネ科植物の葉を主葉脈から二つに折って、両縁を糸で閉じ、ちょうど七夕に子供が作って川に流して遊ぶ笹舟のような巣を営む。その中で巣自体を食糧としながら、同時に外敵から身を守る住居とする。つましい暮らしにも映るが、何しろ繁殖力旺盛で個体数が多い。単なる害虫ではなく、「大害虫」と称される。稲作農家にしてみれば大悪党なのに違いない。ハマグリムシとも呼ばれるが、これも巣の形状から来ているのだろう。歯を二つ折りに合わせる様が二枚貝に似ていなくもない。イチモンジセセリはイネ科なら選り好みをしないと思われる食性で、水田のイネなどはワン・オヴ・ゼムに過ぎない。それでいてこれだけ大騒ぎされるのだから、相当インパクトが強いのだろう。だが、もしイネに産卵された者達が農薬でやられたとしても、雑草であるススキ、ヨシ、エノコログサ、メヒシバ、オヒシバについた幼虫は放置される。食草が多岐に渉っていると、このように種のリスクを分散させる効果があることは確かだ。
 よくよく考えてみれば、簡単な構造とはいえ、幼虫が独力で巣を作り、営むことはありそうでいてあまりない。セセリチョウはイチモンジセセリに限らず、大概の種が食草の葉でシェルターを作る。鞘翅目であるオトシブミの類は成虫が幼虫の揺籃としてもっと手の込んだ巣を残し、膜翅目昆虫の多くがやはり食糧付きの揺籃を幼虫のために用意する。これらが精緻を凝らしたものであるのに対してセセリチョウのシェルターは簡単な構造でしかないが、大概の昆虫は卵を産みっ放しで巣などは残さない。鱗翅目昆虫の殆どがかなりの大型で目立つ幼虫であっても、外敵から無防備な姿で葉を貪っている。アカタテハの幼虫が柔らかなイラクサ類の葉を巻いて巣を編むが、イチモンジセセリの好むイネ科植物はイラクサのように容易に細工は出来ない。イネ科の植物の葉はしなやかだが硬い。稲作農家からすればとんでもないかもしれないが、年端もいかぬ幼児が自分を敵から守る家を自力で築いているようなものだ。それはそれで瞠目に値する。健気ですらある。この能力も、セセリチョウの旺盛な繁殖力に一役買っているに違いない。

 アゲハチョウのあでやかさも、シジミチョウ、シロチョウの可憐さも、アサギマダラの頑健さも、タテハチョウの華やかさも、ジャノメチョウの敵を脅す蛇の目の仕組みも、およそセセリチョウには特別目を惹くような習性や美しさは持ち合わせていない。だが、繁殖の面でこのありふれてありがたみの薄い一族が鱗翅目の中でも出色の勝ち組であることは、疑う余地もない。



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