ジョウカイボン


トランジェントな宗教者

 仏教にちなんだ名前を持つ動植物がある。姿と声が違う種類の鳥であることが知られるブッポウソウは仏法僧。声はコノハズクのものと混同され、「姿のブッポウソウ」「声のブッポウソウ」などと呼ばれる。ホトケノザ、ザゼンソウ、スズメノカタビラなどは、その形態からの命名であろう。ツクツクホウシは法師というよりも、鳴き声をそのまま反映したものでしかない。杜氏達の耳には「ホウシ」などとは聞こえず「オーシン、ツクツク」としか響かない。関西の感覚なのだろうか。
 どうしてそういう名称になったのか、理解に苦しむ昆虫もいる。ジョウカイボンである。形態はカミキリムシ、カミキリムシモドキに似るが、ホタルに近い種類である。光るワケではない。生態から判断すれば、カミキリムシよりもホタルに近いのであろう。ジョウカイボンは浄界坊である。ボンは音便だろう。生態からすれば、動物の糞を片付けるセンチコガネ、ダイコクコガネのような糞虫や、死骸を土中に葬るシデムシ、堆肥などを食糧にしているゴミムシ、オサムシが現世を浄めている。ジョウカイボンはそのようなことをしない。どうも解せないところがある。

 カミキリムシは昆虫マニアの中でも人気が高い。商業ベースに乗っている昆虫はカブトムシ、クワガタ、スズムシ、キリギリス(その他、秋の鳴く虫各種)であろうが、昆虫採集という視点からすれば、これらの昆虫は価値が薄い。蒐集していて面白いのは形状に気品があり、翅の紋様や触角の形状、大小様々な大きさが取りそろっている点でカミキリムシにとどめを刺す。トンボの類も様々なバリエーションがあって面白いが、カミキリムシには及ばないように感じる。
 ホタルは明快に光るという一点で他との差別化を遂げている。オバボタルのように幼虫しか光らない種さえ、光を発するだけで魅力を持っている。また、清流にしか住まない清廉なイメージや、それゆえニッチが圧迫され無闇には目にすることが出来ない希少価値も味方して、ホタルの神秘性を高めている。
 で、ジョウカイボンである。この昆虫は花によく寄ってくる。ただ、チョウやハナムグリ、ハチといった花粉や蜜を単純に求めているワケではない。ジョウカイボンのターゲットは寧ろ花に魅せられた昆虫達である。それらを襲い捉えて食糧にしてしまうのだ。こういった待ち伏せ型の肉食昆虫は案外多い。カマキリなども効率的に食糧が確保できる花の周辺を好む。ある種のカマキリ(外国産種)などは形状自体が花そのものに化してしまい、自らに寄ってくるウッカリ者の昆虫を餌食にしてしまう。ジョウカイボンにはそれほどのあざとさはない。
 ただ、情けないのは、潤沢な獲物に常にありつけるとは限らないらしく、食糧を充分に確保できない個体が花の花粉を貪ることもあるという点だ。スズメバチが雑食性なのは、人間がターミナル・アニマルとして野菜、果物、動物の肉、魚など何でも口にすることと同様、ハチの類では群を抜いて強大で痛烈な武器を持っているからであるように思える。スズメバチの餌食になるのは同種でくくられるミツバチである。よく自然観察番組で、襲撃者としてのスズメバチをミツバチのハタラキバチが無数に取り付いて、羽ばたくことで熱を生じさせ、天敵を灼熱地獄に葬る様子が紹介される。そういったリスクを冒してまで襲撃するほど、ミツバチの貯えている蜜、卵、幼虫、蛹はスズメバチにとって魅力があるのだろう。ジョウカイボンはこういったハイリスク・ハイリターンの狩猟はしない。それどころか、狩猟がスコンクに終わった際の保険まで確保してある。セコイ。

 ホタルも肉食である。ホタルのニッチが圧迫されている主因に、食糧であるカワニナという淡水産の巻き貝が農薬の影響でニッチを狭めている点が挙げられる。カワニナはタニシをスリムにしたような貝で、海に棲息している蜷(ニナ)と対応するような淡水貝である。タニシ同様、人間が食べても旨いらしいが、往々にして日本住血虫という寄生虫を媒介するらしい。淡水の産物は淡水魚にしても貝にしても、危ないものが多い。海水の塩分の浄化作用を受けていないせいであろうか。ホタルの幼虫にとっては、寄生虫など問題ではないらしい。
 このことはジョウカイボンがカミキリムシよりホタルに近い食性を持っていることを示唆している。肉食のカミキリムシなどいない。進化の過程など人間の憶測に過ぎないが、カミキリムシが肉食の種であるジョウカイボンへ進み、更に生殖、テリトリ確保に有効な発光という技を持つホタルへと進化したのかもしれない。ジョウカイボンが中途半端に草食性を残しているのも、カミキリムシとホタルを仲立ちするトランジェントな過程を思わせる。

 それにしてもジョウカイボンの狩猟には人間の感覚だと解せないものを感じさせるところがある。動物にとって、養分補給、排泄、生殖行為の最中というのは外敵に対する防備がどうしても手薄になる。人間だとこれらの最中に襲撃することは仁義に悖るとされる。実際には入浴中を襲われて落命した歴史上の人物は源義朝、播随院長兵衛など決して少なくない。また、房事の後の寝込みを襲われ、寄って集って惨殺された芹沢鴨など、襲撃直前まで味方だった者達に誅されただけに哀れを留める。巻き添えで害されてしまった芹沢の愛人達はもっと可哀想だ。そういうこともあって、杜氏は新撰組が好きではない。

 昔、時代劇で片岡千恵蔵や嵐勘十郎クラスだと、無数に取り囲んだ敵がわざわざ一人ずつ斬りつけてきて主役の犠牲になっていたのを、杜氏は不思議に思い、母に訊ねたものだ。答えは「一遍に斬りつけるとかえって不利になるの」という要領を得ないものだった。素直な杜氏は鵜呑みに信じたものだったが・・・。実戦ではそのようなことは起きない。
 ジョウカイボンの役どころは水野十郎左右衛門か近藤勇といったところだが、前者なら悪役で後者ならいいモンになる。ただ、ジョウカイボンの習性には善悪など存在しない。実際には長兵衛ら町奴に敵対する旗本奴の利害を代表する水野にも、近藤のような理があったはずで、その是非を決するのは大衆の見解という極めて曖昧なものに過ぎない。

 百獣の王と呼ばれるライオンは決して獲物となる草食獣の逃げ足を凌駕する俊足を持っているワケではなく、不運にも補食されるのは怪我や負傷している個体か、老いて動きが鈍くなった個体であるらしい。草食獣の群全体としては、集団生活の足手まといを淘汰し、生き残るための群の機動性を高める効果があるという。マクロで見ればライオンの狩猟は草食獣の利益に働いているのだ。
 ジョウカイボンに餌食になる個体は、外敵の襲撃のリスクを帯びた食事の際に注意を怠る形質を遺伝子に持っているのかもしれない。だとしたら、ジョウカイボンの狩猟は犠牲となる種にとっても、生存に不利な遺伝子を潰すというメリットがある。そういうことを考えるとジョウカイボンは正に浄界坊なのかもしれない。すべからく肉食獣は浄界坊であるという論理になってしまうが。
 カミキリムシのように姿形が立派でなくとも、ホタルのように決め技がなくとも、狩りがままららぬ時は非常食で糊口を凌ぐという隙間生物ならではの習性を持つジョウカイボンも、一見パッとしない昆虫に見えて、なかなかに興味深い。



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