

「痛い」という表現を最近良く目にする。一般的な「痛い」ではない。インターネットから発生した用例だ。「萌え」とかに近い。周囲にも使う人がいるのだが、杜氏には使えない。思うに、自分でも内心忸怩たるものを覚える体験のようなものを、ネット上などで他人の言動から感じたときに伴う名状し難い感覚を指すのだろう。HPのプロバイダやレンタル業者のサービスでプロフィールをより臨場感を持たせるように脚色した「百の質問」などという半製品のページがある。Q&A方式でQのみ予め用意されており、ユーザはAを自分で埋める形式を採る。その中で「自分は痛いと思いますか?」という設問を見た。愚問である。自分が気恥ずかしいところを他人に見るからこその「痛い」なのだろう。気恥ずかしいところを持っていない人間など、鉄面皮か無神経なだけだ。それに他人から見て、自分が他人の気恥ずかしさを喚起するような存在かどうか訊いているなら、大きなお世話だ。他人が何を感じようと、杜氏は自分を気恥ずかしいと思う。「痛い」というのは、自分に閉じた感覚で、他人がどう思おうと知ったことではない。そもそも、自分で感じるからこその「痛い」なのだろう。蛇足ながら、「他人の痛みを慮る」こととは根本的に異なる。
ビージーズというのは、杜氏達の世代には痛いバンドだ。杜氏が小学校高学年だった1960年代終盤から、「ホリデイ」「ニューヨーク炭鉱の悲劇」など、やや社会性を帯びた曲調で売り出していたが、その十年後には流行のディスコ・サウンド(古い!)に転向していた。元々がロックでもフォークでもなく、ポップスなのでマジョリティを捕捉するのは当然なのだが、その豹変振りが痛い。兄弟グループなのだが、幼くてメンバに入れなかった弟のアンディ・ギブがアイドルとしての重圧に負けて不自然な死を遂げたのも、どこか痛い。映画「小さな恋のメロディ」の音楽担当だった頃の曲など特に痛い。これが同じ映画に多数曲を提供していたクロスビー・スティルス・ナッシュ・アンド・ヤングだと、痛いのはグラハム・ナッシュだけだ。残りの三人も立派に変な人達なのだが、変な人ぶりが確信的である。同じ事情で全員に大人ぶりが感じられるザ・バンドも痛くない。
そンなことを言いたいのではなく・・・。
「小さな恋のメロディ」でも効果的に使われた「若葉の頃」(原題First of
May。「メイちゃんが一番」ではなく「5月1日」)は、CMやKinki Kids主演のドラマのタイトル・チューンにも使われたので、70年当時音楽を聴いていない年齢層にもなじみの深い曲だろう。これがまた痛い。前にも何かのコラムで書いたが、「子供の頃は自分達の背丈より大きかったクリスマス・ツリーも今は小さく・・」という、主人公に想定された若者が若いくせに変に懐古調の歌詞だ。ビージーズの故郷、オーストラリアではクリスマスを5月1日に祝う(?)のかは不明だ。子供の頃、大きく見えたものが今は小さいという例は多い。カブトムシもそうだ。これもまた痛い昆虫である。(使えないといいながら、ここまで随分多用してしまった。苦しい)
30,000Hit企画なら、カブトムシしかないと思っていた。いくつになっても、カブトムシは杜氏にとってザ・キング・オヴ・インセクツだ。黒褐色の色合い、重厚な身体、シンプルで力強い造形、インパクトのある角、頑丈な肢。どれを採っても子供の人気を集めるのに充分な要素だ。杜氏は今でこそ、大衆受けするものに背を向けているようなヘソマガリを気取っているが、子供の時分好きな力士は大鵬だった。玉子焼きも好きだった気がする。唯一読売は嫌いだった。というより野球が嫌だった。この辺りも痛いところだ。正直に言えばミーハーな子供に過ぎず、カブトムシは当然好きだった。
鞘翅目昆虫の総称は甲虫だが、奇しくもカブトムシとも読める。甲虫は固く強化された前翅が腹部の背面を覆う様が甲のようであることから着いた名前であろう。カブトムシから転用されたとは考えにくい。英語のビートルはカブトムシを特定する名詞ではなく、甲虫全般を指すのであって、日本から帰化したマメコガネのような小さな種でもJapanese
beetleと呼ばれる。因みにザ・ビートルズはよくよく綴りを見ると、カブトムシではなくビートが音楽のBeatに置き換えられている。著作権の問題でもあったのだろうか。フォルクス・ワーゲンあたりと。
フォルクス・ワーゲンの造形は確かに通称カブトムシで、カブトムシに共通する重厚さと曲線の柔らかさを造形の特徴としている。カブトムシをイメージしたのではなく、性能や居住性を追及したら、ああいう形になったのだろう。フォルクスは民間伝承のフォークロア、民謡のフォーク・ソングのフォークで「民衆の」を示し、ワーゲンは本来のドイツ読みならヴァーゲンだろうが車そのものを意味する。つまりは「民衆の車」であり、言うも言ったりのネーミングだ。だが、ワーゲンが擬えられているカブトムシは日本人の子供達にとって正に民衆の昆虫である。
そのカブトムシが最近やけに小さく見える。「若葉の頃」のように、杜氏自身が大きくなったことも無論あるが、それだけではないように感じる。最近の都市のヒート・アイランド現象で昆虫にも大きな変化が起きているという。熱帯の昆虫は沖縄のそれが大きくなるように、概して温帯よりも大型になる傾向がある、ところが、日本の都市の昆虫は逆に矮小化しているというのだ。クワガタムシにはその傾向が顕著で、全体に身体の大きさが矮小化されていることもあるが、クワガタムシのクワガタムシである由縁である大顎が小さい矮小種が頻繁に見られるようになったらしい。カブトムシにもその傾向が見られるような気がしてならない。
杜氏にとってカブトムシは早朝採りにゆくものだった。夏休みにはラジオ体操がある。それを終えた後、ラジオ体操にせっかく集まった仲間達と近くのクヌギの樹液スポットを訪れた。本来なら夜中に行くべきであったのだろう。運良くカブトムシの姿に出会うのは五回に一遍程度で、大概はカナブンを捕まえるのがオチだった。それもまたカブトムシの希少価値を醸していた。希少価値などと言っても、杜氏が子供の頃にはデパートで売っているものを大枚はたいて買うほどの希少価値ではなく、コクワガタやカナブンほど簡単には見つからない程度だった。都心ではカブトムシは捉えるものではなく、買うものであることを知り、驚いたものだった。だがこのカブトムシ、全くの自然の状態が繁殖に好適かと思うと、実はそうでもない。ほどほどに人間が切り拓いた環境に近い場所を好む傾向にある。
自然の状態でカブトムシの幼虫が成育するのは朽木の中なのだが、朽木は自然には立ち枯れた老木の形骸でしか求められない。人間が切り拓いた場所の林縁には倒した樹の切り株が残っている。また、朽木よりも人間が作った堆肥の中の方がカブトムシにはお好みのようだ。ジムシと呼ばれる幼虫は乳白色のコガネムシ系の幼虫の典型であるが、成虫の身体が大きな分、コガネムシの幼虫と比べて巨大である。幼虫時代の天敵はモグラらしい。丸々と肥えたジムシにはボリュームもあり、確かにモグラには貴重な蛋白源であろう。カブトムシ程度の大型の昆虫は、羽化までに数年を要するのが普通だが、カブトムシの場合、ライフサイクルは一年である。その分、幼虫は貪欲であるらしい。幼虫の時代の栄養状態が成虫としての大きさを決めるという。成虫は最大で55mmにもなるが、50mm以上のものは商品として市場価値が高いのだと言う。自然な状態では大概が4cm台だ。ただし体長には角が含まれないので、他の昆虫の4cm、5cmよりは大きな印象を与える。身体の体積では確実に昆虫のチャンピオン級だろう。
羽化後は7月から8月にかけて一ヶ月から二ヶ月ほど生き延びる。成虫としての短命が有名なカゲロウ、セミは無論のこと、チョウ辺りと比較しても、羽化後の寿命は長い。おそらくトンボと同程度だろう。捕食者という意味からは、カラスやフクロウといった猛禽類とは呼べない程度の肉食性、雑食性の鳥天敵となる。幼虫時代からダニに寄生されているケースが多く、ダニで腹部が赤く見えるものもある。このダニの寄生度合いも寿命に大きく関係する。可哀想などと思ってはいけない。「街のダニ」と違い、本当のダニにも生きてゆく資格ががあるのだから。カブトムシ飼育愛好家の間では、ダニを遮断する昆虫飼育マットがダニ対策として用いられている。カブトムシ専門仕様のマットもあるらしい。ペットのノミ対策並みだ。そうやって、飼っているカブトムシの寿命を引き伸ばすのが、飼育家の楽しみであるらしい。寿命が雄より長い雌が夏を超え、秋を生き長らえ、越年して二月まで生きた例があるらしい。無益なことだ。再び生殖期を迎えられないのなら、いくら長生きしても意味はない。昆虫にとっては、ただ長生きしているだけに過ぎない。
樹液スポットは栄養の確保のために重要であるが、それ以上に重要なのが雄と雌の出会いの場としての意味合いである。紳士淑女の社交場を確保するためには、身体を張って戦う必要がある。この辺りの好戦性、そして強さが男の子達には魅力となっている。ミヤマクワガタ、ノコギリクワガタなどにとっても、樹液スポットが貴重な出会いの場であることは同様だ。ところが、クワガタ類は身体を起こして相手に自分の姿を大きく見せて威嚇する習性があり、カブトムシはそこに簡単に付け入ることが出来る。身体を起こしたことで生じる樹の幹との隙間に角をこじ入れ、怪力で下へ投げ落としてしまうのだ。絶対的な強さ、弱さ以前の戦うスタイルの違いなのかもしれない。人間にとっては草食専門で危険性のないカブトムシ、クワガタムシより遥かに危険なスズメバチも樹液を啜りに来るが、強い顎と切り札の針を持つハチの攻撃性もカブトムシには通用しない。堅い体表に針も機能しないのだろう。単純に身体の大きさによる戦闘力のレヴェルで押しのけられてしまう。あまり活動時間帯もバッティングしないのかもしれない。このように最終的にカブトムシは樹液スポットの勝利者として、食欲と繁殖欲を充たす勝者となっている。
だが、ヒート・アイランド現象による矮小化が本当に進んでいるのだとしたら、身体の大きさによる優位性が損なわれてしまう。カブトムシには深刻な問題となりそうだ。
子供の頃、遊び友達が「親戚のいる白楽にはたくさんカブトムシがいる」と話していた。白楽はさぞ田舎なのだろうと思っていた。だが、わかってみれば何のことはない。白楽は横浜の中心街にほど近い住宅街である。何だ、都会じゃないか! つまり、人が快適に住める環境であれば、カブトムシの生活にも好適地であるのだ。ならば、どうして東京都心ではカブトムシは買い求める以外に入手できないのだろうか。街路樹以外の樹を排斥し、クヌギ、コナラ、ミズナラ、イヌグルミなどのカブトムシの生活に必要な植物をなくしてしまったことと、環境汚染のせいだと思われる。ヒート・アイランド現象もマクロで見ればそれに包含されるだろう。
横浜は今でこそ、日本第二の人口を誇る大都会として大きな顔をしているが、実は拓けたのはそう古い時代ではない。幕末では少数の漁民が沿岸に細々と暮らす寒村に過ぎなかった。ところが、明治政府が興り、攘夷もヘッタクレもなく、海外との交易により国力を強化する必要に迫られたことから、東京近郊に大きな貿易港が不可欠となった。そこで一気に僻地に過ぎなかった横浜が開拓されることになる。成り上がりの都会に過ぎないのだ。鎌倉時代以前から軍事的な要所であった三浦半島とは歴史が違う。だからこそ、白楽のような中心街に近い場所でもカブトムシと人が共存できる条件が揃っていたのだろう。
そう考えると、カブトムシが人間の文化の発展と共に繁栄を始めたのも、長い歴史からすればほんの最近の百数十年前からに過ぎないのかもしれない。そして、過度な文明の進歩の証しであるヒート・アイランド現象の影響を受けている姿は、人と自然との関わりに疑念を持ちながら、文明の恩恵の下に暮らさざるを得ない杜氏の目にも、確かに痛々しく映る。日本のポップス界の女性シンガーは、カブトムシを曲名に採用していたのは、ほんの数年前のことだったろうか。「虫愛ずる姫君」効果を狙ったのだろうか。確かに昆虫嫌いの傾向が著しい女性がカブトムシと称される曲を歌うのは新鮮だった。反面、それほど人間の生活に浸透してしまったカブトムシの将来に不穏なものを感じてしまう。
カブトムシよ。今こそ街を捨て、林へ帰ろう!
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