

大学の教職課程の講義だったかで、宇宙人の存在確率を算出する課題があった。条件としては地球と同じような気候風土を持つなり、水が存在するなり、大気に酸素が含めれているなり、いずれにせよ、地球と類似した条件の星を仮定していた。だが、生物は人間の想像を遥かに超えた条件でも活動することが出来る。逆に人間や他の生物にとって過酷な条件でなければ生きられない種も存在するのだ。
海洋に関する研究をしている国家機関がある。正確には独立行政法人となってしまったが。杜氏の顧客で、家から近いので通うのにも便利だったが、他のメーカに取られてしまった。そこではたとえ停電に見舞われても、電力供給を自家発電装置を用いて絶やせない設備がある。常に高温高圧を人工的に保たなければ、貴重な実験動物が死に絶えてしまうのだ。その実験動物とは、海底火山の火口のような尋常ではない環境でしか生きることが出来ない生物群だ。再び捕獲するには海底火山に接近するというリスクを冒さなければならず、当然コストが嵩む。電力などをケチってはいられない。
つまり、生物の棲息条件を、地球上の常温常圧に限定することはイマジネーションの不足なのではあるまいか。
元々熱帯に住みながら、世界中に生息域を広げた種がある。好き好んで世界制服を目指したワケではない。人間の事情によってそうなってしまったに過ぎない。コオロギの類は個体数も多いし、栄養も豊富で、適当な大きさだったり、捕らえ易かったりするのか、ペットの餌として重宝であるらしい。ある種の熱帯性のコオロギは特に人間にとって得易かったのか、熱帯の労働力が安価だったのか、餌として多用されている。だが、コオロギだって易々とペットの餌食にはなりたくないだろうし、敏捷さや物陰に隠れて難を逃れる能力を有している。つまりは餌としてペット・ショップで市販されている輸入コオロギが逃げてその土地に土着することがある。和名カマドコオロギがそれだ。カマドなどという日本の厨房器具の名が付いているからといって、在来種なワケではない。故郷の熱帯に加え、欧米、アジア、豪州等のおよそペットを飼う文明のある地域に分布するに至ったらしい。
熱帯産だけに、熱を好む。和名の由来は、調理に用いた後のカマドの余熱に寄ってくることからであるらしい。だが、いまどきの日本でカマドを使って調理をしているような家庭は皆無に近い。だが炊飯器ではカマドコオロギにとってカマドの代替とはなり難い。完全に家の中に棲息する昆虫で、外に出られるとしたら夏だけである。そのワリには、一年中ある程度の温度が保証されている人家の中では一年中いるらしく、越冬も容易にするらしい。家系昆虫といっても、魚系出汁のとんこつ醤油仕立てではない。
熱帯産というところもあるのか、性格としては臆病で小さなコオロギという印象もあるのだが、2〜3aとかなり大型であり、意外な気もする。最大のものではエンマコオロギより大きくなる。大型であることが餌として好適な条件となっているのかもしれない。コオロギなので鳴く。翅を退化させてしまい鳴く能力を放棄したカヤコオロギのような種とは違う。チリチリチリと途切れ間もなく、比較的小さな控えめな高音は、在来種でないにしてはなかなか風情があり、癒し系との評価もある。臆病で敏捷、飛び跳ねる能力には優れたものがあり、声はすれども姿を見ることは少ないらしいが、居るところには居る。
北海道の人は寒さには慣れているし、ミラー・バーンと呼ばれるようなアイス・バーンを更にスケート・リンク並みに磨き上げたような地上も楽々歩くし、転び方も巧みだ。大雪が降ると必ず死者まで出るような首都圏の人間の脆弱さなど、北海道人にはちゃんちゃら可笑しいのであろう。だが、意外なことに冬に上京して来た道産子達は決まって「寒い」を連発する。気温が低いのが当たり前の北海道では室内の暖房には万全を期す。従って、一般家庭でも冬の室内は短パン、ティー・シャツで過ごせるほどの暖かさだ。関東の人々はさほど外気温が下がらないこともあって、室温には無頓着なところがある。この認識の違いが、道産子にとって相対的に寒い室温を招く。杜氏の父方の一族は北海道でも比較的(最も?)暖かい道南は函館にいるが、杜氏の自宅に来ると必ず寒さを訴える。
生物には棲息圏として多数の生物にとって越え難いブランキストン線が津軽海峡に横たわっているが、そもそも保護された環境での生育を想定されたカマドコオロギにはそンなものは関係がなく、寧ろ北海道の暖かい室内の環境を歓迎しているかもしれない。熱帯での生殖を前提にしているからなのか、カマドコオロギの生活史は世界各地への移動、分散によって、メチャクチャになっている印象がある。真冬でも室内で生きており、ストーブなどの熱で室温が上がると、たちまち目を醒ましたかのように生殖行為を開始し、産卵までしてしまうらしい。元来、その辺りの融通が利くように出来ていたから、世界各地で繁殖するに至ったのかもしれない。
ただ、やはりカマドなどの極度に熱を発する器具が減り、カマドコオロギも日本の人家でのニッチを狭められる傾向にはあるらしい。で、絶滅の危機に瀕しているのかと思ったらそうでもないらしい。日本古来のトラディッショナルなレジャーに集結する傾向があるという。
熱帯植物園、サボテン公園、バナナ園、ワニ水槽、・・・。これらに共通する施設は何だろうか? そう、温泉である。温泉の発する余熱を利用して、温泉地にはこれらの施設が名所として散在している。その熱に惹かれて、カマドコオロギが集まってくるらしい。おそらく移動は気温の高い夏の間に行われているのだろう。ちゃっかりした昆虫だとも感じるが、カマドコオロギにしてみれば死活問題である。必死に適地を求めた結果なのであろう。熱帯の動物も数多く飼育している動物園、博物館などにも集結する傾向があるらしい。温泉を好むとは、熱をひたすらに求めた結果に過ぎないにせよ、風流を解する昆虫という印象濃厚である。
こうして見ると、人間の家屋という生活圏が棲息の必須条件でありながら、世界各地域に広がっているという弱いのか、強いのかよくわからない種である。ただ、生き残りに適しているのが、生物としての勝ち組である。結果を残しているカマドコオロギは間違いなく現代における強い種なのであろう。今、人間のもたらしたオゾン層破壊、グリーンハウス・ガスの影響による地球全体が温暖化の道を辿っている。カマドコオロギにとっては人間が滅亡しない限り、この世の春(夏かな?)が続くのかもしれない。
人間の存在によって図らずも版図拡大と種の繁栄を遂げている珍しくも興味深い昆虫と言える。
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