アオカミキリモドキ

                                                            弱いからこそ危険

 英国の小説家、戯曲家で、辛辣なアイロニーの持ち主で有名なバーナード・ショウが、米国の高名なグラマラス女優にこう言い寄られたことがあったとか。「あなたの頭脳と私の肉体を受け継いだ子供が産まれれば、どンなに素晴らしいことでしょう」 それに対してショウ氏「あなたの頭脳と私の肉体を受け継いでしまったなら困りますね」
 虫の毒の被害は世界各国で起きているが、最悪なのが南米のキラー・ビーと呼ばれるもので、日本で恐れられているスズメバチではなく、ミツバチである。自然に発生するものではなく、人為的に交配された。ブラジル在来の性質が温和だが採蜜量が少ないミツバチの生産性を何とか向上させようと、アフリカ産の性質が獰猛だが蜜を多く産出する種を交配させたのだという。性格が穏和で蜜を多く出す種を期待したところ、全く逆に獰猛で蜜をあまり出さない形質が優性として顕れてしまったらしい。バーナード・ショウのアイロニーは案外正鵠を得ていたのかもしれない。
 キラー・ビーはアメリカ映画のモティーフにもなっている。南米からアメリカ南部・ミシシッピ川流域地方にこのキラー・ビーが紛れ込んだという設定の1970年代後半当時流行ったパニック物だった。保安官役を、ドーピングとも100m競走とも無縁な別人の俳優、ベン・ジョンソンが演じていたように記憶している。ただ、この設定はキラー・ビーがアフリカ産となっており、事実とは異なっている。このキラー・ビーによる死者は毎年数十人に上るらしく、157人を数えた年もあったとか。
 日本で毒虫の代表と言えば、ハンミョウかもしれない。以前にも触れたが、これはTiger beetleと英米で言われる美しい色彩と獰猛な肉食性を帯びたいわゆる斑猫ではなく、ツチハンミョウと呼ばれるいかにも毒々しい類だ。中でもマメハンミョウの毒は凄まじいと言う。ツチハンミョウ類にはマメハンミョウ、ゲンセイといったものも含まれる。これらが持つ毒はカンタリジンと呼ばれるもので、僅か30mgで人を死に至らしめる。本家の美しいハンミョウには毒がないのだが、ツチハンミョウのせいで多くの人がハンミョウも猛毒の虫であると誤解しているらしい。生物の見た目の美しさの多くが、捕食者にとっての毒のシグナルである(警戒色)ことが、そういった誤解に拍車をかけているのだろう。
 お家騒動で毒薬が暗殺に用いられるのは、時代劇の常だが、その多くの場合、劇中では斑猫の毒が用いられている。ハンミョウは毒にはならない。中国の故事ではちん毒(鴆毒)と呼ばれる猛毒の鳥の羽を使った毒が猛威を発揮するが、猛毒の鳥というのは聞いたことがなく、おそらく別の製法があるのだが、それを秘匿するための隠れ蓑だろう。
 カンタリジンが毒であることは古代からよく知られていた文献が残っているそうだが、反面、催淫剤としての効果も二万年前から信じられていたらしい。局部に少量塗布すると、男性は硬直が持続し、女性は欲望を喚起させられるという「伝説」だ。日本の三文エロ小説でも魔法のように効果的に用いられるヤツである。スパニッシュ・フライとかメキシカン・フライとか言う俗称で商品としても法外な値段で秘かに流通していると聞く。杜氏はそれを伝える記事を、1970年代半ば頃、創刊間もなかった「月刊プレイボーイ日本版」で読んだ記憶がある。プレイボーイのような広範な購読者層を持つメジャーな雑誌に、そのようなヨタ記事が横行していたことに、今更ながら驚かされる。カンタリジンに催淫効果などなく、何しろ毒であるので直接塗布でもしようものなら、猛烈に痒くなり、疑似性欲を喚起されるのだと言う。人に劣情を催させるようなご都合主義に合致した薬などない。カンタリジンを直接服用せずとも、そのように用いただけで腎臓に支障を来すらしい。
 スペインもメキシコも迷惑なことだろう。日本のもう廃止された名称であるトルコ風呂のようなものか。(違う!) 余談だが、斉藤晴彦氏による明瞭早口クラシックの「トルコ行進曲」は抱腹絶倒モノだった。
 杜氏はツチハンミョウのことを知っていたので、そのような記事を真に受ける愚は犯さなかったが、英国ではカンタリジンの服用が殺人事件にまで発展したことがあるらしい。薬剤を扱う業者の管理職が部下の若い女性に好意を抱き、もっと仲良しになろうと一計を案じて、午後のオヤツのケーキにカンタリジンを仕込んだらしい。自身も一個食べてから、件の女性とその同僚の女性に勧めたという。結果、女性達はすぐに腹痛に苦しみ始め、やがて死に至った。ご本人も同様の症状に見舞われたが、摂ったのが少量だったことから一命は取り留めたらしい。自分も死ぬ目に遭ったことから、殺意はないことは認められたものの、殺人であると判決を下されたという。無知であることはかくのごとく恐ろしい。

 カンタリジンを体内に秘めた昆虫はツチハンミョウの類には留まらない。愛好者が多いカミキリムシの名前を冠したカミキリモドキがそうである。確かに形態はカミキリムシに似ているが、全く別の種である。寧ろホタルに近いと思われるジョウカイボンに似ている。ゲンセイにも少し似ているので、進化論的にはツチハンミョウと近接した種なのかもしれない。カミキリムシのニートな体型を持っており、体色もなかなかに美しいのだが、何せ毒虫である。カミキリモドキに罪はないが、迂闊に触れるのは憚られる。特にアオカミキリモドキはとても普通に見られる上に、毒性が強いらしく、警戒を要する。
 成虫は花に寄ってくる。他の昆虫同様、蜜や花粉を好む。その様子を見ていると危険なヤツにはとても見えない。また、灯火にも普通に飛来する。珍しい昆虫とは言えない。だからこそ、アオバアリガタハネカクシと並んで被害が多い。多分、虫が嫌いな人は、見ただけで嫌悪感を覚え、徹底的に駆逐しようと思い、思い切り叩き潰したりするのかもしれない。そうなると毒は直接人間を襲う。体液が着いた箇所は水ぶくれとなり炎症に見舞われることになる。万一顔になど付着したなら、大変なことになる。
 草食性のか弱い昆虫であり、攻撃性など少しもない。灯火に飛来したとしても、放置しておけば何も不都合は起こらない。これは蜂などの攻撃性を持った昆虫にも言えることだ。ただ、うっかり蜂などのテリトリを侵した場合はその限りではない。向こうがどう感じるかが問題である。だが不干渉の態度は、大概は昆虫にも通じるものだ。
 カミキリモドキは鞘翅目ではあるが、前翅が柔らかく甲虫と呼ぶには躊躇がある。軟鞘類と呼ばれることもあるらしい。大概1cm前後とかなり小型である。アオカミキリモドキも最大で15mm程度にしかならない。だが、カミキリモドキの中では大型の部類であろう。幼虫は倒木などに棲み、朽ち木を食用としていることが多い。本来つましい暮らし向きの昆虫である。カンタリジンによる害以外に人間の生活との明瞭な接点はない。それでも害虫と見なされて迫害を受ける。

 ローマでメディチ家が隆盛を誇る一方で「毒殺のメディチ」と呼ばれるように、闇の暗殺も横行していた。同時期に時代の寵児として登場したチェーザレ・ボルジア(チャーザレはシーザー、カエサル、カイザーと同じ名)もボルジア家家伝の毒薬(水に溶かすと無味無臭で、尚かつ効果覿面のカンタレラなるもの。おそらくカンタリジンと無縁ではない)で政敵や肉親まで闇に葬ってきた。毒というものはオウム真理教事件、和歌山カレー事件を例に挙げるまでもなく、持っていれば使ってしまうの運命なのだろうか。
 か弱い存在に過ぎぬカマキリモドキにとって、毒は唯一の外敵から身を守る手段である。貧弱な体型だったらしいバーナード・ショウの最大の武器が、毒舌などの言葉では言い尽くせぬ痛烈なアイロニーであったように。



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