カノコガ

食糧を加工する蛾


 和菓子と言うのはどうしてあんなに無駄な装飾をご大層に施したものが多いのだろう。菓子というのは元々が食べ物でありながら、ファンシーな飾りつけや見た目の趣向を凝らせたもので、質実剛健な菓子というのは煎餅、あられの米菓以外にはあまり見当たらない。上品な和菓子ほど、気取った感じがする。実際には凶悪に甘いくせに、洋菓子よりカロリーが少なくてヘルシーだとか、あまり甘くないとか称して付加価値をつけているのが小賢しらげである。杜氏は和菓子が子供の頃から大嫌いで、伯母の家で高級品だからなどと無理に食わされた虎屋の羊羹を気持ちが悪くなって吐いてしまったことすらある。身体が上品に出来てはいないのだろう。和菓子を肴に酒が飲めるなどという御仁もいるらしいが、お友達にはなりたくない。頭の中をかち割って中身を見てみたい衝動に駆られるだろうから。

 和菓子の中に鹿の子がある。どうせ凶悪なシロモノに決まっているから正体を見たことがない。家人によれば高級和菓子だそうだ。化粧箱か何かに鎮座しているような不遜なヤツらしい。豆を煮たヤツ(最悪)を蜜か餡か何か(最低)で固めたものらしく、豆が形を残したまま表面に露出しているらしく、いかにもグロテスクだ。それを若い鹿の背の模様に見立てているらしい。鹿にとっても迷惑な話である。鹿の子模様が鹿から来たのか、鹿の子から展開しているのかは定かではない。

 カノコガは独立したカノコガ科の鱗翅目昆虫で、独特の形状、色彩を持っている。胴体は黒い地に日本の鮮やかな黄色い線が入っており、一見蛾には見えない。翅はやはり黒地だが、その名の由来でもある白というか、半透明の紋が入り、目を惹く。何に似ているかと言えば、やはりハチであろう。特にスズメバチ科でトックリバチに近い、泥の揺籃を幼虫に残すドロバチに似ている。胴部の後端は緩やかな曲線を描きつつ細く収束しており、ハチの針を想起させる。触角や翅の形状もそれらしい。無論、カノコガが他の生物を刺すようなことはない。線は二条であり、擬態モデルは自ずとフタオビドロバチということになる。

 およそ蛾らしくない蛾で、昼行性である。普通の花にチョウのように吸蜜に訪れる。珍しい種ではなく、見過ごされ勝ちだが、よく見るとなかなか優れた造形に思える。おそらく、擬態モデルとなっているフタオビドロバチも昼行性であるから、昼に活動する種が主にハチと誤認され、擬態の恩恵を与ったので、その遺伝子が色濃く残ったのだろう。

 幼虫はタンポポを主に寄主とするらしいが、スイバ、イタドリ等、あまり食草にはこだわらないらしい。いや、それどころか、動物の死骸や花弁や枯葉、きのこ、バナナの皮のようなものまで食べる姿がみられるらしい。雑食性と呼べるかもしれない。2cm足らずの小さな毛虫だが、黒くて毛足もそこそこ長い、毛虫らしい毛虫である。だから女性には人気がないかもしれない。

 この幼虫、面白い性質があり、草を食べるにあたってまず主葉脈を断ち切り、水分が葉に行き渡らなくしてしまうらしい。で、葉の枯れかけた部分を食べる。しかも、枯れて乾燥し切った部分ではなく、適度に水分が残った部分を好むという。葉をしなしなにしてからおもむろに食べにかかるのだ。これは一種の調理である雑食しているうちに、枯れかけたものの風味に慣れて、それが主全体の嗜好となったのだろうか。人間が漬物、味噌、醤油、酢、酒、鮨のような発酵食品を見出した経緯と似ているような気がして興味深い。人間ならコミュニケーションの手段を持ち、料理や発酵食品の作り方、楽しみ方は伝達可能だが、意思伝達媒体を持たず、それどころか親と子が一緒の時期に生きていることもなく、当然子への伝承も不可能だ。他の動物では生活習慣も遺伝することがあるというが、長い年月に食べ物の嗜好まで遺伝子情報に組み込まれるようになったのだろうか。連獅子は、獅子の親が仔の獅子を断崖から谷底へ突き落として、獅子としての強さを仔に伝えるエピソードである。獅子、つまりライオンは母子家庭で、雄は出産を見届けることなどせずに、雌の許を離れ、次の発情期に別の新しい雌を求める。そのようなことが起こりようもない。親が子に教育を施すなど、人間の固定観念による幻想なのである。だが、カノコガの食糧の加工のような不自然な所作とも思える性質の継承はどう説明がつくのだろうか。説明など「不要なのかもしれない。


 タンポポ、ギシギシ、スイバ、イタドリのような、どこにでも生えているような繁殖力の旺盛な植物を食草としていることは、カノコガ自身の繁殖にも好都合だ。おまけに雑食性も持っており、食糧に窮することは考えにくい。6月と9月に年に二化するらしい。開帳は4cm弱。蛾としては大きくも小さくもない。ハチと見間違えるには適当な大きさということか。

 和菓子が嫌いなのはあざといからだ。「甘過ぎない」とか「ヘルシーだ」などと、欺瞞的な売り方をしている。単に乳製品を使う習慣が日本になかっただけではないのか? 聞くところによれば、本当に和菓子は洋菓子よりも低カロリーであるという。だが、あの人を騙したような甘さは許せない。塩を混ぜて甘さを強調しようなどとは素材を馬鹿にしてはいないだろうか。例えば卵料理に塩を使うが、砂糖は用いない。それで卵本来の甘さを引き出す。それは技術だと思う。だが、砂糖と塩を混在させるのは卑怯な手であろう。昔、砂糖と塩という名前を持つフォーク・グループもいたが・・・。
 カノコガはチョウのように昼行性であったり、ハチと似ていたり、食糧を加工したり、色々な面でトリッキーな昆虫である。だが、カノコガはあくまでもカノコガとして振舞っているに過ぎない。ハチに似ていることを意識したり、チョウに仲間意識など持っていない。和菓子のようなやたらとあざとい甘さを振り撒く存在とは違うのだ。

 人間も人間としての先入観で昆虫を見てはいけない。



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