

外国から渡ってきた船、または積み荷に付着して日本に定住する生物は多い。杜氏が住む東京湾沿岸地方では、多くの海洋生物が帰化種である。護岸にびっしり着いたムラサキイガイなど、あまりに数が多いので在来種だと思い込んでいたが、実は帰化種であった。パエリア、ブイヤベースなどで大きな顔をしているムール貝である。東京湾の濁った海の、更に波打ち際に近い部分のゴミに澱んだ水に曝されているのを目にすると、とても食べる気が起こらなくなる。
最早、東京湾の生態系は帰化種に大半を占領されているとも言える。
洒落たデザインの輸入住宅がもてはやされている。北欧やカナダといった北国の、いかにも林業が発達していそうな国からの輸入が多い。ビートルズの「ノルウェイの森」は、原曲よりも村上春樹の超ベストセラー小説で有名になってしまった。「森」というのは誤訳らしい。ノルウェイは木材を育む気候風土に恵まれ、それを素材にした家具の名産地であるらしい。Woodsは森という意味も無論あるが、この場合木製家具だそうだ。Norgian Woodsとは「ノルウェイ製の家具」。共に住んでいた女性が去った部屋に残されていった立派な家具に準えた男の感慨が歌われている。
だが、TVでよく見掛ける欠陥住宅の実態などで、輸入住宅に関しての事例には必ずと言っていいほど、木材に付着してそのまま輸入されてしまった動植物の害が紹介される。ある時はキノコ類であったり、また昆虫類であったりもする。菌糸が着いたのみの段階で木材が蝕まれることは予測がつかないし、木材を食害する昆虫はカミキリムシの幼虫のように目立って大きいものばかりでもない。大概は成虫でも数ミリ程度、場合によっては2mm程度、幼虫ならもっと微小な存在に過ぎない。キノコにしても昆虫にしても、好き好んで海外旅行を企てたのではなく、適地で本能に従って生きていたのが、遠く離れた国にまで連れて来られ、目の仇にされるのは気の毒としか思えない。この場合、最も悪辣なのは品質管理を蔑ろにした輸出業者、次にチェックが甘い輸入側であろう。いずれにしても咎があるのは人間だ。
センセーショナルな内容で物議を醸した「ボヴァリー夫人」「感情教育」を著したのはフランスの作家・ギュスターブ・フローベールだが、「フローベールの鸚鵡」を書いたのはイギリスのジュリアン・バーンズ。そのバーンズの著書に「10 1/2章で書かれた世界の歴史」がある。ノアの方舟の上で展開される決して崇高とは思えない利己的な営みを、ある生物の視点から喜劇的に描いたユニークな作品だ。良い趣味とは言えないが、一読の価値はあるかもしれない。元々が新約聖書の中でも、ノアとその家族の諍いは聖者の振る舞いとも思えぬ表現で綴られている。その語り部の生物は物語の最後まで明かされない。方舟への乗船を許されなかった密航者であるから、その生物は方舟での出来事を完全な傍観者として観察している。その招かざる生物はキクイムシであった。
キクイムシは鞘翅目昆虫に属するが、カブトムシ、クワガタムシ、カミキリムシのような見映えのする姿をしていない。タマムシ、ハンミョウ、センチコガネ、ダイコクコガネの美麗さも、ホタルのような決め技もない。かといってゾウムシの異形も、ハムシの多彩さも、テントウムシの愛嬌もない。ただ、一センチにも満たない微小な甲虫でしかない。その特徴を文章で説明しようと試みても、典型的な甲虫の形状の黒っぽい小さな昆虫としか言い様もない。それでいて人が住居や家具に用いる木材を荒らし、時に立木を枯らすほどの猛威を奮う。ノアが招待状を送らなかったのも頷ける。
木材の表面や木の幹に産みつけられた卵から孵化した幼虫は、木材を食べながら必然的に木にくねくね折曲がったトンネルを穿ちながら進む。その終端に自分の身体が休めるほどの小さな楕円形の部屋を作り、蛹化する。卵は大量に産みつけられるので、トンネルは幾筋にも拡がって木にとっては痛々しい様になる。これでは立木も堪らないだろう。
ただ、木とて抵抗力を持ち合わせる。キクイムシの雌とて闇雲に産卵しているのではなく、生涯の終焉が近い老木を選択すると思われる。そうでなければ、逆に幼虫が木からの逆襲で滅ぼされてしまう。老木に引導を渡しているとも解釈できる。木材などは既に生命が立たれた植物の残骸なのであるから、キクイムシの本能からすれば、危険のない格好の食材でしかない。多分、昆虫の認識からすれば、木材も椎茸の養殖に使うブナ科植物のホダ木も既に枯死して発酵している朽ち木も、植物の残骸という意味で同じに認識されるに違いない。
繊維の主成分として知られるセルロースは代表的な天然高分子物質であるが、平たく言えば蔗糖、ブドウ糖と同じ多糖類である。これが堅牢で分解しにくい組成で結合している。水にも溶けないし、普通の動物の消化機能では吸収できない。人間が飢えたところで、繊維から成る衣服を食べたりはしない。そのままでは栄養素とは成り得ないからだ。
それを分解、吸収できるシロアリ、カミキリムシ、キクイムシは、セルロースを他の動物が親和し得る形態へと変換する重大な役割を背負っている。これらの昆虫が分解し排泄した糖類は、巡り廻って他の動物のエネルギー源となる。人間とてその恩恵に浴しているのだ。近視眼的には住居、果樹、作物などに被害を与えるが、地球上になくてはならない存在と言えるだろう。シロアリは消化器官内にある種の菌を持ち、その働きでセルロースを分解する種が多いことで知られる(菌を持つ必要がなくなった種も存在)が、キクイムシも同じように養菌性のものが多いらしい。その生態は研究者の格好の研究材料となっている。
シロアリなら無数のハタラキアリと巨大で驚異的な長寿の女王が目立つので発見は困難ではないし、カミキリムシも外見からも顕著な穴を穿つ。だが、この微小なキクイムシは微小な上に特徴がないし、多数のトンネルを掘るとは言ってもシロアリほどの群生はしない。存在は木を食い散らかした形骸から窺われることが多い。実際にキクイムシを見掛けたとしても、目を凝らさなければ認識さえ不可能な印象の薄い甲虫としか思えない。「子連れ狼」にも登場する草と呼ばれる民衆に隠れた忍者のようだ。害は為せども姿は見えず、姿見えても正体しれずといったことになる。
悪辣な人間はこのキクイムシの蛹をも、とても罪作りな方法で利用する。クワガタムシは上手く飼育すれば越冬して長生きする昆虫であるが、産卵を終えた雌は体重を大幅に減らし、体力を消耗しきってしまう。その活力回復にカブトムシの蛹を食わせるという残酷なノウハウがある。そもそも食肉性のないクワガタムシにそのような食生活を強いることが間違いだ。草食の牛に他の動物の骨粉飼料を与え、BSEの発生を創出してしまった所業を思わせる。醜行である。その上、身動きがろくに取れないカブトムシの蛹を用いるなど、言語道断である。だが「カブトムシが可哀想」とか「カブトムシの蛹が大型であるので、食べきれずに腐敗してしまう」とかの理由(これも罰当たりな言い種だ)で、代替案があるらしい。キクイムシの蛹を与えるというのだ。カブトムシでなくキクイムシなら可哀想ではないのか。その判断基準は奈辺にあるのか。そこまでしてクワガタを生かしておきたいのか。その理由は何か? 愛玩目的? そンなものは愛と言えない。身勝手に過ぎぬ。いや悪逆非道であろう。こういう所業を、杜氏は許さない。
ジュリアン・バーンズの仮説によれば、キクイムシはノアに生き残るべき種に選択されなかった。だが、数々の人間に迫害を受けながら、輸入住宅やワインのコルク栓などの現代の方舟に乗って海を渡って版図を拡げている。その生活域の拡大を担っているのが、キクイムシを不倶戴天の敵と見なしている人間であるのが可笑しい。
生き残るべきものと、そうではないもの。それを人間が判断するなど不遜である。この先、幾度かノアが為した選択が、次世代のノアに求められるかもしれない。だが、自然は人間の選択よりも密航を重んじるであろう。