キマワリ

そも一体何者?

 なぜこのような昆虫のことを話題に上らせることになったのか、自分でもよくわからない。クワガタ、カブトムシのマニア達はそれ以外の昆虫のことを雑虫などと呼ぶ。雑魚の虫版といったところか。コナラ、ミズナラ、クヌギの幹に出来た樹液スポットによってくる、カナブン、ハナムグリ、カミキリムシ、スズメバチ、ヨツボシオオキスイ、ヨツボシケシキスイ、ヤセバエといったあらゆる昆虫が雑虫呼ばわりされる。以前ヴァラエティ番組でトンネルズの木梨則武が釣りをする趣向のコーナーがあり、木梨は狙った種類の魚以外の魚を全て「ベラ」呼ばわりしていた。ベラに失礼だ。それと同じ意味で、このマニアなる連中の態度には鼻持ちならぬ傲慢さを感じざるを得ない。
 キマワリは発酵して芳醇な香気を醸している「樹液バー」の喧騒とは無縁である。そもそも狙いが違うのであろう。ただ、これらを見に来た杜氏はとても頻繁にこのキマワリの姿を「樹液バー」の下の地面で目撃した。木の周りをすばしこく回りながら逃げるのでキマワリと呼ばれる。黒いゴキブリ大の3.5センチほどの昆虫なので、昆虫の知識がない女性などにはゴキブリと変わらぬ不気味さを感じるかもしれない。ただ、痩せても枯れても甲虫類である。身体に厚みがあるし、硬質で乾燥した印象である。触角の感じはゴキブリと似ているが、やはり質感は渇いた硬質さで、ヌメッとした印象はない。よく見ると翅の紋様は木彫りのような深く繊細に彫られたような感じがする。光沢もゴキブリよりはクワガタに近い。脚が長く、とても俊敏で、休んでいる短い時間を捉えないと写真を撮るのも難しいという。
 ゴミムシダマシ科に属することを、杜氏はこの記事を書くために調べてみて初めて知った。せいぜいが1.5センチ程度にしかならないゴミムシダマシと比較すると巨大で押し出しもそれなりにいい。得体の知れない甲虫としか認識していなかった杜氏には軽い驚きだった。やはり朽ち木を主なニッチとしているクチキムシに近いと考えていた。
 樹液バーの下で幹の周囲を回っているだけで、何を目的にそういう生き方をしているのかは、頻繁に見かける割には何も知らなかった。でもコイツの幼虫は朽ち木を食みながらも、トンでもない食わせ者らしい。肉食性がかなり強く、コガネムシなどの甲虫類の幼虫、ジムシの腹に食いつき、体液を吸うらしいのだ。体液を吸うだけなので補食するということではない。ただ、頻繁にダメージを受けた幼虫は確実に弱ってしまい、死に至る個体も多いのではないかと思われる。それどころか共食いにも及ぶらしい。成虫は影の薄いすばしこいだけの虫なのに、幼虫の所業は案外エグい。

 キマワリをキーワードにインターネットで検索すると、半分以上が実在のキマワリではなく別のものに関する記述が抽出される。「ポケットモンスター」である。ポケモンは大概実在の動物をモデルにしている。イマジネーションの貧困さが窺えるが、多様なモンスターを量産しなくてはならない事情からすれば致し方ないもかもしれない。ただ、実在の生物の名前をつけてしまうのはアンフェアだ。ポケモンの「キマワリ」は植物性のモンスターだそうで、大方が予測される通りヒマワリをモティーフにしている。ニカヤカな可愛い(子供に親しみやすい)表情をしており、実在する昆虫のキマワリとは全く違う。おそらく命名者は、昆虫にキマワリがいて、木の回りをグルグル回るからその名が付いたことなど全く知らないのであろう。そう思うとキマワリがやけに不憫だ。

 ミルワームというものがある。最近飼育が流行している爬虫類、鳥、リスなどの小動物といったペットの餌になる。これが案外、ペット達にはご馳走であるらしく、原因不明の拒食症に罹ってしまった者もミルワームだけは食べたりするらしい。普通鞘翅目の幼虫はカブトムシ、クワガタムシ、コガネムシの幼虫であるジムシ型で、白色でよく肥えた印象がある。カミキリムシの幼虫であるテッポムシでさえ形状は長細いものの、充実した体つきをしている。ところが、このミルワームは褐色で締まった体型をしている。ゴミムシダマシの類の幼虫の総称らしいが、ジムシ型とは趣を異にする。例えていえば、魚の干物のように付加価値的な栄養があるような印象がある。事実、大変な栄養価であるらしい。動物は本能的に自分に必要な食糧を覚るのであろう。
 キマワリはゴミムシダマシの中でも成虫としては飛び抜けて大型である。したがって幼虫も大変大きい。ペット愛好家はキマワリの幼虫をジャイアント・ミルワーム、スーパー・ミルワームなどと呼んで区別し、珍重しているらしい。あの樹液バーに行けばいつでも右往左往しているキマワリが・・・。所変われば品変わるとはこのことだ。
 ミルワームはパン屑、小麦粉のような擬似的な朽ち木のような環境で育てられるらしい。ペット愛好者の中には副次的なミルワーム育成が、かえってミルワームに情が移ってしまい可愛がるような本末転倒も起きているらしい。キマワリはこういった植物性の餌に包まれた環境でも育つらしいが、干し肉のような動物性の餌を特に好むという。こういう食性が高栄養価の源泉なのかもしれない。ペットショップで結構高価で取り扱われているらしく、愛好家は一度買ってから何代も一部を羽化させるまで育て、交配させて世代交代させているらしい。ジャイアント・ミルワームは、一緒くたに育てるとたちまち共食いを始めるらしく、一匹ずつ隔離されて飼われることが多いらしい。個室をあてがわれて特別扱いとは偉そうなヤツである。(どうせ食われてしまうのだが)
 ネズミ、ウサギなどの囓歯目としか見えないような原始的な霊長類、ピグミー・マーモットや童謡で有名なアイアイなどは食虫類とも呼ばれ、昆虫を好んで食べる。栄養価、確保のしやすさなどで好都合なのかもしれないが、食感、味覚といった点でももしかすると、食虫類は昆虫を食糧に選んでいるのではないかと思えるところもある。何しろネズミに近くとも霊長類だ。アイアイなどは、ユニークな長い爪を餌の巣穴に突っ込み、そこに食いついてくる虫を捕らえて食べるという。この辺り、まるで釣り師だ。
 自然の環境では朽ち木で育つから、獰猛なキマワリの幼虫もダニや菌類に蝕まれることが多いらしい。ダニはカブトムシ以下の甲虫も遅い、命を奪いはしないが成虫になってからの寿命を縮めるという。案外最強な存在はダニなのかもしれない。キマワリの幼虫が見舞われる数奇な運命で変わっているところでは、キノコに食われるというのがある。セミなどの地中で暮らす昆虫によくある冬虫夏草の類である。これを井上靖は夏草冬濤(なつくさふゆなみ)と称したのだったっけ。朽ち木は適度に湿っていて菌類には適した環境だ。椎茸がほだ木に育成することからもよくわかる。そこに元から栄養源となるようなキマワリの幼虫が居ればキノコには好都合なのかもしれない。

 幼虫の食性は明らかだが、成虫は何を食べているのだろうか。文献をあたってもあまりはっきりした記述がない。幼虫のニッチは朽ち木でも、成虫は寧ろ立木の周囲に数多く棲んでいる。朽ち木の木屑で糊口を漱いでいるとも思われない。獰猛なアリジゴクから一変して儚げなウスバカゲロウの成虫となってからは、何も食糧を摂らず、交尾だけしてこの世を去ってゆくような生き方を、キマワリが選んでいるとも思えない。第一、キマワリは成虫になってから案外しぶとく長生きするらしい。普通、昆虫にとって成虫というのは「死に装束」同然で生殖を為す姿という意味合いが最も強い。蝶など羽は美しくとも刺激には弱く、一週間〜10日程度しか保たない構造である。成虫になってからの短命は何もカゲロウ、セミの専売特許ではない。ところが、甲冑に被われた甲虫類の寿命は概して長い。成虫になってからの食生活も、消化器も代謝も充実しているということだ。
 キマワリが種々の昆虫が集まる樹液バーの下をウロチョロしているのは、案外樹液争いからはじき飛ばされて、樹から落ちてくる小さな昆虫を狙っているからなのかもしれない。肉食性の幼虫から草食性の成虫が育つとは考えにくい。考えてみれば立木の下などに利はない。樹液争奪戦に参戦しないで、脱落者を狙っているとしたら、キマワリは案外したたかで狡猾な狩猟者なのかもしれない。第一、効率がいい。そういえば、キマワリは巨大な目を持っている。しかも上方向についており、落下してくるものを広角的に捉えやすい形状を持っている。似ているものがあるとすれば魚眼レンズである。キマワリの数少ない特徴的な部分が、サバイバルの重要な武器である可能性も強い。

 見るからに何の役に立っているのか不明な昆虫である。最近益々価値が上がっているクワガタ、カブトの捕獲者にとっては雑なる存在でしかない。ところが、別の人種にとって大変貴重な存在となる。経済的な価値さえ生じているとは、この虫のあまり冴えない形状を思うととても意外なことだ。草食性としか見えないのに肉食であることなどと併せ、これは人間文化も巻き込んだ新しい形の食物連鎖なのかもしれないとさえ感じる。
 キマワリは案外、カブトムシ、クワガタ、いや人間より長くこの世に留まって、我が世の春を謳歌する存在なのかもしれない。



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