キリギリス

普遍性の揺らぎ


 南沙織のファンであったことを今更ながらにカミングアウトしたら、審美眼について疑問を呈された。まあ、その分野で自信があるワケでもないけれど、彼女を娶ったのは、その時代時代の数々の美女の美を写真という形で切り抜いてきた美の審判のような男でもあるし、さして的外れではないのではと思う。それに彼女はただ色が黒いだけだった黒木真由美(後に「ギャル」を結成)などとは明らかに一線を画している。杜氏が密かに南沙織に与していたのは、ただ単に個人としての彼女のルックスやパフォーマンスに惹かれていたというよりは、もう少し輻輳した事情からだった。その輻輳は、同世代の人間ではなければ本当にはわからない性格のものだったと感じる。
 南沙織は一アーティストというよりも、売り出し側がプロデュースした文化の在り方だった。対極に小柳ルミ子がおり、傍らに天地真理がいた。小柳ルミ子のファンは小柳ルミ子のファンであることを隠さなかったし、南沙織にもサオリストと自ら名乗るファンの一団が存在した。だが南沙織のファンは概して徒党を組まず、隠れキリシタンの如くファンであることを名乗ろうとはしなかった。彼らの多くが洋楽に親しみ、レッド・ツェッペリン、エマーソン・レイク・アンド・パーマー、イエス、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、ムーディ・ブルースなどを好んだ。洋楽の好みについては隠そうとはしなかった。彼らの多くは進学校に在籍し、知的レヴェルがどちらかと言えば高かった。南沙織が好きだと宣言することは、そういったことをひけらかすような後ろめたさを伴った。彼女自身、上智大国際学部在学という、インテリジェンスを仄めかす吉永小百合以来のイメージを負っていた。後に同世代のアグネス・チャン、少し時代を経て早見 優、西田ひかるといった追随者を招くが、南沙織は彼女らとも少し違っていた。ファンの傾向はロック志向だったが、アメリカンよりはブリティッシュ好みであったが、少し前の世代の旗手だったザ・ビートルズ、ローリング・ストーンズのファン層とも合致しなかった。文系より理系が多かったと考えられる。
 小柳ルミ子は本人が宝塚音楽学校を優秀な成績で卒業したことから想起されるように、旧態依然とした芸能人の想定しうるベストなステレオ・タイプだったし、ファンも歌謡曲や他のアイドルを何の抵抗もなく受け容れる層だった。小柳ルミ子の感情過多とも思える在り方は、演歌、メロドラマの好みなどと共存し得た。だが、どこか彼女が引きずっていた文化はウソ臭かった。現在の下半身欲求丸出しの彼女の在り方を思うと、当時感じていた虚構の臭気が何だったのか思い知らされる気がする。
 天地真理については、当時穏当なフォーク・ソング(森山良子、トワ・エ・モア、本田路津子、赤い鳥、etc そしてイルカへ連なる系譜.)でも聞いていた、あまりモノを深く考えない層にその人気を支えられていた。だから、一旦ヴォルテージが落ちると、回復不可能だった。
 このように、南沙織は時代と文化を背負った特殊なアイドルだった。彼女に与していると意思表示することは、自分の中にあるささやかな選良意識との葛藤を伴う「痛いこと」だった。彼女のデヴュー曲、「17歳」がリン・アンダーソンのカントリー・アンド・ウェスタンの名曲、「ローズ・ガーデン」とほぼ同じ曲でも、「17歳」をそれはそれで魅力的なサイボーグ・アイドル、森高千里がカヴァーしても少しもネガティヴな気分を伴わなかったのは、歌手としての南沙織のことはあまり問題にならなかったせいかもしれない。修学旅行のバスの中で回ってきたマイクで、「早春の港」を唄ってしまったのは痛痒さを疼かせる思い出だ。
 その後に登場した山口百恵となると、杜氏の世代にとっては事情は大きく異なってくる。彼女に桜田淳子、森昌子を加えた中三トリオは杜氏達には二歳下の世代だった。彼女らが「中三」だったとき、杜氏は「高二」であった。この年代での二歳の差は大きく、杜氏には彼女らが歌う世界に共感を感じることが出来なくなっていた。ただ、山口百恵が登場したとき、一瞬虚を衝かれた気分になったことを憶えている。暗い印象の三白眼、低い鼻に象徴される扁平な顔、薄い唇、そしてどことなく影の薄い印象。全てが負の要因で出来ているのに、トータルで見ると目が離せなくなる感覚だった。それは負のアンサンブルに対する悲惨さと紙一重のものだったが、もしかしたら魅力的と呼べるのかもしれない不思議な印象だった。複数の負の要因は加算されたのではなく、積算されたに違いない。掛け算なら負×負は正になる。存在感は遠かったが、横須賀出身とあって、その感覚はどこか心ゆかしいものだったかもしれない。可愛くも綺麗でもないけど、どこか魅力のある横須賀ネェチャン達の系統だ。お願いすれば、何かイイコトしてくれそうな・・・・。
 山口百恵は、「似ている」と言われた多くの女性に力を与えたのかもしれない。それほど、「百恵に似ている」子は全国各地に数多く分布していた。似ていたのは三白眼であったり、扁平な顔立ちであったり、薄っぺらな唇であったり、つまりは負の要素ばかりだったが、その子達は百恵のように全てが負の要素から構成されているワケではなかった。当時から杜氏は、山口百恵とは日本の醜女を普遍化した存在だと捉えていた。ただ、醜女を普遍化させると、そこにいるのは決して醜女ではないという矛盾を克服した存在であった。多くの「似ている存在」は百恵と負の要因を共有しながら、全てが負で出来てはいなかったために、負の部分を際立たせていた。だが「山口百恵に似ている」という自負は、彼女らを救ったに違いない。大衆の彼女への思いは、憧れと優越感という本来二律背反だったのかもしれない。だが、この同居し難い要因を具備したことは大変な強みだ。同姓の殆どは山口百恵を否応なく支持せざるを得ない。男性が覚えるキュートさを追求した素材だった桜田淳子と、ここが決定的な相違だった。
 山口百恵以前に、日本の美人の象徴的な存在は山本富士子(峰不二子ではない! 念のため)だった。確かに山本富士子は全ての造りが柔和で美しかった。だが、正の要因ばかりで出来た美女にはなぜかインパクトがなかった。幼い頃、どうして彼女が日本を代表する美人なのか、不思議でならなかった。その全くの裏返しが山口百恵だったワケで、こちらには大変なインパクトがあった。
 などということを杜氏が冷静に分析出来たのも、同世代ではないという感覚のせいだったに違いない。だがその普遍化は長続きせず、未だ「山口百恵は日本のブスの普遍化の産物だ」などと口にするとあちこちから石が飛んでくる頃に、普遍化された醜女は普遍的な存在から降りてしまった。普遍的な存在でありながら、普遍的にはなり得なかったという、最後まで矛盾を孕んだ女性だった。

 このように人の営みは無論、進化という遷移を前提にした生命活動に普遍性は求められない。三葉虫、アンモナイト、種々の恐竜、マンモスなどは、その時代には普遍の地球上の王者だったのかもしれないが、今では化石でしか往時をしのぶことが出来ない。人間とて例外ではない。
 キリギリスは夏から秋にかけての鳴く虫の代表で、普遍的な存在と思われていた。鳴く虫はセミを除けば直翅目で、しかもコオロギとキリギリスの属に大分される。キリギリスは鳴く虫の一方のグループの象徴的存在だったのだ。夏になると、ご近所のどこかが必ず風鈴か、キリギリスを飼っている虫かご、またはその両方を軒先に吊るしその鳴き音に涼を求めていたものだった。虫売りは屋台に鳴く虫を一杯携えて町内を回っていた。虫売りが商売としてペイしていたということだ。
 キリギリスの類はヤブキリ、ササキリのような凶暴なもの、クツワムシのように巨大でやかましいもの、ツユムシのような繊細で清楚な容姿のもの、コロギスのようにコオロギとの中間的な形態を採るもの、草食のもの、肉食のものと、環境によって多岐に渉っている。コオロギの類に濃褐色の体色のものが多いのに対して、緑や緑と褐色の紋様の翅を持つものが多い。コオロギが晩夏から秋にかけて活動し、土上や藁の上などをニッチとするのに対して、キリギリスの類は夏の早い時期から九月までが主な活動期で、草原を中心に徘徊するので、そういう体色になっているのだろう。エンマコオロギ、ツヅレサセコオロギ、ミツカドコオロギのような、コオロギとつくコオロギ以外のコオロギは、スズムシ、マツムシ、クサヒバリ、カンタン、カネタタキのように身体は小さくても鳴く虫としては付加価値が高いように思われ、鳴き音も透明感や幽玄さを帯びている。だが、どこか暗い印象が強い。それに対して、キリギリスの類は、ガサツな感じで、鳴き音も人間の耳に入る音を字に置き換えると、濁音になることが多く、商品としては一段低いように感じられる。だが、体色、習性は陽性である。
 当のキリギリスだが、緑に褐色、または緑を帯びた褐色に濃褐色の紋様を持ち、体長は38mm〜57mmと幅があるものの比較的大型である。翅端までだと60mmを越えるものが多い。雑食だが、肉食性が強く、草の茎に逆さに止まって、バッタなどが下を通るのを待ち構えている。軒下で飼われていたキリギリスは何を餌にあてがわれていたのだろう。キュウリのようなものだったらお門違いだ。土の上ではかなり目立つが、草原に入ってしまうとまず人間の能力では見つからない。草原の奥で鳴いているキリギリスは、かなり耳につく存在だが、声はすれども姿は見えずといった印象が強い。無論、鳴くのはオスのみで鳴き音は「チョン、ギース」とか「ギー、チョン」と表記されることが多い。個人的には前者に近く聞こえる。「チョン」と「ギース」の間の微妙な間がポイントである。「チョン」がなく、「ギー」だけのこともある。詳しくは存じ上げないが、異性を誘う鳴き音とテリトリを主張する鳴き音、警戒信号としての鳴き音といった機能があり、鳴き方もそれぞれ意味合いによって異なると思われる。
 自然に生きているものにせよ、飼われているものにせよ、キリギリスは本当に普通にそこいらで鳴いている存在だった。だからこそ、疑いもなくキリギリス属の代表種だった。ところがいつの間にか、その姿はおろか、鳴き音にもご無沙汰になってしまった。クビキリギスやカヤキリ、ササキリは灯火に寄ってくるし、早い時期から注意していると声が聞こえる。ウマオイは草原で鳴くのを毎年聞く。だが、最も普通種であったハズのキリギリスがめっきり少なくなった。虫を売る行商人などもとっくの昔に姿を消した。「ムシキング」などという「出てこなければいいのだが」と懸念されていた漫画が登場し、人気が高い甲虫類の売買のマーケットはデパートからインターネットへと推移し、扱われる商品も在来種から以前なら図鑑か標本でしかお目にかかれなかった海外の希少種へシフトした。同じ鳴く虫でもスズムシのような依然人気の高いものや、カンタンのような付加価値が高いものは好事家の間で取引されているが、キリギリスは元々普通種であったこともあり、割り込む隙がない。

 吉利吉利共和国モノが受けて、絶好調だった井上ひさしが、朝日新聞の夕刊で教育(受験)批判を謳った小説を連載していたことがあった。その中に、ウグイスやアブラゼミなどが東京で鳴き始める平均日を覚えさせることのナンセンスさが問題にされていた。確かにそういったものを受験問題に採用して何になるという点に関しては井上氏に同感である。日本人は四季の季節感をとりわけ大事にし、それを自然の移り変わりで感じようとするから、そのような基準が出来る。暦があるから、それを律儀に活用しようとする几帳面さも日本人らしい。だが、そンなものに捉われていると自然の本質からは遠ざかる一方だ。
 季節を示す指標としては、お馴染みの桜(ソメイヨシノ)の開花日をはじめ、いくつかあるらしいのだが、最近になってその指標から「キリギリスが鳴き始める日」が除外されたらしい。誰が決めてるンだ、そンなこと、とも感じるが、とにかくキリギリスの存在が日本人にとって普通のものではなくなっているということなのだろう。キリギリスは依然キリギリスなのに。何が普遍的で何がそうではないかを人間が決めているということなのだろうか? それはおかしい。加速するヒート・アイランド現象により、例えばニイニイゼミ、ヒグラシ、アブラゼミ、ミンミンゼミ、ツクツクホウシなどは数十年前よりかなり前倒しで鳴くようになった気がする。関東地方では限定的だったクマゼミのニッチも広がっている。今やコオロギ系の鳴く虫で最も支配的なのは、杜氏が子供の頃には希少ともされていたアオマツムシのサンバ・ホイッスルのようにけたたましい樹上での群鳴だ。帰化種であり、しかも情緒を感じさせないアオマツムシの鳴き音を、いくらどこでも聞くからといって、季節感の指標にはしたくはない。
 今、地球温暖化による生態系の変化は顕著で、インターネット・ビジネスによって流入した希少種の甲虫は「飼い主によって逃がされ」、その気温の変化に順応して在来種のメスを手篭めにしている。在来種のカブトムシ、クワガタムシの矮小化、生命力の減退が自然界で起きている。キリギリスの個体数減少ばかりではなく、かつては普遍性を持っていた自然現象は、刻一刻と遷移を続けているのだ。
 よしだたくろうは盟友・かまやつひろしと組んで「シンシア」という曲を上梓した。個人的ラヴレターに見えて、実のところそうではない。一人の女性タレントが象徴した文化が、個々の人間の含羞に閉じてしまうに対するオブジェクションを唱えているのだ。キリギリス、カムバックである。それに対し、山口百恵は醜女の普遍化を寸止めで回避し、偶像としての自身を永遠に葬った。だが、偶像は実像が葬られたことにより、かえって永続する結果を招いた。帰化昆虫、アオマツムシ、ヘラクレスオオカブトの認知である。杜氏としては今更ながらの百恵トリビュート・ムーヴメントよりは、たくろうを支持したい。
 「君の部屋のカーテンやカーペットは未だ色褪せてはいない」のだ。だから杜氏は、今更ながらに、南沙織ファンであることをカミング・アウトするのである。季節の標準を誰かわかならい連中から外されても、キリギリスはキリギリスであり続けるのだ。普遍性は普遍性でありながら、揺らぐ。だが、依然普遍的である。



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