コフキコガネ
どこでも見かけたのは里の暮らしに合っていたから?
先日、仕事で卒業した大学の理工学部がある近くへ赴いた。在学中ですら年に数回仕方なく訪れるほど遠い土地だ。理工学部陸上競技部のキャプテンは栃木出身で、同郷の多摩地区の大学に通っていた友人と待ち合わせすることになったという。「コガネで10時な」と。キャプテンは自宅近くの常磐線「北小金」(千葉県松戸市)で延々と友人を待ったが、一時間と少ししても姿が見えないので、仕方なく家へ帰った。一方、その頃、中央線「武蔵小金井」では、友人が業を煮やして引き返すところだった。後日、経緯が判明したとき、お互いに怒りはしなかったという。栃木の訛りは強烈だ。「コガネイ」を「コガネ」と聞き間違えても致し方ないと考えてしまったらしい。それにしても、正確な駅名をどちらかが確認していたら、こういうことは起きない。キャプテンの住まいの近くに、「北小金」があったのが、そもそも不幸の始まりだった。
それにしても、小金井にせよ、北小金にせよ、どこかささやかな幸福が潜んでいそうな地名である。杜氏の住まいの近くには黄金町があるが、薄汚れた繁華街で、とても黄金色に輝いているとは思えない。
銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも
万葉集の貧窮問答歌で有名な山上憶良の歌である。生活感の滲む現代人にもわかりやすい歌がいくつも残っている。「憶良らは・・・」で始まる歌もあり、それをパクッたのが「伊代はまだ・・・」のセンチメンタル・ジャーニーである。奈良時代の昔では、くがねといえば金だった。藤原鎌足の従兄弟で、大友皇子の側近だった中臣金(なかとみのくがね)は大海人皇子排斥の急先鋒で近江軍の中心人物だった。壬申の乱に敗れ、処刑されてしまったが、「金」が重要人物の名に使われる字だったことが窺える。くがねはやがて訛ってこがねとなる。
人はコガネムシのどこに経済的な豊かさを連想したのだろう。古代エジプトのスカラベは聖なる昆虫とされたが、糞を転がす姿を天体の運動に準えたという説得力のある理由を持つ。英語で甲虫は一般にBeetle。(The
BeatlesはBeetを音楽のBeatに置き換えた造語) そこにジャパニーズ(マメコガネ)、タイガー(ハンミョウ)とかの形容詞が付くだけで、極めて機能的でしかない。ところが日本では何かロマンでも秘めていそうなネーミングが為されている。
子供の頃、最も頻繁に目にしていたコガネムシはドウガネブイブイ、クロコガネ、コガネムシといった普通のコガネムシだったかもしれないが、最も印象的だったのはコフキコガネだったかもしれない。初夏になると人家の灯りに必ず寄ってきたものだ。まるでガのように。そして大概は灯りの外では飽き足らず、部屋の中で飛び回った。20mm〜25mmのコガネムシに比べると、25mm〜30mmと一回り大きい。捕まえてよく見ると、触角の先が櫛型にいくつも分かれているのがわかる。敏感そうなセンサを連想させる。コフキコガネとは粉が吹いているようなことからの命名だが、全身を覆っているのは鱗翅目のような鱗粉ではなく、短い体毛である。地の色は灰褐色などと、図鑑によれば身も蓋もないが、体毛は黄色身を帯びているので灰黄色と表現できなくもない。どこか心が和む色合いであることは確かである。粉を吹いている印象といい、灯火に寄ってくる性質といい、ガを想起させるところがあるのだが、色、形状でガとは一線を画している。もしかすると、「コガネムシ」の由来は普通に見られるコフキコガネの全身を覆う黄金色の体毛から来ているのではないかとも想像できる。
これだけ夜の人家では普通に見られるのに、昼には目につかない。ハンノキなどのこれも普通の木の葉裏に止まり、葉を専ら食んでいるらしい。夜行性というワケでもないのに目に付かないということは、隠遁しやすい色、形状なのかもしれない。おそらく灯火はコフキコガネにとって、紳士淑女の社交場なのだろう。樹液に集まるものが樹液バー、花に集うものが花で配偶者を獲得するように。他のコガネムシと違って、大群の様相を呈して灯火に寄ってくる印象もある。
だとしたら、コフキコガネは正に人間の繁栄、特に光熱をコントロールするという他の動物にはないプロメテウス以来の風習に便乗することによって、繁殖を遂げてきたことになる。人間の文明を活用する辺り、経済的な繁栄を示すコガネムシの名に相応しいかもしれない。昆虫が住み難いことでは右に出るもののない東京都二十三区内でも、「コフキコガネが見られた」という報告が、そこかしこに見られる。
ただ、人間の深い欲望は、コフキコガネの無尽蔵な繁栄を許さない。宅地化の勢いは止まらず、コフキコガネの食樹がある森林は確実に面積を減らしている。いくら出会いの場が確保されているからといって、食糧が不足すれば繁殖もままならない。かつてはコフキコガネが大群で押し寄せていた地方の人家もさほどの数が見られなくなったとのコメントが目に付く。カブトムシなども、人間が作った堆肥などを、朽木に代わって幼虫の育成の場として活用することで繁栄を加速させてきたが、何の将来展望もなく、自らの近視眼的な利害のみを行動原理とする人間の生活を100%捕捉するのには危険が伴うのだ。その報いを、今コフキコガネは受けているのかもしれない。"Easy
come,easy go"である。だがそれとて、人間が登場する以前から地上に存在したコフキコガネにとっては壊滅的なダメージとまではならないハズである。人間がいなかったらいなかったで、元より生き延びてゆける存在なのだ。
マルコ・ポーロは滞在地の中国で、日本のみちのくの平泉の噂だけを聞いて、「黄金の国、ジパング」の伝説を夢見た。実際そこには建物が悉く黄金で彩られたロマンティックな繁栄はなかったが、為政者から夷荻征伐の命を受けた征夷大将軍の長征を数度に渉り蒙っても、更に中央集権の理不尽とは無関係に独自の繁栄を築いた藤原京が存在した。文化的には、ジパング伝説に匹敵する業績である。コガネムシも「金蔵建てた、蔵建てた」という人間の勝手な擬人表現とは無関係であるが、コフキコガネのような繁栄は動物界においては稀有な現象なのかもしれない。人間の目からはささやかに映るかもしれないが、小金井、北小金程度の繁栄は遂げられている。
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