コクワガタ

実は生存競争の勝利者


 先日京都へ赴いた際にタクシーの運転手に京都のマクドナルドは「マック」ではなく「マクド」と略称される旨、講釈を賜った。その運転手は京都出身ではないらしく、京都の狭量で滑稽な文化に対して必ずしも肯定的ではなかったが、やはり関西文化圏の人間であることは濃厚に伝わってきた。黙って聞いていたが、「皆さんはミスター・ドーナッツのことはどういわはります? ミスドでしょう?」と得意げにノタまっていた。
 マックというのは固有名詞的な意味を持たない。「誰某の息子(子孫)」という意味である。マクドナルドならドナルドの息子、マッグレガー(マックグレガー)ならグレガー(ゴレゴリー)の息子、マクブライトならブライトの息子、etc. 大体、欧州の姓というのは非常に貧困な発想から成っている。キリストの十二使徒とか聖書から来ていることが殆どである。ノルウェイだかスウェーデンだかデンマークだったか、とにかくフィンランド以外の北欧の国で、同性同名が多過ぎて困っているという話を聞いたことがある。ヨハンセン(ジョンソン)とかアンデルセン(アンダーソン)とかイサクソン(アイザックソン)とかピーターセン(ピーターソン)・・・。センもソンもマック同様、「〜の息子」という意味なのだろう。元ネタが有限なら頭打ちになるのも当然だろう。
 故ロック・ハドソン(ザ大根役者)主演の刑事マクミランという海外ドラマで、主人公のマクミランは奥さんに「マック」と呼ばれていた。「〜の息子」転じて、「坊や」的な語感がマックにはあるのだと類推される。「ミスド」という言い回しが不気味な「ミス」=旦那、「ド」=ドーナッツの日本的略称であるのに対して、「マクド」というのは欧米の文化を無視した意味不明な言い回しだとしか思えない。
 何でも略してしまえばいいというものではない。
 ならば、マクファーガソンというのは「マック」と「ソン」に挟まれたファーガスが悲鳴を挙げている印象だが、そンなことはよくわからない。多分、アイルランドなら「マック」とか、スコットランドなら「ソン」とかの明瞭な文化的切り分けが存在するのだろう。ただ、アメリカは民族固有の文化などゴッタ煮にしてしまい、気にかけない国民性であるのだろう。
 とにかく、姓にヨハネ(ジョン)だとかパウロ(ポール)だとかペテロ(ピーター)を名乗るのは不敬なのか、キリスト教文化圏の人種はやたらマックだのソンだのを付けたがるらしい。
 小錦というのは由緒ある四股名(醜名)であるらしい。「小」がつくと弱そうな気がするのだが、錦という大層煌びやかな語感に対する人間の名としての謙遜なのだろうか。だとすると、キリスト教文化圏の「マック」だの「ソン」だのと同じ発想なのかもしれない。北の湖と同年輩で大錦という力士もいたが、大成しなかったところを見ると、小錦の方が格としては上の名であるらしい。しかし、廃業されて各界から絶縁され、KONISHIKIを名乗られたのでは、由緒ある名前もカタナシである。

 甲虫の中の甲虫といえば、カブトムシに留めを刺すが、実は人気の面ではクワガタの方が上であるのは想像に難くない。カブトムシには圧倒的な風格が漂っているが、造形上は確かにクワガタの方がかっこいいし、ミヤマ、ノコギリのようなバリエーションは魅力的だ。オオクワガタの大きさと存在感、それに稀少価値も子供にはたまらないだろう。尚かつ杜氏はカブトムシに軍配を挙げたい。クワガタの持ち味にはどこか軽薄なところがあり、万年bQの印象が否めない。オオクワガタの価値が高騰しているのもかえって安っぽい人間の浅ましさを反映している。
 クワガタの中で極端に頻繁に出現して親しみは感じさせるものの軽んじられている種類の昆虫がいる。コクワガタである。近隣の子供グループで最年少の味噌っかす小僧だった杜氏には、皆で虫捕りに出掛けてもコクワガタしか回ってこなかった。階級制度の当然の帰着であり、杜氏もそれで満足していた。それほどコクワガタは大量に出没していた。街灯や部屋の明かりにも寄って来た。公園や道端など、カブトムシ、クワガタ・スポットでない場所にも予期せぬ形で現れることが多かった。
 コクワガタというものの、実は小型とは限らない。容易に見つかるものは20mmを越える程度の小さな個体が圧倒的に多いが、個体差が非常に大きいのだ。大きいものでは50mmを有に越え、オオクワガタより寧ろ大きくなる場合もある。しかも、重厚な印象のオオクワガタより、体型がスリムで姿形にはメリハリがある。大きなコクワガタというのも矛盾した言い方だが、それにはそれなりの魅力がある。
 カブトムシ、クワガタの出没するのはクヌギ、コナラ、ミズナラなどの樹液スポットと相場が決まっており、コクワガタもご多分に漏れない。だがコクワガタの場合、もうひとつ頻繁に出現する場所がある。柳の木である。夜行性のコクワガタは昼間柳の木の枝で休んでいることが多い。柳は主に人の生活圏の水辺に育つ。水辺には人が集まりやすい。コクワガタが頻繁に見られる普通種とされる理由のひとつには、他のクワガタが林でしか見なれないケースが殆どであるのに対して、コクワガタが人により近い都市型のライフスタイルを持っていることが挙げられるかもしれない。
 普通種であることは確実にもうひとつの事実も物語っている。生存競争の目下の勝利者であるということだ。珍しくもないから第一の天敵である人間から疎んじられ、目の色を変えて乱獲されることもない。一方最も大きな市場価値を生み出すオオクワガタは、益々乱獲される傾向を辿っている。この差は縮まることはない。コクワガタという謙虚な名を持っていながら、大型の個体も跋扈している。他のクワガタ同様、成虫で越冬できるという昆虫にはあまりない技も持っており、しかも越冬は一回ではない。ダニなどに感染しなければ三年は生きるらしい。成虫が生殖を遂げる目的の死に装束でしかない他の昆虫に比べると、驚異的な長寿といえる。人間社会の恩恵も受けて、コクワガタは脚光を浴びないことでかえって我が世の春を謳歌しているように思える。勢力地図からすれば、決して小さくはないのだ。ちゃっかりしたヤツだ。

 マクドナルドもドナルド・ダッグよりは露出度も生産性も高いから、「マック」(コクワガタの「コ」)を名乗ったご利益はあったのかもしれない。ただあまりに「コ」を強調し過ぎたのか、価格崩壊、デフレ傾向に乗り過ぎて収益性を悪化させてしまった。コクワガタの戦略には到底及ばない。人間は未だ地球上の先達である昆虫に学ぶべき店が多いというころなのだろう。



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