ウバタマコメツキ

昆虫界の姿三四郎?


 エピステーメーという科学なのか哲学なのか、とにかく小難しい雑誌があって、読んでも内容をすべて理解するのは殆ど不可能に近いのだけれども、カッコをつけて持ち歩くのに最適だった。そこに取り上げられたテーマで印象的なものがあった。
 映画やTVに登場する柔道家、姿三四郎は猫が背中向きに落ちても、地面に降りるのは必ず足から腹を下にした姿勢であることに着目し、暇さえあれば猫を落として様子を観察している。常識人はそういうことを、至極当然と考えるかもしれないが、実はこれはとても不思議なことなのだ。
 ラーメンのどんぶりが目の前にあるとする。あなたはどんぶりの最も自分から離れた端にある味付け卵が食べたい。手前に持ってこようとどんぶりを回す。しかし、回してもどんぶりが回るだけで、味付け卵はおろかメンマもチャーシューもホウレンソウも同じ場所に留まり続ける。ラーメンという系(システム)はどんぶりという器に入っているだけで、別段どこでも拘束されてはいない。つまりラーメンとどんぶりはそれぞれ独立した系に過ぎない。だから、「留まり続けるものはいつまでも留まり続ける」というニュートンの第一法則に従って、味付け卵はどんぶりを回しただけでは引き寄せることが出来ない。ならば、どうすればいいのか? 箸で引き寄せればいい。ただし、箸の活用という力を系に与えることが必要となる。
 走高跳や走幅跳のジャンパーは空中で華麗な動作を見せる。機能美そのものの見事さだ。しかし、ジャンパーは空中で自在に身体を制御しているワケではない。踏切の瞬間に、または踏み切り準備の姿勢で、地面に足が着いているうちに空中で身体をひねったり、脚を回転させる動きにつながる力をこめている。たとえばカール・ルイスの鮮やかな空中散歩。あれは踏切の位置と重心の位置のズレ(水平座標の差)により、前方へ身体が回転する力がかかってしまうのを脚の回転で相殺しているのであり、空中で初めて脚に回転する力を与えているワケではないのだ。
 背中を向けたまま落ちる猫には、放した瞬間に力は働いていない。無論空中で猫に働く力は自重と重力加速度、つまりgとの積でしかない。ところが猫はいとも容易く身体を反転させてみせる。当たり前のようでいて、これは向こうにある味付け卵をどんぶりを回転させて手前に引き寄せるほど不思議なことなのだ。学者の中にはエピステーメーの誌上で、「猫は表面の皮から内臓を離して、引っくり返る方向とは逆に回しているに違いない」なる仮説を唱える者まで出た。荒唐無稽のようだが、猫の身体のひねりの方もまた、物理学上は荒唐無稽なのだ。
 あまりに馬鹿らしいと思ったのか、猫ひねりの謎は謎のまま企画が終わったと記憶している。姿三四郎に聞いてみればいいのかもしれないが、生憎三四郎も早乙女さんも檜垣源之助も架空の人物で、必殺技山嵐は動物の種類か、夏目漱石の「坊ちゃん」の登場人物でしかない。
 嘉納治五郎氏の弟子の西郷四郎がモデルで、山嵐は隅落としという技に近いらしいが・・・。

 この「猫ひねり」に近い技を持っている昆虫がいる。甲虫類でタマムシやホタルに近いコメツキムシだ。コメツキムシの類は外敵に遇うと、まず最初に仮死状態を装う。脚を胸に畳む込み、仰向けに背中を地面に向け、動かなくなる。そして、いい加減時間が経ち、外敵が姿を消したと思しい頃合いを見計らって、胸と腹を折るように反り返し、元に戻す勢いで胸についている棘状の突起で地面を打ち、高々と撥ね上がるのだ。その高さは驚くほどのものだ。おそらくは体長の十倍近くはあるだろう。人間に当てはめたら15m程になるだろうか。5〜6階建ての建築物に匹敵する高さだ。そして鮮やかな放物線の終点で足から地面に着地し、再び歩き始める。
 猫ひねりと違うのは、コメツキムシの起き上がりが何の不思議でもなく、ジャンプの瞬間に反転する力を身体に加えているところだ。
 コメツキムシはよく灯火にも寄って来る普通の甲虫だ。身体は平べったく長細い。網戸をしていても何時の間にか部屋に入ってくることが多い。掴まえて引っくり返してやると、例のジャンプを披露してくれる。バリエーションもそこそこ豊富で、ホタルやジョウカイボンに似ているものもある。ベニコメツキなどはベニボタルと見分けがつきにくい。杜氏がよく見かけるのは標題にも採用したウバタマコメツキ。命名の由来は詳らかではないが、近似種のウバタマムシに佇まいが似ていないこともない。もっともサイズが大きく違って、ウバタマコメツキの方が遥かに小型だが。屋外でよくみかけるのがサビキコリだ。更に小型で動きが鈍く、引っくり返してもなかなかジャンプを見せてはくれない。確かに錆びたような色合いで地味なことこの上ない。立派な櫛型の触覚を持ったヒゲコメツキなども特徴的だ。
 考えてみれば、何でコメツキムシと言うのかがよくわからない。おそらく飛び上がるときの動作がそう見えたのかもしれないが、あまり適切ではないような気がする。少なくともショウリョウバッタの米搗き動作よりは説得力がない。こういう命名はかなり多い気がする。月面の模様がとてもウサギの餅つきには見えないのと似たケースである。

 ジャンプのための便利な器官である突起は日本の小型であるコメツキムシの場合は武器にはならない。しかし、海外の大型のコメツキムシでは立派に攻撃力を備えるらしい。大顎なり産卵管が変化した針のように一見して武器とは見えない器官で意外な攻撃を見舞うのはカブトムシの角も同じで、ジン・トラップと呼ばれるらしい。杜氏にとってコメツキムシは、遊び道具にもなるまったく無害な虫でしかないが、それだけに攻勢に転じられると怖い。

 猫ひねりの謎は物理学、生物学をこねくり回しても解きようがない気がする。姿三四郎がその謎から何を得たのかは更なる謎だが、理に適ったコメツキムシのジャンプになら背面跳のジャンパー達にも技術獲得の役にも立つような気がする。同じように難解極まるエピステーメーを抱えていれば女性に持てそうな気がするが、杜氏にはユリイカだろうがエピステーメーだろうが、抱えているだけでそういうご利益に与ったことがない。月間陸上競技マガジンの方が遥かに役立ったりする。
 深遠なるものも深淵過ぎて解き明かせないのなら、深遠なだけに終わってしまうのだ。



Winery 〜Field noteへ戻る