コロギス

トランジェントな草原

 鵺と言う獣が概念だけは存在する。何と何と何の合成なのかは忘れた(または知っていてもさしたる意味がない)が、平安朝末期に京の都に跳梁跋扈する。武人だが歌人としても名声の高い源三位頼政が弓矢で一撃の下にこのキマイラを退治することになっている。頼政はその後、高倉以仁王を担いで平氏に反旗を翻す英雄として語り継がれるが、結局反乱は頓挫し処せられてしまう。以仁王の乱も頼朝旗揚げや木曽義仲挙兵に先立つ先駆的な行動とされているが、保元の乱、平治の乱では日和見的な動きを見せ、「頼政殿こそ鵺」と批判されたフシもある。なまじ優れた武芸と文学センスに恵まれた有能な人間が、難しい政局のただ中で苦悩した姿が偲ばれる。
 鵺ほどではないが、姿形が曖昧で「何だかわからないもの」という妙なアイデンティティを人間から着せられたものは数多い。オセアニアでは代表的な有袋類であるはずなのに、カンガルーは先住のアボリジニの言葉では「何だかわからない」を意味するらしい。豪州に最初に渡ったヨーロッパ人が、見慣れぬ日本足で跳ねる動物を指して「あれは何だ」と質したところ、そういう答えが返ってきたらしい。うそ臭いエピソードである。
 よく「モドキ」とか「ダマシ」とかを冠した昆虫がいるが、それ自体歴とした種なのに、何とかならなかったのかとも思う。人は自分がよく目にするものを尺度にしか行動できない。ゴミムシダマシなど、ゴミムシが不潔な語感なのに、更にダマシがついていて、もしゴミムシダマシが人間の命名を理解出来るのなら、確実に暴動を起こすだろうなどと想像してしまう。

 子供の頃住んでいた父の会社の社員寮の裏には山への登り口があった。その山は「裏山」と呼ばれていた。カブトムシやクワガタが立ち寄るコナラの木なども途中にあり、基地や隠れ家ごっこをするにスポットにも事欠かないいい遊び場だった。そこをいい加減登ってゆくと、やがて広い山道に出た。裏山の正体は鷹取山の一部で、駅から続く正規の登山道と合流することになっていたのだ。正規の登山道にしてもこの合流点は道の傾斜が一旦平坦になる踊り場のような休息ポイントだった。
 ここに広めの野原があった。杜氏にはここもいい遊び場だった。
 普通鳴く虫と言えば、秋の虫と考える人が多いだろう。エンマコオロギ、ツヅレサセコオロギ、ミツカドコウモリ、カネタタキ、カンタン、クサヒバリ、マツムシ、etc. それに何と言っても鳴く虫の代表、スズムシ。ところが、夏も本格化する前の梅雨のはしりの六月から、虫達は既に鳴き始めている。人間が認識するかどうかとは無関係に、直翅目の成虫としての活動は始まっているのだ。クサキリ、ヤブキリ、クビキリギス、ツユムシ、ウマオイ、クツワムシ。主にキリギリスの類が早くから草の影であまり美しいとは言えない音色を立てる。古くなった蛍光灯のノイズが大きくなった感じの音を立てる種が多い。これらの虫はちょうどその季節から夏にかけて、人家の電灯にも寄ってくる。うっかり掴もうとすると、強靱な大顎で噛みつかれることが多い。これはキリギリスの類が肉食で、小さな昆虫を補食して暮らしていることを示している。小さな昆虫などと書いたが、ヤブキリに至っては最大6.5cm程度にもなり、セミなどのかなりの大型昆虫も餌食とし、蛙まで捕らえて食べてしまう。概してこれらの昆虫は目が「どこかへ行っちゃっている感じ」で、よく見ると怖い。だが、ヴァリエーション豊富で鳴くという変わった技を持っているので、観察している分には楽しい。
 彼らは初夏から夏に活発な活動を展開するのは、肉食であることと関連が深いと思われる。補食対象となる他の昆虫の繁殖期と同期しているに違いない。6〜8月はほとんどの昆虫にとっても恋の季節である。キリギリスの類の昆虫にしてみれば、餌が豊富な時期に活動し、充分な栄養を摂ってから生殖行為を遂げて産卵するのは、至極当然のことだ。これに対して草食のコオロギは草が枯れかけ、発酵気味になる秋にこれらをねぐら兼食糧として活動するのであろう。

 その獰猛貪欲な集団とも草食合唱団とも似ていながら別種である昆虫がいる。コロギスである。コオロギとキリギリスの双方に似ているからこういう名前がついてしまったのだが、無論キマイラでも鵺でもない。歴とした独立した種で、コロギス科という特別な類としてカテゴライズされている。姿はキリギリス、生態はコオロギに近い。ただ、羽の退化してしまった種もいるぐらいで、鳴かない。鳴けば少しは人気も出たのかもしれないが、地味な存在と言える。
 草原の草の葉を幾葉か束ねて巣を営む。杜氏はこの山道の合流点にして中間地点の草原でコロギスの巣を見つけた。最初は何かと思った。蝶や蛾といった鱗翅目の蛹が中で休んでいるのかと思った。手にとってみると、中から飛び出したのが褐色の地味な色合いで、コオロギの色にキリギリスに近い形状をした昆虫だった。コロギスのことは知らなかったので帰宅してから図鑑で同定した。鳴くこともなければ、決して大きくて偉容を誇っているワケでもないのに、なぜかこの地味な昆虫に心惹かれるものを感じた。
 ユニークな営巣のせいだろうか? それもあるのかもしれない。一番興味を覚えたのは、やはりキマイラ的な要素だったと思う。どういう進化の過程でそのような変化が起きたのか不思議だった。どうも系統樹的にはコオロギとキリギリスの中間に位置するのでもなく、独立した枝の末端に位置しているようであるし、独自の生態であるようにも思えた。
 それを裏山と正規の山道の合流点、トランジェントな山の中の平地で見つけたことも何か象徴的に感じられた。バッタもキリギリスの類もこの草原で数多く見かけたが、杜氏の追憶の中ではコロギスが最も色濃く刻まれている。

 やがてその辺りの土地を所有していた西武グループは、鷹取山の中腹に頻繁に発破をかけて山を切り崩し始めた。そういう危険な地帯に立ち入ることも、少年達には胸躍る体験だった。林も清流も畑も、野坪まで存在する山は昆虫が好きな杜氏のワンダーランドでもあった。当時としては珍しかった戦隊ヒーロー物の元祖とも言える「忍者部隊月光」のロケ地にもなった奇勝、それが数年の後に滅亡を運命付けられていることに、また儚い美しさを感じていたのかもしれない。幼い頃、父が休日になると、遅くまで寝ていたい父にのしかかって「鷹取山、連れてって」とねだった山に心を残しつつ、杜氏は横須賀の更に東南部へと転居することになった。
 転居して二、三年。杜氏は小学校高学年となり身長も160cmを越えたイッパシの少年となっていた。何かの用事で以前住んでいた社員寮を訪ね、裏山から鷹取山に登ってみた。心躍らせながら合流点の小道から本道に出たとき、杜氏の前に拡がっていたのは、広大な造成地でしかなかった。

 コロギス達はどこへ引っ越していったのだろうか。



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