クダマキモドキ

男女同権?


 昔は女性の人権運動はウーマン・リブと呼ばれていた。ウーマン・リボリューションの略称なのだろうか。中ピ連なる団体も存在した。中は妊娠中絶の中、ピは避妊経口剤であるピルのピ。女性解放は生殖目的ではない自由なセックスからということなのだろうか? 何だか解せない。それが女性解放の本質なのだろうか? 榎美沙子なる女性がリーダーをしていたように記憶しているが、無闇に選挙に出馬する泡沫候補のような印象だった。因みに当時、作家の小田実氏らが「ベトナムに平和を!市民連合」をベ平連と称して、運動を展開しており、中ピ連はそのネーミングのパクリっぽい。

その後、女性のみの問題ではないという認識からか、ウーマン・リブなる呼称は影を潜め、ジェンダー・フリーと呼ばれるものにフェミニストらの活動は継承されている。男女別姓問題が論じられると、必ず中国の姓名の習慣に言及する人がいる。あれは古代中国から嫁の実家の格式が重視されたのであって、何も女性個人の人間性が尊重されているとは言い難い。日本でもかなり高名な女性でも「道綱の母」とか「孝標の女」とか、家に対する従属性でしか女性は呼ばれなかった。本名を名乗るのは婚姻を承諾することを意味し、名を訊くことはプロポーズだった。紫式部、清少納言、和泉式部など固有名詞のように認知されているが、官位、門閥などを示した通称に過ぎない。こういったものと、中国女性の婚姻はさして変わらない。

あるこの上もなく有名な野球選手が自分の娘達に、揃って姓を示す部首に属する漢字が含む名を付けた。結婚して姓が変わっても、実家の属性を名に遺すためだという。「ああ、中華思想だな」と思った。こう書くと誰のことか、歴然であるが。

 平塚らいてふの提唱した「原始女性は太陽であった」はなかなか実現しにくいものだ。

 昆虫の世界では雄が主に雌に婚姻(いや昆虫の場合生殖行為なのだが)を促すようなアプローチを行う。雌へのディスプレイを行う都合上、雌より雄の方が色が美しかったり、多芸だったりする。セミは雄しか鳴かないし、コオロギ、キリギリスといった秋の鳴く虫も同様だ。雌はその代わり、産卵に要する栄養摂取を専ら行う。蚊や虻で吸血するのは雌だし、カマキリは交尾相手も交尾の最中から食べてしまう。昔、即席ラーメンのコマーシャルで「私作る人、あなた食べる人」なるコピーがあり、古典的、保守的な男女の役割を強要するものとして大顰蹙を買ったことがある。昆虫の場合、「あなた私に尽くす者、私あなたを食べる者」に成りかねないのだ。

 クダマキモドキはキリギリスの一種だ。もっと細かく言えばツユムシ亜科に属する。クダマキとはそもそもクツワムシの別名で、馬の口に噛ませる轡が乗馬している際にガシャガシャと音を立てたことからからそう呼ばれ始めたらしく、秋の虫の中でも美しくない雑音に近い鳴き音で知られる。クダマキが「酔ってくだ巻く」のと関係があるのかどうかはわからない。モドキ呼ばわりされたクダマキモドキは、姿こそクツワムシに似ているかもしれないが、似ても似つかぬ、かそけき音で鳴く。モドキ、ダマシの名が付く昆虫は比較対象となった虫の正式名称を冠しているが、クダマキモドキの場合、鳴き音までは似ていないので別名のクダマキの方が採用されたのだろうか。

クツワムシは近似種のタイワンクツワムシも含めて大型のキリギリスで大きいものは55mm程度にもなる。クダマキモドキも個体差はあるが、最大50mmとかなり大きい。ただ、草原の中で生活するクツワムシに対して、クダマキモドキは樹上生活者である。幼虫も成虫も木の幹や葉に棲み、地上には滅多に降りて来ない。アオマツムシも樹上でけたたましく鳴くが、クダマキモドキも生活圏はアオマツムシと共通しているかもしれない。アオマツムシをクツワムシと誤認して写真を掲載しているHPなどを見掛けるが、中間概念にクダマキモドキを仲介したミスなのかもしれない。
 クツワムシは「ガチャガチャ」と表記される鳴き声を立てる、日本の秋の鳴く虫の中で、最も不名誉な形容をされる虫でもある。「ガチャガチャ」とか、馬の轡などはまだいい方で、「扇風機の壊れたような音」とか「弘法大師があまりにやかましくて寝就かれないので、『黙れ』と一喝したら鳴き止んだ」とか、さんざんな言われようの昆虫である。

 身体に比較して大きな幅広の前翅、ツユムシにしてはふっくらとした体つき、長く発達した強靱そうな後肢など、確かにクツワムシに似ているかもしれない。だが、翅の併せ目がクツワムシでは平面となっているのに対して、クダマキモドキは端から付け根まで一貫して鋭角を成している。翅脈もクツワムシの方が不規則性が高いのに対して、クダマキモドキは木の葉、草の葉により近い直線的なパターンを描く。クツワムシは緑色の個体の方が少なく、褐色型、赤褐色型があり、緑色型も褐色、赤褐色を帯びる。クダマキモドキはきれいな緑一色で葉と同化して見える。

 食性も違う。クダマキモドキは草食性だが、クツワムシは主にクズの葉などを食べているものの、タンパク質も必要であるらしく、小昆虫を補食したり、死んだバッタ、コオロギを肉団子にして食べることも多い雑食性である。

 こうして列挙すると、クダマキモドキが確かにツユムシの形質を色濃く持っていることがよくわかる。

 だが決定的なことがある。クダマキモドキは鳴く虫の中で杜氏が知る限り唯一雌も鳴くのだ。前述したようにかそけき音で、「チッ、チッ」といったものだ。人間にはよく聞き取れない程の大きさでしかない。だが、確実にクダマキモドキは雄からの一方通行ではなく、双方向通信でコミュニケーションを行っているのだ。これは結構凄いことだと感じる。鳴く虫のメカニズムは翅の凹凸による摩擦を身体でそれを反響させるシステムだ。日本に棲むコオロギ類も他のキリギリス類も、雌にはこのシステム自体がない。ところが、何の拍子かクダマキモドキには雌もそれを持ち得るように進化を遂げたのだろう。音が小さいことから、双方向で呼応する必要があったのだろうか。いや、そのようなことは人間如きの憶測では計り知ることが出来ない。
 杜氏はフェミニストではない。男性がフェミニズムを掲げるのが難しい時代である。今そう名乗るには、自分の中の衒いのような嫌らしい部分を意識ざるを得ない。杜氏は別段男性に生まれてきた特権を活用しているワケでもない。女性を尊重することにおいては別段消極的なスタンスを取っているワケでもない。同時にマッチョでもない。この世が男性社会で推移すれば、随分と不都合なことが色々発生するだろうと感じるし、女性が今以上活躍すべき分野は多分に制限されているし、その制限を撤廃すべきだろうとも思う。だが「ピル禁止法」や「妊娠中絶制限」の撤廃が、女性のアクティヴィティを本質的に解放するなどとはとても思えない。右翼との接触を論われて表舞台から追放された榎女史を再評価する動きがあるようだ。だが、杜氏には「ピル」も「妊娠中絶」も自然の摂理に反しており、女性の心身を損なうものであるとしか思えない。はっきり申し上げて榎女史に共感するところは微塵もない。
 セミやコオロギ、キリギリスが雄しか鳴かずに、蚊や虻が雌しか吸血しなかったり、ハチが雌だけ針を持ったり、コオイムシの雄が背で卵を育むのも自然の摂理である。クダマキモドキが雌雄呼応して鳴くのも必然。人間がそうすべきなら、自ずとそうなるだろう。フェミニズムの力を借りずとも。



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