一瞬の逢瀬


 中学、高校の頃、会いたいと思っている異性に思いがけず頻繁に会うような巡り合わせに見舞われた経験が、皆さんにはないだろうか? そして、気まずくなった相手になぜか会ってもおかしくないのに、ぴたりと会わなくなることも。それは半ば意図的な偶然なのかもしれない。それだけなら不思議でも何でもないのだが、お互いにもう相手からの影響、相手への影響が無に等しくなったというのに、運命の変わり目のときにまるで何かに弄ばれてでもいるように、目の前に昔の恋人が現れることがある。それも特定の人間が・・・。
 杜氏は中学時代、電車に乗らなければ辿り着けない学習塾へ通っていた。帰りは遅かったこともあり、最寄り駅から更にバスに乗ったものだった。たかだか三つ目の停留所で降りるのだが。その二つ目の停留所で、やはり違う塾に通っている彼女が乗ってくる。多分、20分ほど、杜氏の通っていた塾の方が退けるのが早かったのだろう。バスが停留所に近づき、百数十メートル手前辺りから、新規乗客が乗ってくる一番前で待ち構えていた杜氏はシルエットだけで彼女の姿を認識することが出来た。短いが毎日の逢瀬だった。
 停留所ひとつ分、距離にして5〜600m、時間なら一分。名残惜しい日は、もう一つ分向こうの停留所で降りて、あと一分だけ一緒に過ごした。24時間中のとてもとても大切な一分だった。だが、中学最後の夏休みが終わり受験が近づき、塾通いが不規則になる頃に差し掛かると、杜氏は自らの幼さ、愚かさから彼女と自分を結んでいた儚い糸を断ち切ってしまった。この世の中で一番貴重だった一分は、淡雪のように杜氏の生活から消え去った。
 想いが消え、昔彼女を想っていたことだけが記憶に残されるようになって、彼女は夢やうつつではなく、現実の姿を杜氏の転機が訪れる度に現した。まるで、迷っていた心に決意を促すかのように。もっと現実的な、互いに殴り合うような激しい交情をぶつけあった女性達とは、避けてでもいるかのように何十年も姿を見ることもないのに。
 ポール・サイモンのソロのヒットに"Still crazy after all these years"というナンバーがある。「こンなに何年も経ったのに、未だ君に狂おしく恋焦がれてる」という意味の題だ。彼女が姿を見せた後、ふとそのメロディと、ポール・サイモンの語るようなヴォーカルが頭を過ぎったものだ。馬鹿げたことと苦笑しつつも。古いカレンダーは懐かしく、美しくはあっても、今を刻む暦としては意味を為さない。

 先日、通勤で毎日通る道を歩いていたら、民家の植え込みから、どこか心ゆかしい、昔馴染んだ覚えのある影が視界に飛び込んできた。鮮やかなオレンジ、縁を彩る黒っぽい群青。そこに浮き上がる二対の大きな蛇の目模様。それが何であるのか思い出せないうちに、慌てふためくように俊敏に飛び去ってしまった。そのチョウに似つかわしくない動きは、かえって杜氏にそれがチョウであることを思い起こさせた。そして、暫くしてその名を思い出した。クジャクチョウ。どうしてこンなところに・・・。
 クジャクチョウは北方系のチョウである。北日本では平地にも棲息するが、本州では主に高原に見られる。高山チョウと呼んでもいいほどだ。その名は翅を拡げたときの美しさにも拠るが、縁の印象的な蛇の目模様がクジャクの羽に似ていることから来ている。用心深く敏捷な動きをするチョウで、蛇の目も文字通り襲撃してくる外敵をヘビの目に見違えさせて怯ませる効果があるのだろう。翅を閉じると真っ黒で、そこがまた、人間の目にはお洒落に映ったりする。
 数種日本にいるクジャクチョウの学名の語尾には必ずgeishaが付くという。芸者の艶やかな衣装に見立てられたのだろう。または命名した外国人の学者が来日の際にでも、特定の芸者に入れあげていたのか。日本のクジャクチョウは大陸のものの亜種であり、日本産の亜種にのみgeishaの称号が与えられているらしい。水商売のけばけばしさを想起させるとも思わないが、日本のチョウの中でも有数の美しさという評価は頷ける。
 幼虫の食草はイラクサ科の植物で、アカタテハと同じである。比較的普通に生えている植物であると言える。ただ、クジャクチョウ自体が寒い地方、高原を好むので、イラクサの中でもカラハナソウに寄食していることが多い。幼虫は真っ黒で、やはり黒く太い比較的少数の毛を持っている。グロテスクな姿は成虫の華やかさとは結びつきにくい。
 アカタテハ、キタテハなどと同じく、成虫で越冬する。杜氏が先日見掛けたのも11月下旬。寒くなったから、街に下りてきたのだろうか。チョウは弱々しい成虫で、翅も容易に傷み、羽化後の寿命は普通二十日と持たない。鱗粉が容易に剥離する気持ち悪さと弱さが理由で、杜氏はチョウが好きになれないのだが、タテハの類やアサギマダラは頑健さなチョウなので例外だ。冬のモノトーンの世界で、そこだけ鮮やかに彩られたような点景を成している姿も好感が持てる。

 中学二年の夏休み突入直後、学校行事としてキャンプが催される。市内の市立中学二年が事情のない限り全員、箱根に赴くことになる。市立中学は杜氏の時分、十六校あった。それをいちいち観光バスで運んでいたら、いつまで経っても順番が回ってこない。スイッチ・バック、じゃなかったピストン輸送という方式で移動を効率化していた。送ってきたバスが、そのままキャンプを終えて帰る便になるのだ。しかも同時に数校が一緒にキャンプすることになっていたと思う。ケチな方式である。
 学校監視下のイヴェントとはいえ、お泊りはお泊りである。一泊二日に過ぎないとはいえ、心がときめかないといえば、嘘になる。テントではなくバンガローでの宿泊だった。当然、男共はこれぞと思う女子のいるバンガローに殺到する。皆の目があるので、イイコト(悪いこと)など出来はしないが、穏便な夜這いのようなものだ。教師が夜中見回りにくるので、早々に退散せざるを得ないのだが。
 杜氏は紳士を気取っていたのか、バンガローに着いて、すぐの日の高いうちに彼女の班を訪ね、連れ出して芦ノ湖畔を一緒に散歩した。バレると周囲がうるさいので隠密行動である。杜氏はキャンプ・ファイアーの司会を務めなければならなかったし、彼女はそこで披露されるスタンツ、つまり寸劇の脚本、演出を考えなければならず、互いに忙しく、時間がなかった。なぜそれらが終わってから連れ出さなかったのかとも、今になって思うが、つまりは過剰な進展が双方とも怖かったのだろう。
 頭のいい子だった。成績がいいというような単純なことではなく、とても機転が利いて明晰だった。美人とは呼べなかったかもしれないが、明朗な彼女の周囲はいつも光が差していた。昔は男女別学で、優秀な女子が集まる女子高へ進んだが、結局彼女は進学をせず、高校卒業後、市役所へ入ってしまった。その頃はもうすっかり疎遠になっており、受験さえすればそこそこ名のある大学へ進めたのに、なぜそうしなかったか、質す機会はなかった。
 残り少ない時間を気にしながら散歩をしていると、オオギボウシの葉陰から突然舞い立つものがあった。それは木洩れ日を受けて、鮮やかなオレンジの光の帯を投げかけながら、一瞬で林へと消えていった。

「きれいなチョウ」
「うん、クジャクチョウだ。こういう山にしかいない」

 それで終わりだった。気の利いたことが今でも言えるワケではないが、当時はもっと寡黙だった。いや人前では互いにとても多弁だったかもしれないが、それは世を忍ぶ仮の姿で、ただのマヌケでシャイな少年少女だった。そのときの杜氏に、ビートルズの「ヘイ! ジュード」を聴かせてあげたい。「彼女を君の身体の下に組み敷くんだ!」 まあ無理だったね。
 彼女が仕切ったスタンツはブラックユーモアに彩られたとても可笑しいものだった。即興にしては上出来だった。杜氏のキャンプファイアーの締めの言葉はあまりにパセティックで無駄に高踏的で、評判がとても悪かった。
 だが、目の前を過ぎていったクジャクチョウの輝きは、捕まえることすら出来ない目まぐるしい少年期の時の流れをなぞっているようで、杜氏の心に今も刻まれている。

 早くに市役所職員の同僚(杜氏の高校の先輩らしい)と結婚して、二十歳そこそこで子供を設けた彼女には、もう孫もいるかもしれない。ベビー・カーを押している彼女に会って、女の子の赤ん坊をからかって風疹をうつされたのは二十二歳に近い二十一歳の春先だった。このときも杜氏は人生の転機を迎えていた。
 今、また杜氏も転機を迎えているのかもしれない。だが、そういうときに決まって偶然姿を見せていた彼女に会うこともなく、川崎市高津区に常識ではいるハズもないクジャクチョウが目の前を過ぎったのが気に懸かる。馬鹿げた発想と普段は笑い飛ばせるのだが、ふと、彼女の身に何かあって、身代わりにクジャクチョウが出現したのではないか、などと。そンなこと、あるハズもないのだが。
 疲れた日にはついバスに乗ることがある。五百メートルで一気に三十メートル以上の起伏を越えなければ家に辿り着かないからだ。そンな日は、二つ目の停留所にやや猫背でバスを待つ少女の幻影を見ることがある。バスが着くと、無論そこには誰もいない。杜氏には愛する者がいる。それは彼女も同じことだろう。「イェスタデイ・ワンス・モア」ではない。「オンリー・イェスタデイ」である。

 だが、突如現れたクジャクチョウが気になる。



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