クロヤマアリ

弱くて強いもの、人間のみに非ず


 「少年ケニア」は山川惣治作の絵物語で、実写版ドラマにもなった。ジャングルで家族とはぐれた少年山川ワタルと英国出身の美少女ケイトが否応なく現地で暮らすことになるという、ジュニア版かつ日本版のターザンである。前にも書いたが、その
TVドラマの主題歌がふるっている。最後に「何でも来い!」とタンカを切るのだが、それがアフリカ名物の猛獣でも、毒を孕んだ危険なものでもなく、「赤アリ、とかげ」なのだ。TVの前で一瞬、脱力感に包まれたのは私だけだろうか?

 確かダーナという大蛇を味方につけているのに、とかげが敵というのは如何かと思う。だが、面と向かって怖くはないだろうが、赤アリが恐怖の対象となりうるのには、かすかな説得力がある。狩猟の目的で徘徊しているこの膜翅目の小昆虫が集団で寝込みを襲ったなら、眠っているうちに落命して餌食になる可能性も皆無ではない気がする。

 少年ケニアは19831984頃、映画として復刻された形跡がある。角川映画の末期だ。角川のハルキ若旦那が逮捕される寸前かもしれない。監督は何と大林宣彦だ。悲しい憂き目に遭った主題歌は、やはり不幸なキャリアを背負った渡辺典子が歌っている。評価は・・・、筆舌に尽くし難い。同時期に「風の谷のナウシカ」が上演されたのもマイナス材料だったに違いない。当時から十歳見当上の世代にとって、郷愁溢れる題材であったのだが・・・。少なくとも戦争の空しさが漂う、マレーのトラ「怪傑ハリマオ」よりは明るい話である。

 少し前にこンなキャッチコピーがあった。アリは不快な昆虫です。ナレーションは「少年ケニア」の頃、「おらぁ三太だ」で主人公三太少年を演じていた渡辺篤だった気がする。アリが害虫であるという認識が全くなかったので、一瞬何を言っているのかわからなくなった記憶がある。商品名は「アリの巣コロリ」という身も蓋もないシロモノだった。アリはいかなる種類のものであっても、シロアリと違って人家に巣を営んだとしても、人間に危害は及ぼさない。だが、不快という二字があれば嫌疑は充分なのだ。かくして、いかなる昆虫も人間には害虫となりうる。

 クロヤマアリは最も一般的なアリである。そもそもアリ自体が人間にとって身近な存在であり、クロヤマアリは人間に最も親しみ深い昆虫といえるかもしれない。出会っても飛んで逃げることはない。群れているので数も多い。それは生命の危機が迫れば、必死で逃げようともするが、大概の人間は見かけただけでアリを殺すような行動を取らない。アリも逃げる必要を感じていないように見受ける。

 社会生活型のハチ同様、アリは巣の中で果たす機能によって在り方が異なる。ハタラキアリ、王アリ、女王アリである。ハタラキアリは予め生殖力を持っていないメスで、逆に王アリは唯一のオスだが生殖力しか果たさない。女王アリは産卵マシーンに過ぎず、巣を統括したりはしていない。寧ろ巣を動かしているのは圧倒的多数のハタラキアリであるように思える。ただ、ハタラキアリはライフサイクルが短く、巣を運営する意図は、次々と繰り返されるジェネレーション間を継承されているようにさえ見える。

 シロアリはハタラキアリ以外に兵アリを持つが、これは殆ど殺傷能力を持っておらず、大きな頭で外敵が侵略を加えた巣の欠損部分を塞ぎ、侵入を防ぐ程度の機能しか果たさないらしい。アリにもアズマオオジアカアリには兵アリがいるようだが、攻撃力も知れたものではないかと思う。クロヤマアリには兵アリはいない。

 サムライアリという種がいる。こいつがトンでもない連中で、アリのくせに仕事をしない。仕事はすべからく奴隷が行う。奴隷になるのが主にクロヤマアリである。かといってサムライアリが殺戮の末に奴隷を獲得しているのかと言えば、そうでもない。サムライアリはある時期、斥候を放ちクロヤマアリの巣を偵察させる。斥候アリはフェロモンを分泌しながら自分の巣に戻り、道程を仲間に示す。そして数を恃んで略奪を実行する。略奪は動けない蛹と終令に近い幼虫を対象とする。成虫のハタラキアリを拉致することなどしない。持ち帰った蛹や幼虫を自分の巣で成虫へ孵らせると、本来のハタラキアリが果たすべき仕事を略奪してきたクロヤマアリにやらせる。食糧まで調達から口移しでの給仕までさせるそうで、自分からは何もしない。いや、何もしないというのには語弊がある。略奪という労働はするのだから。
 サムライという語感から勇壮さを求めたのは間違いで、使役アリまたは横着アリと呼ぶに相応しい種だ。

 サムライアリはクロヤマアリと同じくヤマアリの一種である。近似種なのに、なぜアリを襲うのか? 近似種だからこそ略奪するに違いない。習性が似ていなければ奴隷として役に立たないのではないかと思われる。

 クロヤマアリとしても局所的には打撃なのかもしれないが、旺盛な生命力は襲撃による減耗をほどなく補填するに足るだけのものを持つに違いない。でなければサムライアリが際限なくクロヤマアリを襲うはずもない。クロヤマアリの巣には複数の女王が存在するケースもあるようだ。それだけ労働力に恵まれているのだから他種に貸し出してもさして影響はないのかもしれない。そして、多分、略奪されたクロヤマアリは自分が略奪されたなどとは気付かず、本来の勤めを果たしていると認識しているのだろう。

 好蟻性昆虫という存在がいる。アリに何らかのメリットを及ぼす昆虫が、アリから庇護を受けるような関係を持つ現象が見られる。この共生にも似た関係を結んでいる昆虫を指してこう呼ぶ。アントカウ(アリの乳牛)とも一般的に呼ばれる。アリマキ、カイガラムシなどが直感的に思い浮かぶ。また、アリの巣に持ち込まれて生活を共にするものもある。シジミチョウの一種やアリヅカコオロギなどが挙げられる。どの好蟻性昆虫も結果として、アリの堅牢な社会性に基づく生活から安定性を享受しているように見受ける。だが、リスクがないワケではないらしく、食糧事情が悪化すると、アリマキ、カイガラムシなどは分泌物、排泄物などを以ってアリに貢献するに留まらず、丸ごと食われてしまうこともあるという。乳牛転じて、いざとなれば肉牛ということだ。だが、巣に持ち帰られたものの多くは、逆にアリを騙し果せる。隙を見て幼虫を貪り食ってしまうというトンでもない食客なのだ。鳥の托卵や寄生に近い。だが、アリがそれに気付いて食客を排除するような動きは今のところ見えない。これもサムライアリの略奪と同様、繁殖力で充分にカヴァーしうる損失なのかもしれない。

 とはいえ、アリの社会システムは良く出来たものであり、その数の多さが目下の成功を物語っている。その中でも最も普通で誰もが顧みることすらないクロヤマアリは昆虫最大の勝利者なのだろう。サムライアリの略奪、好蟻性昆虫の欺瞞など、殆どインパクトがなく、ことによると産児制限に一役買っているのかもしれない。クロヤマアリは人家の庭などにも営巣するが、人家そのものには侵入しないので、「不快な害虫」などと人間に言いがかりをつけられることもない。生殖と労働を完全に分業したことからして、個々のハタラキアリを個体と見るより、巣全体を単位とする生物とも考えられる。しかも、ハチがダンスをするのと同様、触覚による接触、フェロモンによる道標など意思伝達方法も有している。もしかして、機能としては、原始的な哺乳類よりはよく出来ているのかもしれない。
 伝説のアマゾネスは武闘のために、利き腕側の乳房を切り捨てたという。女性を捨ててまで種族の維持繁栄のために弓を取る方を選んだということか。大多数のアリも生殖機能を初めから与えられない女性が組織を支えている。アマゾネス同様女系主流だ。旧約聖書では、アダムの肋骨からイヴが出来たと伝えられるが、これは生物としての成立要件からすれば女性の方が優先的であるからこそ、逆のことが強調されているということではないだろうか。
 巣の中で所在無げにフラフラしている雄を思うと、首の辺りが寒くなる気がするのは気のせいだろうか。



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