クサギカメムシ
ザ・カメムシ
妍ナオコの歌(中島みゆき作詞作曲)の一節に「嫌われても 嫌われても仕方ないけれど そんなに嫌わなくていいじゃないか」というのがある。中島みゆきという人はどういう精神生活を送ってきたのか、ふと気になることがある。嫌われるということは大変理不尽である。別にさしたる理由がなく、他に影響力がある人が特定の個人を嫌いだと発言したとする。それが不特定多数に伝播して、いつの間にかその場の大多数が殆ど云われなく、指弾された人が嫌いであるように思い込んでしまう。その率が過半数を超えると加速度的に、100%へと突進してしまう。こうしてイジメが起こる。中島みゆきも非凡なパーソナリティには違いないから、こうした異端の扱いを幼少時から背負ってきたのだろうか。そうではない可能性も高いので、軽々にそンな発言は出来ない。単なる仮定に過ぎないので悪しからず。
植物には身も蓋もないような名前がついているものがよくある。ヘクソカズラなどその典型かもしれない。確かに不快な臭気は発する。だが、その花は存外美しかったりもする。何も「ヘクソ」はあるまいと思う。クサギというのも直截的な命名だ。「臭い木」なのだ。葉に独特の悪臭がある低木で、本州の温暖な地方にならどこにでも見ることが出来る。これも花は以外に可憐なのだが、そのようなことが顧みられることがないのは命名のせいであるような気がする。臭気は芳香が一歩間違えて悪臭に転じたような印象だ。有機物質の芳香族は例のカメノコ型のベンゼン環を伴うが、クサギの悪臭もこの芳香族のせいであるような気がする。知らないことは言わない方がいいけれど。
クサギカメムシはおそらく日本で最も個体数が多いカメムシのひとつだ。杜氏が小学生の頃持っていた簡単な昆虫図鑑にも、悪臭を放つのは他のカメムシも同様であるのに、殊更に「くさいにおいがする」とコメントされていた。ザ・カメムシと言えるのかもしれない。他と差別化する形容にクサギを用いているところにも、この昆虫に対する悪意のようなものすら感じる。クサギカメムシはありとあらゆる植物についており、何もクサギだけを食草にするワケではない。寧ろ、柑橘類、ビワ、サクラ、モモ、カキなどの果実への被害が顕著である。また、人家によく群を成して入り込み、一斉に悪臭を放つことから、大変迷惑な昆虫ともされている。実害があり、迷惑で、見ても不快という、確かに人間にとっては何ら利益を見出せない存在だ。
色もグロい。地が暗褐色で複雑な凹凸がある。不規則に黄褐色の紋が鏤められている。どう見ても、善良な存在の象徴には見えない。枯れた木の地肌にへばりついたら、見分けがつかなくなるような色だ。形も典型的なカメムシのものである。大きさも個体差が大きいものの、13〜18ミリと中型で、ザ・カメムシに相応しい。カメムシの類には美麗種が多く、マニアにはたまらない魅力を醸しているようだが、クサギカメムシにはそういった煌びやかな身体は与えられなかった。
夏の夜に部屋に飛び込んできたりもする。色からしてサシガメか、などと警戒したりもさせられる。部屋を飛び回られて鬱陶しかったりもするが、うっかり捕まえでもしたらひどい目に遭うので放置しておく。カメムシは身の危険を感じると臭気を発するらしい。仲間への危険信号という説もある。だから、触らぬ神に祟りなしである。もっとも、たかだか一頭のカメムシならば、さしたる被害にはならないのだが。
幼虫は不完全変態の半翅目のこと、成虫の小型版で翅がないものと思えばいいが、翅がない分、角張った腹部の体節が目立ち、身体の縁から棘のような突起が張り出して装甲しているような印象がある。当然、幼虫も草食なのであるが、ちょっとアリマキを暴食するテントウムシの幼虫を思わせるところがある。
夏に活動する印象が強いのだが、意外なことに成虫の期間は長いようだ。成虫のままで越冬する。自然の状態では暖かい場所、たとえば落ち葉の中などに集団で冬眠するのだが、カメムシだってより安全でより暖かい場所を求めるのは当然のことだ。人家に入り込んで集団越冬を決め込むケースが多い。元より嫌われものだ。発見されれば、不快に感じた家の住人がそれらを排除しようとする。そこで生命の危機に瀕したクサギカメムシは集団で一斉に危険信号を発する。人間はパニックに陥る。悪循環である。
おそらく危害を加えられる気配を察知しなければ、集団とはいえ、クサギカメムシも伝家の宝刀を抜いたりはしない。だが、人間の性質からして、悪名高いカメムシの大群に接して平静な態度は取りにくい。果実にしろ人家にしろ、クサギカメムシが身近にある最適な食糧と棲家を求めた結果、人間の利益を損なうことにつながっているに過ぎない。カメムシにどうして、果実や人家が人間の所有物であると意識出来ようか。おまけに他のカメムシの美麗種や、同じく人家の近くを棲家とするカブトムシのように、クサギカメムシには人間に還元する見返りを持たない。クサギカメムシと人間は接近するほどに、お互いの不幸を増幅させる運命にあるようだ。
カメムシにとって幸いなことに、カメムシは一般的に難駆除昆虫であるという。人間にとって不快な臭気も幸いしているのだろう。だが、剣に生きる者は剣に死すの喩え通り、最も有効な駆除方法は集合フェロモンによる虐殺らしい。フェロモンは人間には無臭であるが、昆虫には強烈な臭気を発するものなのだろう。カメムシの悪臭は「危険! 散れ」のサインであるらしいが、集合フェロモンは文字通り、「集まれ」の信号なのだろう。呼び寄せられたカメムシは都合よく人間に処理されることになる。だが、研究やら次の駆除対策検討のため、雄雌の分別などの後作業が必要らしく、駆除されたカメムシらが最後の最後に危機を察知し末期に放った臭気によってそれは困難を極めるらしい。カメムシを自分の臭気が密閉された空間に閉じ込めると死んでしまうらしい。これは臭気がオープンスペースに流れることによって同種の仲間にメッセージを伝える機能しか、本来ないことを示している。
だが、とにかく人間から嫌われようと目の仇にされようと、クサギカメムシの個体数はとにかく多い。憎まれっ子世にはばかるの喩えではないが、この昆虫が目下の生存競争の勝利者であることは明白であろう。果樹園農家の皆様にはトンでもない虫であることは確かであり申し訳ないとは感じているのだが、杜氏はクサギと共にクサギカメムシについても「そンなに嫌わなくていいじゃないか」と思うのである。
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