ヨツボシクサカゲロウ

妖精の貪欲

 容貌魁偉というのは見てくれが立派で強そうな武士を指して言う表現である。ところが、「気配りのススメ」などというベストセラーを著した某国営放送を代表していた元アナウンサーが、「ヨーボーカイイないい男」などというタイトルのコラムを書いているのを見た。容貌魁偉ならいい男に決まっている。講談の豪傑・岩見重四郎のモデルとなった薄田兼相は姿こそ立派だが、遊女屋に入り浸って従軍した大阪夏の陣で失態を演じたという。それを指して見栄えは素晴らしいけど見かけ倒しということで、正月の備え餅の飾り程度にしかならない橙に準え、人々は「橙武者」と罵ったらしい。(徳川方の蜂須賀家に残る記録だから当てにはならないが) 容貌魁偉と聞くと、杜氏はいつもこの薄田兼相を思い出す。
 これはおそらく、魁偉を怪異と誤解したためと思われる。そもそも「気配り」などと言う言葉は日本語には存在しない。気は配っただけでは不充分で、働かせなければならない。「気働き」というのが正解である。こういう誤謬ばかりを平気で撒き散らかす人物は、小学校から国語を勉強し直した方がいい。ただ、日本語の怖いところは、大多数が誤謬を正しいと思い込んでしまうと、誤謬の方がいつか正しくなってしまう点だ。負けず嫌いは文法的には負けない、つまり勝つことが嫌いということで、本当は負け嫌いとなるはずだ。またちょっと苦手だという程度の意味の「気が措ける」という表現が使われなくなったためか、気がねなくフランクに接することができるという意味の「気が措けない」が、信用ならない、油断できないというトンでもない意味に使われていたりする。
 丹下左膳は、東千代之介、大川橋蔵のような白塗りの美男しか出てこない時代劇の主人公の中では異色の存在だ。隻眼の上に右腕もない。劇中でも「化け物」だのと罵られる。演じる大友柳太朗も画一的な二枚目とは決して言えず、歌舞伎の助六のようなピカレスクじみた色気もない。典型的なフリークであるが、エレファントマンの哀れもない。この丹下左膳を指して、誤用されている容貌怪異という言葉が当てはまったりする。
 丹下左膳は仇討ち物ではないが、仇討ち物につきものである名台詞が出てきたような記憶がある。
「ここで遇ったが優曇華の花・・・」
 優曇華(うどんげ)の花? 何であろうか。仏教の説話によれば三千年に一度花開くという珍しい花で、それに遭遇すれば幸福になれるという説と不幸になるという全く逆の戒めがあるらしい。「ここで遇ったが百年目」より三〇倍強力な表現なのである。その優曇華の花の正体はクサカゲロウの卵なのであり、三千年どころか注意して観察していれば毎年欠かさず発見できるシロモノである。クサカゲロウの幼虫や成虫が好んで食用にするアリマキの居そうな草木の葉の裏などに糸をつけた白い小さな卵がいくつもぶら下がっているのを見たなら、それが優曇華、クサカゲロウの卵である。灯火に引き寄せられた雌が急に産気づいたのか、間違えて人家に産卵されることもある。ただ、この昆虫はアリマキだけではなくダニなども食べるので、案外狙い打ちで人家に産みつけられたのかもしれない。
 一説には白粉を食べるという生物、けさらんぱさらんの正体のひとつであるとも言う。けさらんぱさらんは白くてふわふわしたもので、何しろ正体不明なものであるのだから、その説に異を唱えても無意味であろう。

 このクサカゲロウ。黄緑色の美しい昆虫で、翅も支脈が黄緑の透明なもので人の目を惹く。草色をしているし、アリマキを貪る目的で草によく停まっているから、草カゲロウと思い込む人が多いだろうが、実は違う。容貌魁偉を容貌怪異と言うが如しなのだ。掴まえると何とも言えない生物の有機的な臭いを放つがゆえに、臭カゲロウなのである。植物のクサギの語源と一緒である。ただこれも混同しやすいので、今に真の語源が間違った語源に駆逐されるだろうと思われる。虫を手にとって眺める人間は減少の一途を辿っているから、クサカゲロウの臭いを知る者も少ないであろう。で、見ているだけならとても美しく気品さえ感じさせる姿なので、草色をした綺麗なカゲロウという意味が敷衍しても間違いとは言えない。
 クサカゲロウは一種類であると思っている人が多いが、実に四〇種を数えるらしい。それを特定するには頭の特徴を調べなければならないが、研究者でもない限り、手に臭いが移るのを覚悟で、通りすがりのクサカゲロウを掴まえて種類を特定する酔狂な御仁はいないだろう。ヨツボシクサカゲロウが最も普通の種類であるらしい。頭の後ろの部分に四つの黒斑が見られるという。杜氏もそこまで確認した経験はない。

 優曇華から孵化した幼虫は近似種というのは乱暴だが、概ね似た種族のアリジゴクに似た形状を持つ。優曇華の糸を伝って葉に辿り着いた幼虫は、逞しい勢いで最初は自分の身体よりも大きなアリマキに襲いかかる。栄養摂取方法はアリジゴク同様、吸血型である。体液といっても殆どはアリが好む甘い汁に違いない。アリマキも命が惜しいだろうから草の幹にしがみついて暴れる。それをアリジゴク同様に発達した大顎で挟み、幹からひっぺがして高く掲げ動きを封じたりする。で、すっかり液を吸い尽くした幼虫は獲物を背中に背負う。天敵やアリマキに恩恵を被っているアリが、その姿を認識できる程度の大きさに育ったときには、すでに背中はアリマキの死骸で被われ、そのマントの下にいる幼虫の姿を確認出来ないほどになる。ゴミが動いているとしか見えないのだ。
 天敵やアリの目を逃れるために死骸のマントを背負うのかもしれないが、アリマキの臭いまで身に纏って敵を嗅覚からも欺くという説もある。アリマキを食う昆虫の常として食欲は凄まじい。成虫に育つまでは約600匹のアリマキを貪るという。アリマキ駆除の生物兵器とも目されるヒラタアブと同じ程度の量であるらしい。身体が大きく成長するに連れ、背中の殺戮の跡も累々と重なってゆく。ただ、老齢幼虫である終令(第四令?)になると、死骸を脱ぎ捨てて本来の姿を現す。それはアリジゴクを縦に引き延ばしたもの、またはアリジゴクとシデムシの幼虫を足して二で割ったような姿である。大顎が怪獣っぽい。東映の怪獣でいえば名バイプレイヤーに徹しているアンギラスに似ている。
 そして充分に栄養を摂った終令は、アリマキを貪った植物の葉などに繭を作って蛹化する。クサカゲロウの繭(蛹)の方が、優曇華よりは遙かに見つけにくい気がする。待ち伏せ型のアリジゴクとは異なり、孵化から蛹化までに数年を要するなどということはない。年二回の繁殖周期なので、秋型(秋に孵化)の幼虫は蛹で越冬するようである。
 羽化した成虫は3〜4センチと小さくはないのだが、前述の可憐な姿と相まって小さく見える。だが、生態は幼虫と変わることなく、アリマキを襲って貪り続ける。
 ただ、クサカゲロウが肉食一辺倒かと思い込むのは誤りであるらしい。運悪くアリマキに恵まれない草に産みつけられた幼虫は、花に潜り込み蜜を吸うことも観察されている。花粉まみれになって植物の生殖の媒介を果たすこともあるらしいのだ。アリマキの体液の元は植物の水分なのだから、アリマキから摂取するのか、花から摂取するのかの違いだけなのかもしれない。決まった餌がなければ飢えるだけなのではなく、昆虫はしたたかに、臨機応変に成長するということを示す例である。

 クサカゲロウの翅はレース・ウィングと呼ばれるらしい。確かに天の羽衣もかくやと思われる繊細な翅に包まれた姿は妖精を想起させる。しかし、幼虫は怪獣のミニチュア版そのものであるし、接近すれば人間には不快な臭気も発する。妖精には似つかわしくない貪婪な食生活を送ってもいる。容貌魁偉などの古くからある日本語が誤用されるのは勘弁ならぬ気がするが、モノゴトの本質に多面性があるのはクサカゲロウの生態が物語っている。楚々とした姿の美女が、大変な健啖家であっても驚くには当たらない。



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