クスサン
透明な繭
スケルトン仕様の商品が流行ったことがあった。文具やパソコンなど、電気労連よりは事務機器労連のテリトリでの出来事だったかもしれない。スケルトンは骨格を意味し、事業などの骨子を要約したものを指す場合もある。透けているからスケルトンなどとは、ダジャレにしても出来が悪い。正確にはskeletonと綴る。通常、ムダを徹底して排除し、機能のみを追及したら、スケルトン仕様の製品が出来上がりそうに思えるが、流行ったのはデザイン上、お洒落に見えるからであるようだった。市場のニーズはかくのごとく、機能最優先の発想で製品開発に当たるエンジニアには掴み難いシロモノだ。
ヤママユガ科の昆虫は鱗翅目昆虫としては巨大な部類に属する。小型のヒメヤママユにしても開帳100mm級で、比較的大型の部類であるスズメガの大型種程度に相当する。幽玄の美を醸しているオオミズアオも実はヤママユガの眷属で開帳110mmに及ぶだろうか。ヤママユガ科の種の多くにはサンという接尾語が振られるが、サンは蚕である。繊細で頑丈な繊維で編まれた繭は貴重な加工品の原料となる。大量飼育が可能なカイコとは違い、大変な高級品として扱われる。カイコなどとはモノが違うのだ。因みにカイコの祖はクワゴと呼ばれる小型種であり、ヤママユガ科とカイコは分類上明確に異なる種である。
日本最大の蛾はヨナクニサンである。ヤママユガ科だ。だが本来、日本最大の鱗翅目昆虫と呼ばれるべきである。こういうところにも、蝶と蛾の差別は顕れる。開帳は200mm以上クラスとなる。わかりやすい形容では、人の顔より大きいというのがある。その名の通り、沖縄の与那国島に産する。本州には無論、他の地方には棲息していない。だが、最近では現地でもヨナクニサンを実際に見ることは稀であるらしい。
クスサンは樟蚕と綴る。ヤママユガの一種である。名が示す通り、クスノキも食樹とする。だが、クリ、クルミ、クヌギ、コナラといったドングリの類、ウルシ、ハゼ、ヌルデといった漆、ケヤキ、カエデ、トチノキといった一般的によくある広葉樹、サクラ、ウメ、ナシといったバラ科の果樹、プラタナス、イチョウといった街路樹と種々雑多な広葉樹を食樹としている。イチョウなど普通は昆虫が嫌う樹であり、食樹として利用するのはクスサンぐらいのものらしい。考えてみれば、その名の由来となっている樟は虫除けとして霊験あらたかな樟脳の原料となっている。それすら何の支障もなく食糧としてしまうクスサンは昆虫界の常識を打ち破る生命力を帯びた昆虫なのではないだろうか。漆類を好むのも同じ傾向が窺われる。
クスサンは晩秋に卵塊の形で産卵される。それが卵のまま越冬し、春も遅く四月になってから孵化する。若令期の幼虫は黒灰色で、群れて暮らすらしい。それがある程度成長してから分散する。旺盛なのは生命力に留まらず、食欲にも及ぶ。そもそも巨大鱗翅目昆虫なので、幼虫も大きい。終令幼虫では80mmにも達する長大な姿となる。長大なばかりではない。地肌はやや緑がかったスカイ・ブルーで節ごとに蛇の目模様の爽やかなカラーリングなのだが、異様なまでに毛足の長いケムシとなる。その毛が白髪のように密生することから、シラガタロウという俗称がある。単にシラガムシなのではなく、タロウというのがミソだ。どことなく尊重されている趣きがある。実際にも、異様なばかりではなく、威容を呈している。下級ではあるが、一種の神格を昔の人はクスサンの幼虫に与えていたのではあるまいか。
このシラガタロウ、貪欲である。イチョウ、プラタナスなどの街路樹を樹ごと丸裸にしてしまうほどの食欲を発揮する。クリの生産農家が頭を悩ませるのも無理はない。だが、自然界でシラガタロウが樹を枯らすような悪さはしない。最初は群れていても次第に分散する。街路樹などという、自然界には存在しないが人間には好都合の植生が、食いしん坊のシラガタロウ達には好都合なのに過ぎない。果樹園なども同様である。シラガタロウのほかに、シナノタロウという異名もあるらしい。ここで言うシナノな信濃である。蛋白源に乏しいがために、ザザムシなどの虫も食べてしまう信濃人(正確には伊那地方限定なのだが)が、食欲旺盛であるということに準えたらしい命名である。根拠のないプライドが強い信州人にとっては承服し難いネーミングであろう。
シラガタロウの長い毛足の毛に触れると物理的に痛いが、ドクガ、イラガといった有害な作用はないらしい。
このシラガタロウが梅雨時から夏の前半を蛹で過ごし、初秋頃に羽化して、ご多分に漏れず、最大開帳130mm級の巨大な蛾となる。クスサンは典型的なヤママユガの形態を採る。ヤママユガとはよく似ている。普段は前翅の影に隠れている後翅を開くと、そこには大きな蛇の目模様が顕れる。鳥などの天敵にヘビの目だと思わせて欺く、鱗翅目昆虫によく見られる擬態である。だが、図体が巨大であるだけにその効果も絶大であるだろうと想像できる。ヨナクニサンは後翅ばかりではなく、前翅にも及ぶ鮮やかな紋様を持っているが、これも一説には天敵を威嚇する仕掛けなのだと言われている。
杜氏が幼い頃、住んでいた場所の裏山からはとても自然の産物とは思えない奇妙なものを数多く見ることが出来た。サルノコシカケ、ツチグリといったキノコ類がそうだし、トックリバチの巣やヌルデミミフシのような虫えいなどもそうである。その中に長さ7cmほどの紡錘系の篭目のように粗く編まれた細工のような袋があった。褐色で、篭目を成しているのは明らかに植物性と思われる太い繊維だった。粗いのは目だけに過ぎず、全体の構成としては決してラフではなく、寧ろ繊細さが感じられた。裏山から社員寮へ覆い被さってくる木の枝を、大人達が伐っていたが、その残骸にもこの怪物体がついていた。大概は篭目の一部が破れており、中身はもぬけの空だった。この中にいた生物が抜け出した後であることは幼稚園児だった杜氏にも容易に想像がついた。よく探してみると、篭目を透かして大きな昆虫の蛹を未だ育んだままのものも散見された。篭目の袋の正体は繭だったのだ。それがクスサンの繭であり、スカシダワラという見た目そのままの別名で呼ばれていることを知ったのは、初めて昆虫図鑑を手にすることが出来た小学校一年生のことだった。
蛹の時期、昆虫は動くことが出来ない。殆どの繭が高精細な細い糸が密に編まれた形で蛹をがっちり護っている。だから、粗い目で外から透けて見える形態で繭を作るクスサンのやり方が訝しかった。だが、もぬけの空となったスカシダワラを強引に裂け目から破ろうとしても容易には切れなかった。信じられないほど硬い繊維で、スカシダワラは成り立っていたのだ。これでは外敵も容易に手は出せないと思われた。クスサンの蛹の時期は梅雨から夏。高温多湿期である。熱帯に近い気候が続く。篭目で通気、換気がよくなっているというのは、密閉した狭い空間で蛹が不快な環境で過ごすことを回避した、高温多湿の回避策ではないかという仮説が成り立つ。その代わりにカイコやヤママユガとは比較にならないほど、太く頑丈な繊維で繭を編むというのは頷ける。
ヤママユガの項でも触れたが、人間はシラガタロウの腹を切り裂き、絹糸腺という繭の糸を生産する器官を取り出して、酢などで処理し、釣り糸に利用する天蚕糸(テグス)を編む。平たく言えば、クスサンの出す繊維は数キロの重さを持つ魚が暴れるのを制するだけの強度を持つということだ。
スカシダワラと並んで、もうひとつの怪物体が同じように見られた。やはり裏山の木々や、伐採された枝についていたのだ。柄杓の柄のような紐で枝から下がっているそれは、褐色のスカシダワラとは違ってヤママユガの繭のように淡緑色の上品な色をしており、そのテクスチャもヤママユガの繭同様、深みのある風合いを醸していた。上部を直線的に裁断してファスナーで閉じたような形態で、下部はすぼんでいた。これはヤマカマス、またはヤマヒシャクと呼ばれる、やはりヤママユガ科のウスタビガの繭だった。カマスは俵とは別の稲嚢の一種で、ヤマカマスはこれに似た形状であるらしい。稲荷寿司には俵型とカマスに似たタイプがあるが、いずれも稲嚢であることから、その名がついたと思われる。
スカシダワラもヤマカマスも、奇妙ではあったが、決して珍しくはなかった。山に極当たり前に毎年見られるものだった。自然は人間側に対して常にスケルトン仕様だった。だが杜氏は少なくともここ十数年、スカシダワラもヤマカマスも見ていない。スケルトン仕様を閉ざしてしまったのは自然ではない。そう仕向けてしまったのは人間側である。あるいは、未だ山にもう一歩踏み込めば、懐かしいこれらを目にすることが出来るのだろうか。家にこもってゲームに興じることが遊びで、習い事に忙しい現代の子供達にとって、スカシダワラもヤマカマスも、インターネットの中の情報に過ぎず、実物は幻に等しい存在であるに違いない。それとも、人間が自然に対してスケルトン仕様のスタンスを取る日が訪れるのだろうか。
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