クワゴ

カイコのご先祖というのは安直かな?

 会社で、「野生の豚は猪だけど、野生の牛っていないよね」という会話になった。野生の牛とは文字通り野牛で、世界各国に現在も棲息しているバイソンやバッファローなのだろう。日本にも野牛なる地名や人名も散見され、多分、古くは牛も野生の生き物であったに違いない。だが、野生の犬であるオオカミが駆逐されたように、野生の牛も全て飼い慣らされて、農耕や貨物運搬、搾乳や食肉用に専ら人間生活に寄与させられることになったのだろう。徳川家の武術を仕切り、政治的陰謀に奔走した家は、ヤギュウはヤギュウでも柳生で、柳とは関係があっても牛とは無縁なようだ。
 また、岩手では野牛の化石が発見され、氷河期には陸続きだった大陸からの野牛の移入もあったらしい。
 馬は野生種であるシマウマなども飼育されている馬とあまり形態的にも変わらないし、飼育されていたものが野生化したもの、本来の野生馬との区別も定かではない。きっと岩本兄弟がそのキャリアを抹殺したいと願っているに違いない、シロー(岸部シロー)とブレッド・アンド・バターの唯一のヒット曲に「野生の馬」があるが、それも野生種を意識したものか、野生化した馬を念頭に置いたものなのか、判然としない。因みに「と」と「アンド」が同居しているのは文法上据わりが悪いが、英語のブレッド・アンド・バターはブレッドンバターと短縮して発音され、「バタ付パン」というひとつの概念であるから、まあどうでもいい話。
 野生の犬はオオカミが滅んでしまった日本にもいる。タヌキ、キツネ、つまり狐狸妖怪である。進駐軍はタヌキを見つけ、自国のアライグマに似ていることから、「ラクーン・ライク・ドッグ」つまり、アライグマみたいな犬と呼んだらしい。
 「風の谷のナウシカ」で、トルメキア軍が他国への差別化兵器として活用しようとした「巨神兵」は機械ではなく、生物兵器である。バイオテクノロジーによって人間から人為的に変異された生物なのだろう。そのモティーフはおそらく北欧神話に頻繁に登場する巨人であろう。神話には巨人同様、小人(Dwalf)もしばしば登場する。白雪姫を匿ったのもその残党かもしれない。巨人も小人も完全に善良でもなければ邪悪でもない。邪悪な部分も持っているが、それは普通の人間も同じことだ。巨人の多くは人間に斃され、死骸が山脈や大陸となって、人間に貢献している。お山の大将になりたがっている新聞屋の野球チームはこの人間と敵対関係にある巨人族の名(ギガンテスの派生語)を僭称しているが、滅ぼされる運命にある存在であることを認識しているのだろうか?

 クワゴは飼い慣らされてカイコガになったと言われている。漢字では野蚕と綴る。文字通り野生のカイコである。確かにカイコに似た繭を作って蛹化するが、カイコに比べて繭は圧倒的に小さく、利用価値はない。カイコが羽化しても飛べないのに対して、クワゴは自在に飛び回ることが出来る。実際に在来のクワゴがカイコになったのではないらしく、中国にもいるクワゴを累代飼育して人間の都合のいいように品種改良したものが、日本に持ち込まれたということらしい。在来のクワゴはそのような理不尽な目には遭わなかったようである。
 桑は人智では計り知れない霊力を持つ植物として、古代から認識されているらしい。雷が桑の木には落ちないとか、魔除けになるとして崇められていたフシがある。恐ろしい目に遭ったり、怖い話を聞いたときに唱える「くわばら、くわばら」という一見意味不明なまじないのようなものも、桑原から来ていると言われる。桑の木で作った製品に魔除け効果を期待する風習も未だ根強く残っているようだ。人名地名にも、桑原をはじめとして桑名、桑田、桑島、桑代、桑野、桑山、桑本などがあるが、そのご利益にあやかってのことだろう。であるから、聖なる植物・桑を食する昆虫、カイコにも人間は神聖性を見出していたのではあるまいか。おコ様(カイコのコを取って)などと呼ばれるのも、その名残かもしれない。そのワリには、繭を取った後の蛹を、釣の餌にしてしまうといった不敬を働いていたりするのだが。
 同じようにケヤキも高貴な木であるらしく、大江健三郎の著書に「けやけき木」なる記述があったが、ケヤキを食樹とするヒオドシチョウなどの昆虫までが崇め奉られているという話は聞かない。
 クワゴの幼虫はカイコのような真っ白いのっぺりしたものではなく、鳥の糞と見分けがつかないほど似ているイモムシである。カイコは人間の庇護を受けているうちに、鳥の糞に擬態する必然をなくしていったのだろう。よく見ると、尾状突起や頭の後ろの瘤のような突起に共通点が見られる。実際の頭は極小さいのだが、突起で大きく見せて捕食者を惑わせるのだろう。腹足だけで木の枝に掴まり、上体を反らせる生態も共通している。この様子を昔の人は馬に擬えたらしい。ちょっとシャクトリムシの生態にも似ている。終令になっても50mm程度と、やはりカイコに比べるとやや小さい。
 繭は枝に釣り下がる形で作られる。前述の通り、大きさが小さいのでそこから絹を紡ぎだそうとする人はいない。そのようなもので代替しなくても、既に中国から養蚕技術が輸入されていたのだろう。クワゴにとっては幸いなことである。クスサンやヤママユガはそのようなワケにはいかず、繭を利用されてしまう。
 羽化した成虫は、開帳50mmほどの意外と大きなガになる。地味な茶色をしているが、図鑑などで見るよりは実物はずっと美しい。波状の紋がオシャレである。翅自体もやや反り返っており、一見スズメガにも似ている。やはりのっぺりした印象のカイコの成虫を想起させるところはない。地味なモスラといった趣きがある。年三化ほどするというから、ライフサイクルも短く、繁殖は活発である。成虫はクワゴモドキ(実はカイコガ科)、クワゴシャチホコのように類似種が多いが、特に毒性があるとか食べても不味いとかいうことは耳にしない。どちらかと言えば、見過ごされ易い地味なありふれたガである。

 クワゴは確かに極めてカイコに近く、原種と言ってもいいほどであるのだが、出自からして、「カイコのご先祖様」とか「野生のカイコ」などと呼ぶには相応しくないようである。養蚕のみに活用され最早野生に暮らすことが適わないカイコは、クワゴとは全くの別種と見ても構わないのではあるまいか。
 さざれ石が巌となることなどないのである。野生の牛馬がなぜ今の日本にいないのかという問いへの答は明白だ。元々在来の牛馬は一部の例外を除いて日本にはおらず、既に飼育種、家畜として中国などから輸入されたに過ぎないからである。



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