メンガタスズメ

冥府の死者

 ジャパニーズ・ホラーが密かに海外でも人気を博しているようだ。常々杜氏には、欧米のマヌケな形状をしたゾンビやら、血みどろなスプラッターやら、アイス・ホッケーのゴール・キーパーのお面を被ってリチギに毎年ハロウィーンに現れ、キャンプ地がどこかで不道徳な交友に耽る男女高校生を次々襲ったりするオジサンやらが、サッパリ怖くなくて呆れていた。杜氏がホラーに強いかと言うと、全くそうではなくて、小学校高学年のときにうっかり観た楳図かずお原作の実写版ホラー上映中、ほとんど顔を上げてスクリーンを直視することが出来ないまま映画館を後にしていたりする。見えている恐怖ならかわすことが出来る。日本の怪談は見えない恐怖、人の心の悲しさを描いているから恐ろしいのだ。
 「エクソシスト」は杜氏が高校三年生の頃、評判になったホラーで、主演のリンダ・ブレアは確か杜氏と同年齢だったと思う。だが、キリスト教の道徳とか禁忌とかいった発想が土台になかった杜氏には、何が怖いのか、頭で解釈する必要があった。生理に訴えることがなく、理解という働きかけのワン・クッションが存在するホラーなどあまり意味がない。主題曲の「チューブラ・ベルズ」は、そンな余計な思考を強いることなく、情緒に直接訴えるものがあったが。意味ありげな惹句に皆がダマされてヒットしてしまった「サスペリア」など、うっかり入った映画館を、映画があまりにスットコドッコイなので途中で出て来てしまった。「歩ルター・ガイスト」は見えない恐怖を描いてはいたが、作品そのものよりも、映画に関わった人々が次々と不慮の死を遂げてゆく後日談の方がよほど怖かった。
 スティーヴン・キングが日本でも受け入れられているのも、本当に怖いのは人の心だという概念が、どの作品にも貫かれているからである。映画化された彼の作品が概して失敗するのは、欧米の恐怖をゴテゴテ脚色してしまう映像の作り手に問題がある。ホラー色の少ない「デッド・ゾーン」や「ショーシャンクの空に」(牢獄のリタ・ヘイワース)、「グリーン・マイル」などが映画としては成功しているのも、そういったことと無縁ではない。杜氏は「シャイニング」を原作を読まずに観たが、ホラーとして楽しめた。ジャック・ニコルソンの狂気が怖かったのではなく、その前のホテルに篭っている怨念の暗示がうまく描けていると思った。ジャック・ニコルソンに関しては、「いつもの熱演だな」と感じた。子供と奥さんを救出に向かう黒人のオジサンがあっさり殺されてしまうことなど、いくつか疑問があったが、原作を読んでそれも氷解した。原作と映画は別作品でしかない。キングがキューブリックに怒りを訴えたのも当然だと思った。(後に両者は、キューブリックの生前に和解するのだが) それはそれとして、さすがはスタンリー・キューブリックで、キングの表現世界をすっかりダイナシにしてしまう凡百の監督とは違っている。
 「キャリー」に始まり、「炎の少女チャーリー」(ファイアー・スターター)、「クリスティーン」、「呪われた町」(小野不由美の「屍鬼」の原典)、「It」、「クージョ」、etc. レンタル・ビデオ屋でいくら損をさせられたことか!

 税金逃れで海外生活を送っているある女流ホラー作家が不穏当な行状を雑誌で発表してしまったために、物議を醸している。その行状については、「何もそンなこと、世間一般に披瀝しなくても」などと、あまり感心はしない。ただ、彼女の作品、表現には常々感服するところがあり、「こンな具合にどこか壊れているから、あンな作品が描けるのか」と感じる。彼女に噛みついたという、ブロガー集団(個人ではあるまい)のきっこさんとやらには残念ながら共感することは出来ない。
 人は人の似姿に神のイメージを設定する。犬、猫、牛、馬といった馴染みの深い生物には家畜、愛玩動物として庇護する。鯨のような海に棲む生き物の中でも、同じ哺乳類として欧米の人種の価値観として感情移入出来る生物については、極東の野蛮な人間どもの生活が脅かされようとも、自分達の価値観を貫くために過剰な庇護を国際的な取り決めを用いても強行する。その結果、海の生態系は著しく変わってしまったらしい。元々強大な存在であった鯨を、唯一の天敵である人間が庇護してしまったら、結果は目に見えている。ノアの方舟の昔から、人間は同じ愚を犯し続けている。
 逆に違和感を覚える存在については、悪魔またはそれに準ずるものにに擬えてしまう。ヘビ、クモ、コウモリ、ムカデ、ゲジゲジ、オオカミ、キツネ、タヌキ、・・・・。欧米人が火星人(異星人)を頻繁にイカ、タコといった頭足類に喩えるのも、そういった傾向を反映している。かくいう杜氏も生物全般を愛してはいるが、ゴキブリとカマキリとはあまりお近づきにはなりたくない。生物はすべからく神の創造物などと言いながら、勝手なものである。
 そういった意味では、昆虫の中でもガが最も忌み嫌われているのではないか。同じ鱗翅目のチョウを妖精や天使に擬えておきながら、ガに対する冷遇は著しい。よくよく見れば、チョウとてガと同じような顔つきをしているし、鱗粉という剥がれ易い、ある意味、毒々しいものを身に纏っていることに変わりはないのだが・・・。その鱗粉が描く紋様が色合いが地味で、夜行性のものが多く陰湿さを連想させるから、チョウとは逆の待遇を受けているのだろうか?

 メンガタスズメというガがいる。開帳100mmは超える大型のスズメがである。メンガタは面形で、背(実際には胸部上面)に人面のような紋様を持つ。しかも、それが髑髏に見える。身体全体は地味で目立たない灰褐色であるのに、停まっているときには隠れている下翅は鮮やかな黄土色で、見ているもの(つまりは外敵)を驚かす効果がある。同じく上翅を畳んでいるときには隠れて見えない腹部も同系統の色を地とした縞模様で、しかも大変に太く量感があり、見るも者の意表を衝く。幼虫もスズメガの常で非常に大型で、終令は体長10cm以上にはなる。以上に艶やかな黄緑(褐色の個体もある)で、婦女子が嫌う典型的なイモムシの形を捕る。スズメガの幼虫の特徴でもある尾様突起は他のスズメガの幼虫とは異なってギザギザしており、S字型、見ようによってはクエスチョン・マーク型に捻じ曲がっている。幼虫の食草は広くナス科の植物であるようだ。
 このガは日本では南方系で、本州以南、特に南の地方に多いが、世界各国に棲息しているらしく、ヨーロッパでは不吉な存在として嫌われている。背負っている髑髏を、やはりヨーロッパ人も不気味に感じるらしい。それを見ることは不吉の前兆とされている。日本の朝グモ、夜グモのように、時刻で意味合いが違ったりはしない。もっとも、やはり夜行性であるので、朝昼に出くわす可能性も低いのだろうが。
 日本ではあまり表立った存在ではないが、大ヒットしたミステリ映画「羊達の沈黙」のポスターや原作の文庫本のカバーに、羊ではなくメンガタスズメが用いられていた。映画の中でも、殺された人々の口の中に、このガのサナギが押し込められていたという設定に用いられている。連続殺人事件の猟奇性を強調させるもので、メンガタスズメにはありがたくない設定である。
 スズメガはハチドリに似た習性、機能を持っている。空中にホバリングして静止し、長い管状の口吻を伸ばして、アサガオのyぷな奥行きの深い花の蜜を吸う。在来種でもエビガラスズメなどは11cmに及ぶ口吻を持っているが、海外ではその倍もある口吻の持ち主もいるという。そういった特殊な採蜜能力によって、花粉の媒介を果たしているのだが、メンガタスズメにはその長い口吻がない。どうやって食物を得ているのかといえば、ミツバチの巣を襲い、集められた蜜を掠め取るのだという。窃盗、しかも強盗の習性を持つという珍しいガである。巨大な身体を維持するには、効率的な栄養確保の方法が必要だったのだろう。よく養蜂家の蜂の巣にハチの反撃にあって蜜で塗り固められて息絶えたメンガタスズメが葬られているというから、リスクも伴う方法なのだろう。多分、やはりミツバチの巣を幼虫を求めて襲うスズメバチと同じく、ハタラキバチの群れに取り囲まれてハチが自らの身体を過熱させて起こす灼熱地獄によって蒸し殺されるのだろう。
 もうひとつ、メンガタスズメは、他のスズメガには持っていない特徴がある。「鳴く」のだそうである。飛翔しながら、かなりの高音で連続的に鳴くそうだ。やはり翅の振動で鳴くのであろう。残念ながら杜氏はこのガが鳴くところを聞いたことがない。だが、かなり異様な習性であり、驚かされることだろう。スズメガに限らず、他に音を立てる鱗翅目昆虫は、チョウを含めて杜氏は寡聞にして存じ上げない。
 欧州ではこのガを、ギリシア神話で地獄に流れているとされる二つの川に擬えてアケロンティア・ステュクスと呼ぶらしい。やはり冥府の死者扱いされているのであろう。

 髑髏の紋様といい、ハチの貯めた蜜を掠め取る習性といい、隠れた下翅と胴体のカラーリングといい、飛びながら鳴く能力といい、極めて異形のガであることは確かである。しかも、それは人間にとって快い性質とは言い難い。いや、それはかなり控え目な言い方で、不気味な要因をわざわざかき集めたような印象すらある。
 だが、如何に人間の感受性に受け容れ難い姿だとしても、それはある必然の積み重ねの帰着なのであって、それを以て冥府の死者だの不吉の予兆だの言うのは笑止千万である。もし鯨がメンガタスズメのように、人間にとっておぞましい姿をしていたなら、人間は過剰な庇護をしていなかったかもしれない。婦女子がこのガを見て、キャーキャー逃げ回るのは致し方ないとしても、鯨は鯨、メンガタスズメはメンガタスズメなのである。ある生物を、形状、色彩、習性などを以て忌み嫌うことはナンセンスであると心得る。



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