ミノガ

いにしえの雅


 日本の歴史はなぜこうも浅いのだろう。中国では数千年前の春秋戦国時代の出来事までもが、あたかも近代のことのように活写されている。ところが、日本で最も古くに活躍した人物は卑弥呼ぐらいからで、しかもそういう人物が実在したのかすら曖昧模糊とした伝承の中に隠れている印象がある。東洋に比べればキリスト生誕やシーザーの活躍を基点とする西洋史など浅薄に感じられるが、それにしたところで、卑弥呼の存在から数百年を遡る。日本は極東のアメリカだったのだろうか。大陸と切り離された未知の可能性を秘めた列島に、朝鮮半島や中国の外れから新しい希望を抱いた民族が移動して、彼らの夢が渾然一体となったことから歴史が始まったのだろうか。だとしたら、歴史が後発であることも頷ける。
 万葉集は為政者の歴史捏造の跡が窺われる古事記や日本書紀と比べると、史書ではなく芸術書であるせいか、政治色皆無とは言えないものの、大らかな気風が感じられる。表現も時代の流れに連れて急速に技巧に走って行く古今、新古今とは全く異なった自由闊達さにあふれている。一方で歴史の表舞台が壬申の乱のように血塗られたものであったことが想像できないくらいだ。
 当時は性の営みも大らかであったことを窺わせるものがある。半島の隣国のように儒教思想による道徳観念が、日本に根付いたのはおそらく遥かに後のことだったのだろう。国学者などという徳川幕府の秩序の長期安定維持に腐心した印象があるジャンルに携わる人物らが登場した江戸時代からなのかもしれない。
 万葉集の時代から藤原氏の権力が確立した平安時代あたりの女性は、夫の家に縛りつけられることもなく、また「二夫にまみえず」などと言っていては生活が成り立たなかったろう。平安時代では、恋愛は女性の家に男性が通うことによって営まれたという。「孝標の女」とか「道綱の母」とか、今日に残る文学作品の作者、今で言えば女流作家ですら父や子に従属した名前しか残されていないケースのあるが、女性の社会的地位の低さと共に婚姻関係の曖昧さも物語っていることをかすかに感じてしまうのは邪推だろうか。
 たとえば清少納言の夫のことがよくわからないのも、彼女が政争の中で破れた側に立たされていたことと無縁ではないだろう。決して多感さを物語っている訳ではあるまい。多感というなら、和泉式部の方がよほどお盛んだった風情が窺われる。清少納言の婚姻は決して恵まれたものではなく、幾度かの不遇を味わってきたのかもしれない。
 万葉集にまで遡ると、女性は男性に名を訊かれて名乗ってしまうだけで、結婚を意味するという閉鎖的なのか開放的なのかよくわからない状況に置かれている。結婚といっても、とてもプリミティブな形、つまり名を相手に知られることは性交渉につながる程度の認識だったのかもしれない。それにしても天皇に名を教えろと言われて拒絶できる女性はさほど多くはあるまい。有名な額田王も、その豊かな才能ゆえに天智、天武両帝に言い寄られたのであろう。英雄である兄弟が競ったのだから美しくなかったはずもないとは想像に難くないが、それを現代人が断定することは不可能だ。知的な麗人であって欲しいとは願うものの。
 悲劇の皇子・大津皇子も皇位継承者のライバルである草壁皇子と女性を競った形跡がはっきりと残っており、しかもその女性は継承争いの勝者である草壁の手に落ちたものの、大津に心を寄せていることを歌に明瞭に残しているのであるから、当時の女性には少なくとも意思表示を明確にするだけの権利は認められていたことがわかる。兄の意のままに政略の道具となっているお市の方とは大差がある。

 いにしえの女性達と似た生態を持つ昆虫がいる。ミノガ、つまり蓑虫である。どの木にもついていたように思えた蓑虫であるが、ふと気づくと近頃はめっきり姿を消しているように感じる。ある程度の年齢より上の方なら、蓑虫の蓑を剥いて中の黒い芋虫を確かめた経験があるだろう。色とりどりの端布や色紙をこの芋虫の周囲に散らしておくと、ほどなく満艦飾の蓑を作ってくれたことを懐かしく思い出す。
 蛾の一種で雄は普通に羽化して、あまり特徴のない蛾になるが、雌の生態が稀有である。一生羽化せずに蓑の中で過ごすのだ。生殖は蓑に通って来る雄の成虫と行われる。すなわち通い婚である。成虫の雌として外を飛びまわっている他の昆虫の雌は処女雌であるかどうか雄には識別ができるらしい。既に手入らずではない年増を敢えて狙って前の雄の精巣を掻き出してまで遺伝子を残そうとするトンボ類ならいざ知らず、昆虫にも慎みはあるらしい。ところが、外からは姿を窺うことができないミノガは、通って来る雄を律儀に受け容れるのだろうか。それとも、巣である蓑に既婚かどうかのサインが表示されているのだろうか。平安時代の性道徳同様、このあたりはよくわからず、多分わからないままにしておくのが粋というものだろう。
 蓑はひとたび作ったらその場所から動かないという訳ではなく、かなりダイナミックな方法で移動が行われる。糸を自分のいる木に絡ませて風を待ち、風に乗って移動先の木へと渉るのだ。渉るなどと言っても、その様子は「飛行」に近い。決まった食樹を持たず、広葉樹なら何でも食べるような雑食性とも見えるのも、こういった移動の生態によるものなのだろう。あるいは食樹に拘泥しないから、こういう豪快な移動が可能なのか。いずれにしても、蓑から一生出ない悲劇性を人間は勝手に仮定するだろうが、蓑は木に縛り付けられた家ではなく、機動性を持ったテントであると考えれば、案外他の蛾よりは活動的に感じる。これも男の家で家事をする風習を持ち得ないいにしえのカジュアルな女性の生き方を思わせる。携帯式の住居を背負ったフットワークの軽いギャルと見ればいいのかもしれない。かえって、せっせと蓑に通って脆弱な鱗翅を外気に傷つけられ、早く消耗してしまうと思われる雄の方が哀れである。

 「原始女性は太陽であった」と言ったのは平塚らいてうだったろうか。ミノガの雌の生き方は想像するより遥かに大らかで伸びやかであったらしい当時の女性達を偲ばせるところがある。
 そして案外な日本の歴史の浅さも、そういった道徳の手垢にまみれていない女性の闊達な生、性がさほど遠い昔のことではなかったことを同時に物語っている。



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