ミズカマキリ

最適解か? 適応分散か?

 ある目的があって、そこへアプローチする手段があると、手段に用いられる道具は、文明が海や山で分断されていたとしても、概ね最適な形へと帰着する。モノを食べるといった自由度の高い動きに対しては、西洋のナイフ・アンド・フォーク、東洋の箸といった具合に多様化することもあるが、離れた場所から獲物を斃す、乗り物で移動するといった目的に際しては弓矢、車輪といった具合に、洋の東西を問わず、在り方も殆ど同じ形態へと向かう。円形でない車輪など考えられない。
 自然界には人間から見て非常に奇矯な生態を持つ生物が多いが、それもいくつかの偶然と必然を、何世代もの繰り返しを経て通り抜けてきた結果であろう。いや、それは単なる経過でしかないのかもしれない。そういった仮説が進化論を導き出すことになる。
 水というのは生物にとって命の故郷であると同時に、危険な環境でもある。鰓という呼吸器官を捨て去った以上、それ以外の限界がある手段を講じなければ、水棲は不可能である。丘に上がった生物は広大で自由な生活空間を得たが、リスクも拡大した。一方で水中は依然豊かな生命活動を営むだけの魅力を醸している。呼吸法を克服して水中に戻っていったのが、水棲昆虫なのであろう。

 ミズカマキリが何に似ているかという問いへの答えは自明である。タガメ、タイコウチといった水棲の半翅目昆虫、つまり、水に棲むカメムシである。同じ鞘翅目昆虫同士でミズスマシがゲンゴロウに似ているのと同様である。半翅目は半翅目でしかなく、身体の構造はミズカマキリもアブラゼミもツマグロヨコバイも共通点を持つ。
 だが、一見してその名の通りカマキリに似ていることは否めない。他の生物を捕食するといったライフ・スタイルが相似的に、直翅目(一説には独立した蟷螂目)のカマキリと半翅目のミズカマキリを結び付けている。本来は縁もゆかりもない種同士が、遺伝的、分類学的には希薄な関係ながら、偶然と必然からたまたま、ああいった形態に陥ってしまったのだろう。
 カマキリは人間に対する激しい攻撃性から、気性の荒い昆虫であると認識されている。だが、その生活は意外とアグレッシヴではなく、待ち伏せ方の狩りを営む。これはカマキリの体色がニッチである草原の緑、地面や枯れ草の褐色というように保護色を成していたり、ハナカマキリのように花に擬態していることからも類推できる。ミズカマキリも水中で静かに獲物を待ち、機を見て襲いかかる生態が共通している。象徴的な類似点は前肢が鎌状に発達して、生物の捕獲に適していることであるが、頭部が横に突き出し、目(複眼)がその両端に位置して、全方位を見回せる構造になっているという特徴の共通性も見逃せない。待ち伏せ方に適した形態なのであろう。
 実際の食糧の摂り方は著しく異なっている。カマキリが強い顎で獲物を咀嚼するのに対して、ミズカマキリは多くの肉食の半翅目昆虫と同様に、口吻から消化液を獲物の体内に送り込んで組織を溶かし吸汁する、体外消化の形態を採る。
 ミズカマキリの体型はスリムである。体長4050mmと大型である上に、同程度の長さの二本の鞘状の呼吸管を尾に持っているので、余計に細長く見える。これに対してカマキリも細長い体型を持つが、産卵に備えて腹部は案外膨れている。ミズカマキリが水棲半翅目昆虫の中で最も飛翔に長けているのに対して、カマキリは飛ぶことは飛ぶものの、外敵の意表をついて飛ぶような印象である。長くも高くも遠くへも飛べない。確かにカマキリに突然飛び立たれると、かなり威嚇されてしまう。
 ミズカマキリの飛翔の巧みさ、つまり機動力は、ニッチの拡大にも直結している。タガメ、タイコウチが数を減らし、高値で取引されているのとは対照的に、ミズカマキリはプールにも飛んでくるし、市街地の湖沼などの止水域でも繁殖することができるのだ。また、タウコウチが水深の浅い部分で活動するのに対して、ミズカマキリはより深い領域で生活しており、棲み分けを実現しているのだという。呼吸管の長さも影響しているのだろうか?
 獲物を貪り食うワケではなく、体内を溶かして吸汁するためか、食事時間は長く、獲物を抱えたまま十数時間も体液を吸い続ける性質を持つ。前肢は相手に致命傷を与える武器なのではなく、逃げ出さないように押さえつけておく機能が支配的である。一旦、その前肢でおさえつけたら最後、すっかり身体中を溶かすまで離さないそうだ。吸汁するので、キチン質に覆われた昆虫よりも、オタマジャクシ、カエル、小魚といった体内が充実した獲物を好むように見受ける。
 翅が濡れたままでは飛ぶことができないので、丘に上がって(水草などにつかまって)翅を乾かしてから飛ぶ性質があるようだ。ゲンゴロウの甲羅干しのように、水カビから身を守る効能が、この日光浴にあるのかどうかは不明だ。
 産卵は陸上のコケなどの湿潤な環境を選んで行われる。卵には二条のヒゲ状の突起がついており、卵の中の孵化前の幼生の呼吸を補助する機能があると認識されている。産卵後、十日後あたりで孵化する幼虫は半翅目昆虫なので不完全変態であり、親と似た姿をしている。すぐに水中に入り、脱皮によって五令ほどの段階を経て、四〇日程度で羽化する。産卵は五〜七月と広いアローアンスを以て行われる。
 大型昆虫の常として成虫の期間は長く、秋を生き延び、更に成虫越冬をする。水底の岩陰などでジーっと静かに冬をやり過ごすらしい。
 杜氏が子供の頃、タイコウチもミズカマキリも水田や小川などで普通に見られたが、どちらかと言えば、タイコウチの方が馴染み深かったように記憶している。タイコウチの方が浅い水域に分布していたせいなのだろうか。タイコウチもミズカマキリも、水中の怪獣じみた造型を持っており、見つかれば子供達を喜ばせるような存在である。こうした怪獣を身近に感じることが出来ない今の子供達を気の毒に感じる。

 ミズカマキリが今のところ、環境適合上、アドヴァンテイジを持ち得たのは、カマキリに似た形態というよりも、飛翔力の高さ、つまりは機動性の発揮にあると思われる。それを引き出しているのは、細長い体型である。極普通に見れば、極端に走っているとしか思えない部分が、優位に働いているということになる。ただそれも、人間がターミナル・アニマルとして恣意的に自然を捻じ曲げている現代に適合しているとしか言えない。タガメ、タイコウチも、人間の目に触れるような環境では棲めないので、適合可能なニッチへと退避しているに過ぎない。これから先のことなど、誰にもわからないし、人間ごときに絶滅を危惧してもらう筋合いなど生物にはないだろう。レッド・データ・ブックなどを作ること自体、人間の傲慢でしかないように、杜氏には思える。もっとも、人間はノアの時代から自分達が選んだ生物だけが生き残るという愚かな考えを持ち続けているのではあるけれど。



Winery 〜Field noteへ戻る