モノサシトンボ

ラジオ体操の朝

 もう昔話になってしまうかもしれないが、現民主党党首の菅直人が厚生大臣(今なら厚生労働大臣)だった頃、HIVウィルスの大きな感染源となった血液製剤流通経緯の齟齬を内部告発したことがあった。テリー伊藤著の「お笑い大蔵官僚」で、ダシにされていた大蔵官僚がその「手口の巧妙さ」を語っているのを読んだ。官僚というのは几帳面を以て任ずるところが大で、「お前の分担はここからここまで」と決められるとその範囲の調査を徹底的させなければ気が済まない習性を持っているらしい。だから身内の不正と指弾されるべき事実が次々と明るみに出る結果となってしまったらしい。その官僚は「菅直人は頭がいい」と語っていたが、逆に官僚がバカなンじゃないかと感じた。自分が頭がいいと思い込んでいると、こういう単純な陥穽にも落ちてしまうものなのだろう。気をつけなければならない。
 とはいえ、習慣、習性から思わぬ行為に走ってしまう気持ちはわからぬでもない。

 ラジオ体操というものがある。夏休みの小学生達の生活習慣を規則正しくするという名目で行われる日本各地の伝統行事だ。今でも夏の通勤途中に通りかかる公園で、細々と継続されているのを見掛ける。六時起きしてそれにいそしんでから、家へ戻ってまた寝直すという大変有意義なイヴェントだった。参加すると専用のカードにスタンプがもらえる。スタンプを捺すのは列の前に立って体操の模範を示す六年生。カードはセルケースは何かに入れて首からぶら下げていた。その六年生には誰がスタンプを捺したのか? 忘れてしまった。杜氏のような人の動きに合わせることができない者がどうして模範など示せたのかも。
 ただ、スタンプをきれいに並べることには思い入れがあった気がする。毎年皆勤賞だった。本来、皆で集まって同じことをお仕着せでさせられるなど、杜氏には苦痛でしかなかったはずなのに、スタンプを欠かさないという目的のみで通っていた。体操は無論嫌だった。でもスタンプは欲しかった。案外、学校側の思う壺にはまっていたのかもしれない。厚生(労働)省の役人のことを笑えない。
 体操をしているとき、足元には大概イトトンボが飛んでいた。必ずというワケではないが、かなりの確率でイトトンボを見ることができた。雑草が生えている広場で体操は行われていた。朝露が宿る草原を群れるというワケでもなく、イトトンボがふわふわと飛んでいる光景が目に焼き付いている。

 カゲロウ、ナナフシ、ガガンボ、吸血をしないカの雄など、か弱い印象の昆虫は数多いが、イトトンボほどかそけき印象の昆虫はいない。イトトンボとしか命名しようがないか細い身体、それに見合った繊細な翅。その中でもモノサシトンボは印象的な方だった。腹部のフシごとにモノサシの目盛のような白い紋様があり、その間隔は几帳面に規則性を持っているように見えた。イトトンボの中では大型だったが、それでもイトトンボはイトトンボに過ぎなかった。どのインターネットのWebを調べても、モノサシトンボなどのイトトンボが何を食べているのかには触れていない。トンボの類なので肉食に決まっている。だが、あのようなか細い昆虫に捕らえることができる虫などいるのだろうか。
 多分、ラジオ体操の音楽が流れる朝露の宿る草原には、イトトンボにも捕らえることが出来る微小な昆虫がいたに違いない。ウンカとか小型のカとかブユとか、そういった類のものだったのだろう。
 意外なことに気付いた。モノサシトンボは体長が40mmほどある。案外体長だけは大きいのだ。ひょっとするとアカトンボ、つまりアカネの類よりも体長だけなら長いのかもしれない。北の湖と千代の富士では、北の湖の方が遥かに大きく見えたが、実際には身長では千代の富士の方がかなり高い。それと似た目の錯覚の一種だろう。だが、あの体型では旺盛な捕獲力など発揮しようがない。肉食昆虫は草食のものと較べて、どうしても食糧の獲得にはエネルギーを要する。獲物に出会う機会にも、常に恵まれているとは限らない。イトトンボはヤンマのように飛翔能力、捕獲能力を強化し、武装化することによって旺盛な生命力を展開するのとは逆に、基礎代謝を最小限に留めて少ない機会を有効に活かす方向を採った昆虫であろう。何らかの困難な命題が与えられると、モノゴトは二極化に向かう傾向がある。コンピュータにおけるPCとスパコンなどもそれだ。複雑系の実社会の問題において、答は一意に定まるものではない。イトトンボとヤンマの"In between"に位置付けられるカワトンボなどの原始的なトンボ、シオカラトンボに象徴される中型のトンボ、アカネのように集団で生活する小型のトンボもそれぞれ正解なのだ。
 イトトンボの飛翔能力はさほど高くはないと思われ、ヤンマに較べれば自ずと生活圏も制限される。モノサシトンボが水辺近くに多く見られるのも、産卵、孵化、幼虫(ヤゴ)としての成長が為される水中周辺でしか生きることができない事情によるものだろう。ラジオ体操が行われていた広場には、防火用水と呼ばれる火災に備えた水槽があり、一度も役に立たないまま様々な水棲昆虫に棲み家を提供していた。イトトンボ達もそこを目当てに広場の草原で生活していたに違いない。モノサシトンボほど目立つワケではなかったが、アオイトトンボやグンバイトンボ、キイトトンボなどの姿もラジオ体操の広場には見られた。生活圏は狭いだろうが、イトトンボの類も、他のトンボと同じくつがいでハート型を描く美しい交尾を営むし、水面に尾(産卵管)を叩きつける打撃型の産卵を見せる。スリムであっても幼虫はヤゴとなるし、ああ見えてトンボはトンボなのだ。
 イトトンボの省エネ戦略は生命の維持にも有効な手段らしく、オツネントンボ、ホソオツネントンボなどは、その名が示す通り、成虫の姿で越冬、つまり越年(オツネン)するという。残念ながら気温が下がると活動は不活発になるので秋や冬に目にすることなど滅多にないが。オオクワガタのように頑健な姿の昆虫ならともかく、トンボの類で成虫での越冬を遂げる種は他には見られない。か弱い姿がもたらす意外なメリットであろう。

 ラジオ体操が今の小学生にとって夏休みの生活の一部として残っていたこと自体驚きだったのだから、最早皆勤賞獲得に情熱を燃やす小学生など存在しないであろう。杜氏が皆勤賞を志向できたのも、他の小学生達が家族旅行だの親の盆帰りに連れていってもらうなどの僥倖に浴していたのに対して、夏でもバカンスなどないのが当たり前という耐乏生活の代償だった。代謝を最小限に抑えてつましい生活を送るイトトンボと似ている事情からだった。お盆に毎年国民大移動で幹線道路が渋滞し、交通機関が大混雑を来すのをTVで他人事として眺めていると、杜氏は今に至るまでイトトンボの習性が身についていることを実感する。

 そういうこともあってか、夏の水辺の低い空間をつましく飛んでいるイトトンボが、杜氏には一服の清涼剤のように感じられる。



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