

勝海舟が大都市江戸を戦火から守った大英雄であるとされていることには違和感を覚える。確かに結果としてそうなったのかもしれない。先見の明や大局観に長けていたことも事実だろう。だが、姑息に立ち回って、幕府の中核にありながら主を売った変節漢という見方も出来る。ライヴァルとして知る人ぞ知る小栗上野介忠順は、最後まで幕府、将軍を守ろうとした結果、薩長の恨みを買い、「咎なくして死す」ことになる。囚われた小栗を一顧だにせず、見殺しにした勝には未必の故意を感じてしまう。小栗は優秀な幕臣だったが、反骨心も強く、頑迷固陋に権力志向をかざす上司と幾度となく衝突し、役を降りることを繰り返していた。だが、時代が小栗を求めていた。小栗でなくては為し得ない事業が次々勃発し、その都度要職に請われたという。
横須賀港は維新後、軍港として栄えたが、戦後は米海軍の基地となっている。市民は立ち入ることが出来ない。その「ベース」の元となったのが、小栗が若きフランス人技術者(B・ヴェルニー技師長(当時二九歳)を説得して建てた幕府海軍造船所だった。天然の良港は戦時中から米軍の注目するところとなり、進駐の直後から今に至るまで「米国の領土」となってしまった。
どう見ても勝より小栗の方が大量に汗をかいており、今に残る業績も多いのに、小栗のことを顧みる人は少ない。間尺に合わない悲劇的な最期に報いる再評価の声もさほど大きくはない。
このように世から不当な扱いを受けている人物、事象は枚挙に暇がない。
行楽シーズンが一段落した海へ出ると、海水浴客が残したゴミや流され・七夕の笹、沖からの漂着物など、ありとあらゆるものが流れ着いている。また、フジツボをはじめとしてイソギンチャク、カメノテ、ナマコ、砂浜に根を張ったようなクラゲの一種、カイメン、ヒザラガイ、タコノマクラ、アリストテレスノチョウチン、etc.といった動きの少ない、生きているのかいないのかわからない得体の知れぬ生物が多い。だが不思議なことに生物と無生物の違いはどんなものでも直感的に見分けることが出来る。生物の死骸と無生物すらどことなく違いを感じるものだ。人間の生物としての本能なのだろうか。
何か別の生物に似ている生物は多い。クダマキモドキなど近似種で似ていると確かに区別がつきにくい。だがいくら似ていてもカマキリモドキをカマキリと見間違えることはない。人間は本能的に生物を直感的に分類する能力を持っている。ただし、本能の壊れている人もいる。
ノコギリクワガタは大顎がノコギリ状にギザギザがあることからその名があるというが、ノコギリカミキリは主武器である大顎ではなく、触角がノコギリ状であることから命名されたらしい。ノコギリというよりも節がひとつずつしっかり際立っているので、凹凸が目立つといった方が適切かもしれない。見分けのつきにくいニセノコギリカミキリとも、この触角の節の数の違いで区別される。サイズにばらつきがあるが、大きいものでは5cm近いかなり大型のカミキリムシである。普通カミキリムシは掴まえると「キィ、キィ」と音を立てる。これは固い胸と翅の付け根をこすり合わせた擦過音だ。ところがノコギリカミキリは多くのカミキリムシとは違う音色を出す。前翅と後肢を擦り合わせるようだ。虫の鳴き音をカナ標記すると大抵は陳腐となり、実態から離れるようになる。古い図鑑でヒグラシの鳴き音を「ケッ、ケッ、ケッ」と標記したものがあった。ノコギリカミキリは「シュ、シュ」だそうだ。これも違うような気がする。
夜行性で朽ち木などを食糧としているらしい。灯火にも寄ってくるので、都市部でも比較的馴染みが深いカミキリムシと言える。
このノコギリカミキリが大変な汚名を着せられている。黒く光沢のある表面がゴキブリを思わせ、間違えてギョッとする人も多いと言うのだ。杜氏にはその感覚がよくわからない。第一大きさが違う。大型のクロゴキブリと間違われるのだろうが。ノコギリカミキリの方が遥かに大きい。
身体の厚みも違う。ノコギリカミキリは甲虫独特の重厚な姿をしているが、ゴキブリは狭い住居の隙間でも平気で逃げられるように、ひらべったい形状をしている。
触角が違う。ゴキブリのよく動く、細長い触角は、あの虫の不気味さを象徴しているが、ノコギリカミキリのそれも命名の由来となるくらいだから長い上に堂々としており、ギザギザも造形美となっている。
肢も違う。素早い地走りに適した軽そうな肢を持つゴキブリに対して、ノコギリカミキリは甲虫類の樹上生活の常として、がっちりしがみつくのに適した頑丈な肢を持ち、先端にはかぎ爪が着いている。そもそもゴキブリの特徴である肢の毛はない。
目が違う。ノコギリカミキリの目は平たく大きな複眼の集合体で広角な範囲で周囲を捉える構造になっている。何に似ているかと言えば同じ甲虫のキマワリに似ている。
構造が違う。ゴキブリの頭部、胸部、腹部は曲線的に連結されているが、ノコギリカミキリのそれは直線的である明確に分かれている。
翅の合わさり方が違う。ゴキブリは和服のように互い違いに合わさった浴衣の様相だが、ノコギリカミキリは他の甲虫同様、前翅が背中を隙間なく被う甲冑のようである。翅の模様も支脈を持つゴキブリでは木の葉のようだが、ノコギリクワガタはノコギリクワガタとしか表現できな形状でしかない。
つまり似ているのは色と光沢だけに過ぎない。杜氏は前述したようにゴキブリだけは昆虫でも勘弁願いたいクチだが、暗がりだろうが寝起きだろうが、絶対にノコギリカミキリとゴキブリを見誤ることなどあり得ない。どこの唐変木がそのようなことを言い始めたのか知りたいものだ。ゴキブリに似ているという風評だけで、ノコギリカミキリはシロスジカミキリやクワカミクリ、ウスバカミキリ、ゴマダラカミキリといったカミキリムシ一般の昆虫よりも人気薄であるという。人気があれば乱獲される傾向にあるので、ノコギリカミキリにとっては悪いことではないのかもしれないけれど・・・。
日本の近代化に大きな功績を残し、当初日本への技術協力をしぶっていたヴェルニー(及びフランス)の心をその人柄によって動かした小栗上野介は、大政奉還後も最後まで徳川慶喜に付き従っていたことを咎められ、刑場に散った。幕臣でありながら幕府に逆らい、罷免と復職を繰り返し、反骨心を表した人であるのに。硬骨漢で人望があっただけに、反薩長のシンボルとして目の仇にされたに違いない。その下に人が集まれば、新政府にとっての火種となることを恐れたのだろう。よく、幕末の幕臣(新撰組、彰義隊、会津藩、桑名藩、etc.)を「時代が見えていなかった」と片付けることがある。新撰組などには別段同情する義理もないが、小栗上野介は若くして世界一周を経験し、ヴェルニーらとの交情からも窺えるように国際人で、非常に高い先見性を今でも評価されている。東郷平八郎などは、日本海海戦でバルチック艦隊に勝ったのは小栗氏のおかげであると、帰国後小栗の遺族を呼んで深謝を顕したという。東郷は薩摩出身で、本来は小栗を排斥した側に属する人物である。
勝海舟ばかり評価して、実質的にはそれ以上の功績があったのかもしれない小栗にさほど視線が集まらぬように、全く似ていないノコギリカミキリとゴキブリを見間違えるのもまた世間なのかもしれない。
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