オオギンヤンマ

昆虫に国籍意識などない


 土佐の漁師・万次郎は十四歳の折に足摺岬で操業中に難破してしまい、孤島(鳥島)に漂着したところを難を逃れた仲間達と共に、米国の捕鯨船に救助された。若い万次郎は好奇心旺盛だったらしく、英語にも馴染み、船長に可愛がられた。で、船長は彼をアメリカ本国へ連れ帰って、英語、数学などは無論、造船、航海学を授けることになった。図らずも留学してしまったことになる。有名なジョン万次郎、中浜万次郎の若かりし頃の数奇な運命である。折から鎖国を敷いていた徳川幕府が、諸外国から開国を迫られ、攘夷運動が巻き起こり、明治維新に向かって急変する時代の前夜だった。

 当時、領海という概念があれば、万次郎を救った米国捕鯨船はそれを侵犯していたことになる。杜氏もハイテク産業に従事する者の常として、いささか危ないものにまつわる仕事もしていたりする。例えば、観測波形から海中に潜む潜水艦の形状、船籍を特定する対潜哨戒機に搭載する解析用プログラムの開発、改善などである。中国のものらしい潜水艦が日本の排他的経済水域を侵して航行していたらしいニュースは記憶に新しいが、それも対潜哨戒機によって特定されたに違いない。人間の世界は何かと面倒なものだ。

 生物についても、国を跨る持ち出し、持込みは、ワシントン条約によって規制されているが、実際には船底や輸入が許可された植物などに付着して、かなりの種類の生物が他国から入り込んでくる。船の往来が激しい東京湾などでは、在来の生物を押しのけて帰化した種類が支配的に棲息するようになってしまった。ただ、帰化した生物に無論悪意などあろうハズもなく、普通に生活していたのが、いつの間にか外国につれて行かれたに過ぎないのだから。それに、ある生物が棲息地を決めるには理由がある。気候風土がその習性と合致しなければ定着は出来ない。不幸にして適地ではない場所に辿り着いた生物は、国境を越える以前に生き延びることが出来ないというリスクを負うことになる。

 漂着は飛行機、船舶といった人為的な乗り物に仲立ちされるものだけとは限らない。事実、渡り鳥にとって国を越えて移動することなど異常でも何でもない。鳥に出来ることなら、飛翔力の高い昆虫、鱗翅目、直翅目、蜻蛉目にも可能性がある。

 毎年決まって日本を襲う災害とは何だろう。台風である。台風に巻き込まれて、東南アジアに棲息する昆虫が否応なく日本に運ばれることがある。オオギンヤンマは本来、東南アジアから沖縄諸島に棲む昆虫であるが、台風の後、九州〜北海道で見られることがあるようだ。これも飛翔力の強い昆虫であるから、台風に影響されることなく飛来するケースもあるようだが、圧倒的に多いのは台風以後に突然大量に目撃される場合であるようだ。
 ギンヤンマは見映えのする大型のトンボであるが、オオギンヤンマはギンヤンマより更に一回り大きく体長は85mmと9cm近くに及ぶ。オニヤンマよりはやや小さいが堂々たる昆虫である。クロスジギンヤンマに外見は似るが、腹部付け根のブルーのワンポイントが在来種より鮮やかである。だが、明らかに外国産を思わせるような奇抜な特徴は見られず、国産の在来種であると言っても通用するような印象だ。こういった、本来棲息しないハズの地域に出現する種を偶産種または飛来種と呼び、他にも季節風に乗って飛来するタイリクアキアカネなど数種類を数える。
 トンボの場合、群で飛来することが多いので、雌も雄も一緒に運ばれてくる。飛来した先の日本でテリトリーを持ち、その周辺をパトロール飛行し、雌を迎え入れて、生殖、産卵も普通に行う。だが、夏、秋までは乗り切れても、日本の寒い冬には適合できないに違いない。成熟成虫の観察記録はいくらでも残っているが、幼虫や成虫への羽化は観察されていない。遥か南方から飛来する(台風の力で否応なく運ばれるにせよ)能力を持ち、日本の夏、秋に順応する高い適合力はあっても、卵から羽化へと至る生活史を日本で送ることが出来ないのだ。哀れである。
 ジョン万次郎はそもそも周囲が自分とは異なった言語を話していることだし、体格から顔つきが違う人達の中に突然放り込まれて、順応する努力を払ったであろう。だが、オオギンヤンマはそこが自分達の住んでいた国とは全く異なる外国であることすら認識していないと思う。その上で、何ごともなかったように、日本の環境に適合してしまうところが凄いと言えば凄い。

 また、台風は理不尽なものの代表である。かつてナイル川は氾濫を以て流域の地形を変え、肥沃な大地の形成に一役買ったと伝えられているが、台風もマクロな視点で捉えれば、文明をシャッフルするだけのエネルギーを列島に与えているのかもしれない。地震、火山活動、台風と、決して広くはない国土を常に脅かされている日本という国は、例えば中国などと比較して刺激にセンシティヴであるのかもしれない。だからこそ、ゴジラというユニークな荒ぶる神を創作することができたのだろう。
 オオギンヤンマの飛来は、結局迷い込んで、この国で成虫のみ生活することが出来ても、根を下ろすことが出来ずに、何の効果も生んでいない現象と見るのが普通だろう。だが、もしかすると、際限なく飛来が繰り返されるうちに、日本の冬の環境に順応する個体が現れやがて定着する前ぶれなのかもしれない。その日本に適合したオオギンヤンマの姿が、ギンヤンマやクロスジヤンマそのものだったとしたら、洒落にも何にもならないのだが。

 本来居るハズのない生物がいるということは物凄く不自然なことだ。それこそ、石神井公園の池にワニが現れたらニュース沙汰になる。杜氏が二十歳の頃、受験に失敗して実家にいられず品川に一人暮らししていた友達とくすぶっていた時期があるが、近くを屠殺場から脱走した牛が徘徊しているというTVニュースを観て、外出したことがある。駅前のパチンコの前が騒がしいので、行ってみたところ、巨大な牛が生きたまま運び出されるところだった。パチンコ屋に逃げ込んだところ、逃げ場に窮してしまったらしい。パチンコ屋の客はさぞ驚いたことだろう。石神井公園のワニにせよ、青物横丁のパチンコ屋に立ち寄った牛にせよ、人為的な要因からなるハプニングだから不自然の極みとなる。だが、台風がもたらすオオギンヤンマの偶産は不自然で無意味なようでいて、永続的な自然の営みの中では極めて自然なことなのかもしれない。ジョン万次郎が坂本竜馬ら時代を大きく動かした人材を啓発したのが、後から思うと必然としか感じられないのと同じように。



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