オオキベリアオゴムムシ
アマガエルの受難
草むしりをしていると、意外な昆虫に数多く遭遇する。卵を抱えて逃げ惑うアリ、アリの巣に居候を決め込んでいた見かけによらず厚かましいスジミチョウの幼虫、すくすくと生育中だった泰平を乱されたコガネムシの幼虫、ハサミムシ、etc. 小型のゴミムシの類もよく見かける。ゴモクムシなどはその「常連」だが、ゴミムシのくせに、その名を与えられていないのが悲しい。だが、多くのオサムシ、ゴミムシの愛好家は、冬の日当たりのいい土の斜面などを掘り起こして冬眠中の成虫を捕らえたりする。ゴミムシは活発に活動する時期は、地表を走るが、冬には土中で寒さを凌いでいることが多い。
意外なものを食する昆虫がいる。カメムシでありながら、鱗翅目昆虫の幼虫を襲うアオクチブトカメムシなど、その典型なのかもしれない。大体、身体が小さいものが大きいものを食してしまうのを、人間は意外と感じるが、寄生昆虫の多くは幼虫期に自分より遥かに巨大な昆虫を内部から蝕む。身体の大小でそういったことを決め付けない方がいいのかもしれない。肉食昆虫の餌が同じ昆虫ばかりということもない。タガメなどはやはり自分の身体より大きいカエルも捕食する。関東圏の代表的なオサムシであるアオオサムシの好物はミミズである。
幼虫期に意外な食生活を送る昆虫もいる。オオキベリアオオサムシである。大・黄縁・青・塵虫であり、修飾語が三つもついている。だが、アオオサムシはひとつの亜科を形成しているから、青は修飾語とは言えないかもしれない。キベリというのは、他の類でもよく用いられる命名で、縁が黄色いものを指す。この昆虫がよく見るとなかなかに美麗だ。目立つ前翅は金属光沢を持つ緑で、端正に切り揃えられた少女の髪のような印象を与える規則正しく深く刻まれた溝を持つ。命名の理由となった明るい黄縁とのコントラストも鮮やかだ。前胸板は濃い赤味がかった銅色で、肢は黄縁ともまた違ったややオレンジに近い黄色。お洒落なコーディネイトである。20mmを越える大きさで、ゴミムシの中では大型でもあり、この点でも見映えがする。活発に地上を走り回り、狩猟を行うためか、肢はそれぞれ太く発達している。宝石に準える人は少ないかもしれないが、そう言われてもおかしくない風格を持つ。
成虫はほぼ一年中見られる。越冬は成虫で土中にて行う。オサムシ愛好家が狙う斜面などで集団越冬するから、一網打尽にされることが多い。ただ、成虫の姿があまり見られない時期がある。幼虫期の五〜七月である。その時期限定で数多く活動するある生物を捕食するのだ。
梅雨時が近づく初夏になると、林や野原で、水も少ないのにどこから出てきたのか訝しいほど発生する生物がある。身体は小さいので容易には見つからないが、身体に似ぬ大きな音で鳴くので、「声はすれども姿は見えず」といった印象である。それはアマガエルだ。梅雨時の野山は、アマガエルのワンダーランドと化すが、梅雨の後にはウソのように声が聞こえなくなる。オオキベリアオゴミムシは何とこのアマガエルを食糧にするという。オオキベリアオゴミムシの幼虫はコガネムシなどと同じく、イモムシ型で、植物の葉などからアマガエルの到来を待ち伏せしている。そして、アマガエルが通りかかると、飛びかかってその喉笛に鋭い大顎で噛み付くらしい。で、そのままアマガエルにぶら下がる。無論、ぶら下がるのが目的ではなく、そこから吸血する。カエルを仕留めて、死骸から血を吸うのではなく、生きたままで吸血を行う。アマガエルも痛いだろうし、生命の危機であることはわかるだろうに、振り落とすことも出来ないのだろう。
死骸から血を吸うのでは、どうしても食糧供給は一時的なものとならざるを得ない。こうして生きたまま獲物と行動を共にすれば、継続的に安定した栄養補給が可能となる。多分、アカガエル、トノサマガエルといった中型以上のスケールのカエルでは、幼虫の身体がが貧弱過ぎて振り落とされてしまうのではあるまいか。食いつかれたアマガエルは結局体液を吸い尽くされて、落命する。そうしたら、幼虫は次のターゲットを再び待ち伏せする。だが、この時期、アマガエルは大量に発生するから、獲物には困らないのだろう。無事蛹化するまで、三匹程度のアマガエルが犠牲となるそうだ。この意外に少ない数も、効率の良さを物語る。卵から羽化まで一ヶ月。ちょうどアマガエルの発生時期にぴたりと収まる期間である。
アマガエルを専用の餌に定めてからは、オオキベリゴミムシは、自らの生活史をアマガエルの発生に合わせるようになったのだろう。見事な順応と感じる。
ゴミムシのご多分に漏れず、この美しいゴミムシも危機に見舞われると臭気を発する。ゴミムシではその種族(亜科)によって発する物質は異なるようだ。アオゴミムシの中には他にアオゴミムシ、キベリアオゴミムシ、コキベリアオゴミムシ、キボシアオゴミムシなどがおり、皆クレゾールを発するという。一昔前まで「病院の臭い」と呼ばれたあの消毒薬である。クレゾールはパラとメタかいずれかの形態を採るが、アオゴミムシの場合、メタクレゾールを用いるらしい。何だ消毒薬じゃないかなどと、バカにしてみたくもなるが、消毒に用いるぐらいなのだから、生物に対する殺傷力を持つ。有害な菌も生物なのである。人間が体内に取り込めば、量、濃度によっては劇薬として機能する。なめてかかってはいけないだろう。
アマガエルにとっては、生きたまま血を吸われるのだから、恐ろしいし、迷惑な昆虫だ。だが、湿気を帯びた野山という適地が、人間のテリトリには適さないため、アマガエルのニッチも圧迫を受けている。それと同時にオオキベリアオゴミムシも適地を制限されている。アマガエルとオオキベリアオゴミムシに限らず、捕食者と捕食対象は一蓮托生なのであり、運命共同体と呼べるのかもしれない。
アマガエルの声が聞こえ始めると、今年もオオキベリアオゴミムシの幼虫も活躍しているのだろうな、などと思い、少し安心してみたりする。
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