ヨツボシオオキスイ
すぐそこにあるニッチ、または灯台下暗し
長距離レースでトップをぴったりとマークするタイプの強豪ランナーがいる。持久力に長けて途中の揺さぶりや引き離しで勝負するのではなく、最後のスプリント勝負を最大の武器とする決め手、決め技を持つランナーだ。強烈なラスト・スパートを「キック」と呼び、「キック」の強いランナーをキッカーと呼ぶ。だが、このタイプのランナーは日本人には少なく、たまに見られても「コバンザメ走法」などと、あまり人聞きの良くない異名をつけられたりする。瀬古利彦や大塚正美がその典型である。日本で最高のスプリントを持った長距離ランナーはおそらく新宅雅也だったが、新宅の場合そういった展開が少なかったせいで、キッカーという印象は薄い。性格上、人の背中を見ながら走るのが不快だったのかもしれない。
コバンザメはサメではなく、サメとエイが占める軟骨魚類ですらない。代表的な硬骨魚類のスズキ目に属する。細長いスリムな体型がサメを思わせなくもないが、むしろサメ、マンタなどの大型の軟骨魚類に、頭部の吸盤で吸着して食べ残しをご相伴に預かったりするらしい。一説には食べ残しではなく、吸着した主の寄生虫を食するとも言われる。大型の軟骨魚類は概して凶暴な肉食性であるし、襲われたら落命する危険性が高い。だが、その腹部に吸着していれば至近距離にいても安全なのかもしれない。とは言うものの、吸着している魚の胃からコバンザメが見つかることもあり、100%安全ということではないらしい。コバンザメはコバンザメで命がけなのだ。
だが、コバンザメが比喩に用いられる場合、強い者の陰に隠れておいしいところを持ってゆくチャッカリ者というニュアンスが色濃い。コバンザメにしてみれば、それが太古から受け継がれた生態なのだから、批判がましい指摘は大きなお世話だ。昆虫の中にも強者の周辺に徘徊して、生活を営んでいる種がいたりする。
ヨツボシオオキスイ、ムナビロオオキスイは前に触れたヨツボシケシキスイと近似した種である。クヌギ、コナラ、クリなどのドングリを着けるブナ類の樹液スポットに寄ってきて樹液を吸う。ヨツボシケシキスイは、木の皮の狭い隙間に潜り込んで身を守る性質がある。同じキスイ、つまり樹の樹液を吸う昆虫でも、ケシ、即ち芥子粒のように小型であるヨツボシケシキスイならではの芸当だ。オオキスイの属は体長13mm程度。ヨツボシケシキスイよりかなり大きい。そして平べったい身体の構造を持っている。
ヨツボシケシキスイもヨツボシオオキスイも、その名の通り、前翅に目立つ4つの斑紋を持っている。だが、斑紋は前者の場合が鮮やかな赤、後者は黄色と歴然とした違いがある。更に前者が全体的に滑らかな体表で黒地であるのに対し、後者は縦縞が刻まれゴツゴツした質感を示し、色も漆黒ではなく、緑銅、銅色のメタリック系を帯びている。見分けに困るようなことはない。だが、それでも尚、ケシキスイもオオキスイも同属であろうということは容易に見て取れる。ニッチは殆ど一致しており、同じ写真に納まっていたりすることも多い。
平べったく、幅の広い体型のヨツボシオオキスイは、ヨツボシケシキスイのように狭い場所には潜り込まない。その体型をフルに活用して、カブトムシやクワガタムシといった樹液バーの強者の身体の下に潜り込み、樹液にまんまとありつく生態を持つ。カナブンなどの目に付く昆虫は大概カブトムシの角に追い払われる運命となっているが、ヨツボシオオキスイはこれら強者の身体の下で食餌しながらも、意に介されていない印象が強い。カブトムシの暴力行使の対象にはならないのだ。ただ単に追い払いにくいとか、カナブンなどと違って、身体が大きくはないのでインパクトが弱いだけの話かもしれない。この点でヨツボシオオキスイ、ムナビロオオキスイはコバンザメによく似ている。同じ鞘翅目昆虫ではあっても、「〜カブト」といった命名によくする栄誉は与えられず、蒐集家からはひたすら雑虫扱いであるが。
よく見ればメタリック・カラーでもあるし、4つの斑紋もオシャレであるので、味のある昆虫なのだが、カブトムシも蒐集家も一顧だにしない。そこが安穏と食糧を確保し、捕獲の危機から逃れるポイントなのかもしれない。意外と丈夫な昆虫で、樹液吸汁が活発に行われる夏を過ぎても生き永らえ、樹皮の下で成虫越冬するらしい。幼虫の生態はよくわかっていない。気にする人が少ないせいでもあるかもしれない。やはり樹液を吸って育つらしいが、他の昆虫を食べる食肉性も持ち合わせるらしい。餌が豊富ではないことからの必然であろうか。
人間の展開する長距離レースで、コバンザメと称される存在は実のところ、レースを制御している支配者であったりする。決め手を持っているせいで、じっくり後方に構えながら先行者達を将棋の対局のように詰めてゆく。そして最後に残った者達に必殺の王手であるキックを放つ。実は獰猛なホオジロザメのような存在だ。自然界のコバンザメもヨツボシオオキスイも、そういった攻撃的で危険な存在では決してない。だが、平家物語の「猛き者もついには滅ぶ」の言の通り、カブトムシやミヤマクワガタはひと夏で太く短い成虫としての姿を終焉させてしまう。それに対してヨツボシオオキスイは効率的なエネルギー代謝で冬まで乗り切ってしまう。
見た目に派手で華やかな生態を持っていても、次世代へと遺伝子継承を効率的に行うのが、地上に現存する生物にとっての勝利である。それが短期的な繁栄なのではなく、長期的な戦略に似たものを持っていた方が強い。
地味で目立たぬヨツボシオオキスイの繁栄は、地味で目立たぬうちは安泰であるように見受ける。
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