オオナガコメツキ

これしか在り様のない形


 世の中にはどうしてこのような形状、在り方になってしまったのか疑うようなものがいくつも存在する。例えば杜氏の携わっていたハンマー投など、一般の人が出来なくても日常生活に何の支障もない。中国の古代史の中に、秦の始皇帝を暗殺するために、張良が27キロの鉄槌をハンマー投の要領で回して投げ、目標に命中させる大力の刺客を雇ったが、失敗して始皇帝の載った輿ではなく、副車に当たってしまう。何もそンな手の込んだことをせずとも良さそうなものである。張良と言えば、知を以て漢の設立に貢献した士として知られるが、刺客の件が本当ならそれも疑わしい。
 おそらく張良は意表を衝こうとしたのだろう。ハンマー投は同じ武器でも、ワンポイントに照準を絞る弓とは全く違う方向性を持つ。誰もが遠く離れた相手を確実に仕留める目的で鉄槌を用いようとは考えない。
 だが、ハンマー投のハンマーが現存する形で残っている以上、そこには何らかの必然性があったハズなのである。途中から競技性を高めるため、使いやすいハンドル、球形のヘッド、それを結ぶワイヤーが種々に形を変えて今日に至ったにせよ。
 よく「ナマコを始めて食った人は偉い」とか言う。杜氏に言わせれば、偉くも何ともない。不気味と感じるのは、人間の動物としての本能以外の美意識や嗜好なのであり、野生の動物なら、ナマコが食用となることを熟知している。このように本能が壊れている動物と言われる人間の主観は、自然をありのままに受け止める姿勢から感覚を遠ざける傾向を持ってしまう。

 テントウムシはサトイモ科の植物のような、滑らかで撥水性の高い葉に浮いた水滴を上三分の一からスパッと切ったような体型をしている。露出している背中の部分の表面積を最小にして、体積を最大にする形状だ。杜氏が中学一年生の頃、数学の授業で「円形に近い形状は見た目が小さくとも、体積が大きく、四角い弁当箱より丸いものの方が中身がたくさん入る」との教師の発言を受けて、隣の女生徒の弁当箱を見たら丸かった。球形の弁当箱は考えにくいが、テントウムシは見かけこそ小さいが、充実した身体を持っていることになる。大量のアリマキを貪り食うテントウムシにとって、それが何の因果なのか証明はおろか、仮説を唱える学者すらいそうにないが、何らかの必然に拠っていることは想像に難くない。
 その丸い弁当箱の持ち主こそが、クジャクチョウで登場した女性と同一人物である。
 カミキリムシの立派な形状もそこに必然があったに違いない。タマムシの流線型も然りだ。タマムシに在り方が似ているのではないかと思われる類に、コメツキムシがいる。敵に遇うと擬死し、頃合を見計らって胸部と腹部を強く反り返らせて背面ジャンプをして起き上がる姿が余りにユニークなことから、その生態のみがクローズ・アップされ、コメツキムシの命名の由来にもなってしまったマイナーな類だ。だが、種も豊富で一部のマニアには親しまれている。
 ウバタマコメツキはその代表的な種で大型であるが、色合いは徹底して地味だ。サビキコリなどは昆虫が身近に少なくなった現在でも苦もなく見つかる普通種だが、地味を通り過ごしてみすぼらしくさえある。動きも鈍重で、背面ジャンプの技も滅多に見せない。その中で、とてもカッコイイ種がある。オオナガコメツキである。

 その名の通り、大型である。体長24〜30mmにもなる。それにも増してスリムである。そこから「ナガ」の命名が為されたのだろう。タマムシの流麗な形状を更に伸ばしてスマートにした印象だ。そして胴体の先端部の丸みが削がれ、寧ろ尖っている。体色もただ地味なのではなく、黒褐色でシックな装いだ。ウバタマコメツキやサビキコリが一般人としたら、オオナガコメツキはファッションモデルのような体型、体色を持つ。
 それにこのファッションモデル、サビキコリほどではないにせよ、普通種で気軽に見ることが出来る。クヌギ、コナラ、ミズナラといったドングリ系の木には必ずと言っていいほど停まっている。コメツキムシの飛翔力はさほど高くなく、飛ぶ能力を退化させてしまった種もあるが、オオナガコメツキは確か灯火にも寄って来るので、飛ぶことも出来るのだろう。擬死、背面ジャンプの生態も人間の期待を裏切らない。
 幼虫はタマムシに似た細長い形状である。朽木の中に潜み、他の昆虫を襲う肉食性だ。ゾウムシが消化しにくい生木を避け、発達した口吻を駆使して朽木を食糧にすることで生活を営むことは以前にも触れた。カミキリムシは消化器系の発達に進化の方向を採り、生木を食する道を選んだが、朽木に生活圏を得たものの中には、朽木そのものではなく、そこに巣食う昆虫を食糧にすることによって、より簡単に食生活を営むものが登場してもおかしくはない。その一つがコメツキムシだったのだろう。
 考えてみれば、ジャイアント・ミルワーム、スーパー・ミルワームとしてある種のペットの貴重な栄養源として珍重されるキマワリの幼虫などは、個体密度の高い特殊な環境(つまりはペットの餌として量産されるような環境)に放置すると、たちまち共食いを始めるらしい。つまりは草食であることが確認されている昆虫にも、肉食性は潜んでいるのだ。それが高じて、肉食オンリーに走る種が登場しても、何の不思議もない。朽木を昆虫が好むのも、セルロースの消化効率が生木より朽木の方が高いことが理由であるし、朽木で育った他の昆虫から栄養を求めるのも効率の問題に帰すのだろう。カミキリムシが生木の中を穿つのは、そこの方が安全に成虫へ羽化する可能性が高いという安全性、確実性を志向したからである。それにしたところで、生きている植物の生命力と戦うリスクは避けられないし、キツツキの類には簡単に見つけられ、強靭な嘴で捕らえられて飲み込まれてしまうのだが。
 ファーブル昆虫記によれば、カミキリムシの幼虫は炙って食べるととても美味なものらしい。甲虫類の幼虫は確かに栄養分がたっぷり詰まったチューブ状で、一見ジューシィで旨そうにも見える。だが、日本人の美意識にはそぐわなかったに違いない。何でも食べてしまう中国や東南アジアでは、広範に食料となっていそうな気がする。因みにファーブルの母国、フランスでもカミキリムシを食する習慣がなかったらしく、盲人の何某サンが最も旨そうに食べていたとか・・・・。コメツキムシの幼虫もきっと同じ性質を持っているに違いないが、わざわざそのために朽木を漁るなど、奇人変人の謗りを免れない。
 オオナガコメツキの食性については、あまり人の興味をそそらないらしく、探した限りでは記述が見つからなかった。だが、幼虫が肉食性であることを鑑みると、やはり他の昆虫を食している可能性が高い。人間は自分達が育成している作物や栽培種に害を及ぼす昆虫には、何かにつけ「害虫」呼ばわりして排除しようとするが、肉食性昆虫については殆ど無頓着なことが多い。また、成虫の期間が短い昆虫は、アミメカゲロウ類のように羽化後、何も食べなかったりする。
 だが、硬い甲冑で武装した鞘翅目昆虫で大型の類なら、羽化後も比較的長命であることが多く、栄養補給をしないとは考えにくい。そのために多くの昆虫が樹液に誘われて訪れるドングリ類に潜んでいるのではあるまいか。まさかカブトムシ、クワガタ、スズメバチといった強大な存在を襲うワケではあるまいが、これらメジャーな昆虫ばかりではなく、ハエなどの小さな昆虫も樹液バーには寄ってくる。特に昼間は大型昆虫はスズメバチを除き、殆ど姿を見せない。コメツキムシに人間は高い防御性と機動性を見るが、その反面攻撃性には少しも着目しないということなのだろう。
 あのファッション性に富んだスタイルが、人間の鑑賞に訴えるために研ぎ澄まされたワケではないことだけは確かである。生活様式の必然から、ああいった形が導き出されたのであり、自然に形成されたものであるから人間の目を惹きつけるようになったと言える。昆虫の場合、生活様式は主に食餌と生殖が支配的である。攻撃性も配偶者を得るためであったり、より高く大きな栄養源を確保するための副次的なものに過ぎなかったりする。カブトムシが強大であるのも、食糧をより豊富に確保すると同時に、紳士淑女の社交場である樹液バーで大きな支配力を獲得することで、配偶者との出会いの機会を増やすという一挙両得の面が強いらしい。

 オオナガコメツキの形状が朽木に潜って最適な場所に産卵するのに好都合なのか、捕食に適しているのか、あるいは最小のエネルギーで活動を維持するのに相応しいのか、杜氏にはわからない。ただ、水が高きから低きに至る経路が川を形成するように、オオナガコメツキの祖先の営々たる遺伝子の継承によって、最適な形状へと辿り着いたのだろう。そこにフィルターを課すのが自然の生存競争であり、生存率の高い形質が徐々に色濃く次世代へ残される仕組みだ。合理的であると同時に残酷でもあるが。
 妙ちくりんにしか思えないハンマー投にもそういう経緯があるのだ。最適な形を模索するうちに今日へ辿り着いた。もっとも、杜氏はそンなことを考えながらハンマーを投げたことなどないし、陸上競技の一種目の在り方など、種の存続という深刻なテーマに晒されているワケではないが。それはオオナガコメツキにも同じことで、人間から見てカッコよくあっても、彼らがスタイリッシュな見かけを在り方の拠り所にしているのでは決してない。オオナガコメツキにとってはこれしかない、唯一無二の在り方が細長い流線型なのであって、時代の流れにより環境が変われば、その体型も更に違うものに遷って行くのだ。

 でも、杜氏は秦の始皇帝の時代に生まれて、刺客などに雇われなくて良かったァ。



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