オツネントンボ

コストパフォーマンス追求の末に


 トンボのマークをつけて競技する兵庫の陸上競技の名門校があった。多分、校章がトンボを象ったものなのだろう。古来日本列島の形はトンボに擬えられていた。どこが似ているのかよくわからない。月でウサギが餅つきをしているようなものだ。二次元平面図形に投影された星の並びを何かに擬す星座の方が、まだ説得力があったりする。トンボは戦国武将にも縁起が良いものと喜ばれていたらしい。生命力が旺盛そうでフォルムが良く、加えて機能的で俊敏で、昆虫にありがちな不気味さよりも爽やかな印象が先に立つ。日本の古称であるアキツシマも、そういった縁起物としてのトンボの印象から来たものなのではあるまいか。
 イトトンボの類は個体数こそ多いのだが、何しろ名の通り糸のようなかそけき腹部を持ち、頭部、胸部も極力省力化された形状で、とにかく影が薄い。吹けば飛ぶような将棋の駒よりも、吹けば飛ぶように見える。
 ニーチェの永劫回帰をテーマにしたという謳い文句で、「赤とんぼ、赤とんぼ、翅を取ったら唐辛子」と歌ったのは、京都大学のエリートであった北山修、加藤和彦を中心に結成されたフォーク・クルセイダーズのアンチ・テーゼのように、やはり京都の誰でも入れるような大学から生まれた「あのねのね」だった。赤とんぼ、つまりアカネの類は確かに赤唐辛子に大きさも形も近く、イトトンボよりは大きく感じられる。だが、イトトンボは実のところ27mm〜35mm程度の腹長を持ち、大概が20mm台のアカネ類よりは大きいのだ。いや、実のところシオカラトンボなどの中型で標準的なトンボより、イトトンボの方が長大なのである。音楽シーンでの大きな功績や文化人としての足跡をフォーク・クルセイダーズの二人は残しているが、あのねのねの二人も(デビュー前のメンバだったらしい笑福亭鶴瓶も含めて)独自の居場所を確立していたりする。あのねのねが赤とんぼなら、フォーク・クルセイダーズはオニヤンマだったかもしれないが、詰まるところ大きさとか学歴は生きてゆく上で、さしたる要因ではないのかもしれない。そういった意味でイトトンボを侮ってはいけない。はしだのりひこ? 知りません、そのような尻馬乗り。

 イトトンボの中にオツネントンボという種がある。越年蜻蛉だ。エツネンではなく、オツネンと読むところに、時代を感じる。その名の通り成虫越冬して春を迎える。晩秋や早春に、何気なく林を歩いていると、思いがけず足もとから飛び立ったりする。人はそのような季節にトンボを見ようとは予測していないので、大いに意表を衝かれる。成虫越冬するのは蜻蛉目昆虫の中でも、このオツネントンボと、ホソミオツネントンボ、ホソミトンボの三種だけだという。何だか紛らわしい命名だが、皆アオイトトンボ科の近似種で見分けもつきにくかったりする。イトトンボというだけでホソミであるのに、ホソミであるというだけでオツネンとホソミオツネンを識別するのは、土台無理な話である。それぞれに止まったときの前翅と後翅の合わさり方が微妙に違っていたりする。見る人が見れば一目瞭然なのだろうけど、一般の人はイトトンボはイトトンボだろうで済ませてしまう。
 オツネントンボは褐色が基調の地味なトンボではあるが、よく見るとなかなかオシャレなデザインを持っている。トンボの類は大概成虫の期間が長く、羽化間もない若い個体と成熟個体では違いが見られるものなのだが、オツネントンボの場合も成熟すると頭部が青みを帯びてくる。この青の度合いが雄と雌では異なっており、雌雄を識別できるようになっている。体色のせいで、林に紛れてしまうと飛び立たない限り、まず見つけることは難しい。これも長い成虫期間(10ヶ月以上であるから、一年の大半と言っていい!)を生き長らえる大切な要因なのだろう。
 驚くべきはその順応能力の高さで、日本では全土に出没するが、寧ろ北海道、東北の寒冷地に多いようにも見受ける。雪も酷寒も平気で克服してしまうのだ。「渡り」というほどではないが、夏、秋に平地で活動していたオツネントンボは寒さが忍び寄る季節になると、林、山地へ移動する。その方が身を隠し、寒さをしのぐためのスペースに恵まれているのかもしれない。単純に気温だけを考えると、平地に留まった方が有利に感じられるが、オツネントンボにとってはそういうものではないのだろう。そして、早春あたりからボツボツ暖かい日に活動を始め、春に生殖を行って普通のトンボと同様、水辺に産卵する。幼虫の期間は比較的短く、二ヶ月弱。六〜七月中には次の世代がもう羽化する。そこから、次の春まで成虫の姿で過ごすことになるのだ。他のトンボと幼虫の時期がずれていることで、食餌の確保や天敵からの加害回避にメリットがあるのかもしれない。ヤゴは他のトンボと同じように水中の獰猛なギャングである。人間にとっては吉兆だったりするが、水棲生物にはトンでもない悪魔だろう。
 成虫も当然肉食で、カの類とかを好む。身体に似ず、かなり大型な昆虫も捕らえるようだ。ガガンボを襲撃する写真を見たことがある。トンボの類では比較的俊敏ではないように見える動きだが、それなりの攻撃力は備えているようである。これも極限まで省力化された効率的フォルムの恩恵だろうか。
 そもそも冬には食糧となる他の昆虫が活動しないので、多くの肉食昆虫は死に絶えたり、活動を止めたりする。オツネントンボも効率化ボディを活かして、極力活動を制限しているのだろうが、全く栄養補給をしないワケにはいかない。冬にもフラフラと群れで飛ぶことも多いユスリカなどを捕らえているらしい。かそけき姿からは想像もつかない逞しさ、したたかさである。「細腕繁盛記」の加代さんも真っ青である。主人公以外意地悪な人間ばかりが登場して意地悪なことばかりする陰険なドラマしか描けなかったハナトコバコ氏では、このような輻輳して倒錯ぶりすら示している人間像など、とても描けまい。

 オツネントンボの頭部は他の昆虫に似ている。カマキリである。横に突き出し、三六〇度全方位の獲物の動きを捉える複眼、捉えた獲物を貪婪に粗食する口、それ以外の機能が全て削がれた構造。これは偶然ではない。肉食昆虫の生活を突き詰めると、この形に自ずと帰着するのだ。だが、カマキリの腹部は無数の卵を産むためにデップリと太っており、無駄がある印象だ。だから意表を衝いて飛翔はするものの、如何にも重たそうな印象だ。オツネントンボはそうではない。肉体は鋭敏な飛翔、寒さを生き抜くエネルギー効率のために究極までに研ぎ澄まされている。
 思えば戦国武将がトンボを尊んだというのも頷ける気がする。攻撃にせよ、防御にせよ、トンボは行き着くところまで行き着いた究極のサヴァイヴァルに適したフォルムを進化によって得ているのである。図らずもそれは武人、軍人に求められる究極の資質と一致している。
 イトトンボはか弱い存在なのではない。肉食昆虫として究極の姿に最適化された姿に帰着したものなのであり、その姿が自ずと醸す造形美は兵器の持つ機能美と共通した要因を持っていて当然なのである。人間の雄も同じ種の雌の手弱女の可憐さを、単なる可憐さと解釈して鼻の下を伸ばしているとトンだ目に遭うかもしれない。



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