ラミーカミキリ
奇妙なネーミングと旺盛な繁殖力
何ゆえそのような名前がついたのかよくわからないものが世の中にはある。アリストテレスノチョウチンという生物がいる。別段、その生物が哲学を修めたワケではない。平板な形状のウニ、棘皮動物である。海外でもAristotele’s
lanternと称するらしい。そのまんまである。アリストテレスはユニークな形状のランタンを使用していて、それが平べったいウニに似ていたということなのだろうか? よくわからない。タデ科植物の中にはママコノシリヌグイなどという、意地悪そうな女性脚本家がそのままドラマのテーマに採用しそうな名前をつけられている種まである。一体全体、どのような発想からそうネーミングされたのかは知る由もない。命名者の虫の居所がよほど悪かったのだろうか。
などと書いたら、ご親切な方から誤りを指摘頂いた。しかも、わざわざ他人様の掲示板で。どうして杜氏に直接言ってこないのだろうか? メールも掲示板もリジェクト状態だとしたら、それはその方の前非が報いているに過ぎない。
真相は以下の通りである。
小学校二年生の夏休みの宿題の自由研究で、「貝の研究」をテーマにした。前年の一年生のときは「昆虫の研究」だったのだが、殺生がどうしても出来ないので昆虫採集は無理だった。ならば、既に死んで貝殻になっている貝ならば蒐集が可能だと思いついたのだ。それがそもそもの間違いで、貝殻に残った肉を溶かすために、父に塩酸で処理をしてもらうという手間をかけてしまった。その貝殻蒐集の副産物として、平べったいウニの殻を拾った。スカシパンという珍妙なウニだった。更に調べてみると、ウニの口器、つまり口そのものと歯に相当する器官を「アリストテレスのちょうちん」と呼ぶことを知った。だが、何せ八歳児の記憶だ。いつの間にか、スカシパンと共に、アリストテレスノチョウチンなる棘皮生物がいると混同して、杜氏の出来のよくない頭脳に刷り込まれてしまったということだ。
ご指摘頂いたのは、どうやら杜氏に含むところのある方のよう(杜氏が得意げに誤りをひけらかしていたらしい。得意げ? ハァ?)だが、誤謬を正させて頂くことになったのだからありがたい。
ラミーカミキリは前段が外来語を思わせ、後段で思いっ切りドメスティックな天牛であることを示す、まだらな印象のネーミングをされている。ちょっと名前だけで気を惹く存在である。名前だけではなく、姿も美しい。濃紺を帯びた黒地に緑がかった空色の大胆な紋様のコントラストが目に鮮やかであるし、胸部上部にはそれを反転させた空色地に黒の左右一対の斑点が目を惹く。15mm前後の小さなカミキリムシであるが、視覚的インパクトはとても大きい。
ラミーとは原産地のマレー半島の呼び名で、実態は日本で言う芋麻、マオ、つまりイラクサ科の繊維を産する植物である。Ramiと綴るらしい。それがフランスに渡ってRamieとなったという。日本には中国から最初に輸入された。ラミーカミキリはラミーと共に日本に移入されたもので、在来種ではない。何のことはないマレー語だったのだ。高級万年筆のブランド(LAMY)とも、チョコレート(Rummy:つまりラム酒の勝手な流用)、マージャンもどきのラミー(Rumy)・キューブとも無関係である。
昔、図鑑でラミーカミキリの説明として、ラミームクゲが食樹とあったように記憶していたのだが。ラミーはラミーであり、ムクゲとは無関係らしい。ところが、ラミーカミキリはイラクサ科植物以外にも、アオイ科で鮮やかな花を着けるムクゲの葉や茎も好物であるらしい。幼い杜氏が見たのは「ラミームクゲ」ではなく「ラミー、ムクゲ」という表記だったのだろうか。
日本ではラミーにもっとも近い植物はカラムシで、無論、ラミーカミキリはカラムシを好む。それ以外にも林の日陰に多いヤブマオ、海岸地方の傾斜地に生えるラセイタソウなども好むらしい。東南アジアが原産であるから、本来南方系の昆虫である。幕末に初めて日本に上陸した際は、したがって長崎から渡航したらしい。これが九州一円を制覇し、中国地方太平洋・瀬戸内海沿岸、関西と、西日本へと版図を拡げていった。温暖化に伴い、ぐんぐん北上する傾向にある。そして、なぜか、その侵略経路は連続した地域ではなく、忽然と遠隔地へ飛び地で領土を広げる術も持っているらしい。何もテレポーテーション能力を身に着けているというワケではない。
温暖地で育った栽培植物であるムクゲが流通機構に乗って、より北の地方で売買される場合がある。ムクゲに巣食ったラミーカミキリが、そのまま北の地方に居ついてしまうのである。静岡西部でウロチョロしていたラミーカミキリが、突然熱海、湯河原、小田原にまで現れたというのは、そういった事情による。ムクゲはハイビスカスに近い植物であり、本来温暖地を好むが、少なくとも関東までには対応できる。そしてラミーカミキリは、今や杜氏が住む三浦半島、房総半島までには進出を遂げている。三浦も房総も、冬も温暖な地方でもある。
何もムクゲの恩恵ばかりではなく、イラクサ類を食草にしているのも強みである。マレー半島同様、日本列島もカラムシ。ヤブマオなどは代表的な草として、どこにでも生えている印象が強い。帰化昆虫であっても、ラミーカミキリに食糧の心配など微塵もないのだ。しかも、都市部のヒートアイランド現象、地球温暖化の影響もあり、多くの動植物が絶滅を危惧される中、順風満帆な渡航人生(?)であると言えるだろう。
これは、やはり帰化昆虫で、戦後しばらくは希少種とされていたのに、今や北関東、東北までを制覇しているアオマツムシと似ている傾向かもしれない。ただ、アオマツムシとは決定的に違うところがある。アオマツムシはいたるところにある潅木の樹上で集団を成してやかましく鳴き音を挙げる。一頭では他の秋の鳴く虫同様、綺麗な音なのかもしれないが、数を恃むと騒音となる。サンバ・ホィッスルを大勢で吹いているようで大変やかましい。
それに対してイラクサ類は人間にとっては雑草に過ぎないし、ムクゲを栽培している民家以外、ラミーカミキリを害虫として目の敵にする理由がない。その上、姿かたちが美麗なラミーカミキリは印象がいい。小型なので目にも着きにくく、カミキリムシマニア以外はなかなか捕らえるチャンスもない。カミキリムシは大概さして俊敏な昆虫ではないのだが、ラミーカミキリは代表的な小型のカミキリムシであるゴマダラカミキリなどと比較すると、動きが身軽で敏捷性が高い。アオマツムシのように鬱陶しがられることなく、着々と北上するのに有利な条件を備えているのである。
帰化生物の辿るパターンに、定住した当初、天敵がいないことで大繁殖をしてしまい、食樹、食草に壊滅的な被害を与えたことで、大規模かつ戦略的な殲滅工作を受けてしまう。その上、数年もすると遠巻きにして敬遠していた食肉性動物達も、帰化生物が食用となることを認識するようになり、他の動物同様天敵が出来てしまう。
かつてアメリカシロヒトリ、アメリカザリガニなどが、そういった洗礼を受けた。多くの帰化生物がこうして大量発生から沈静化し、然るべき個体数に帰着している。ブラックバス、ブルーギルなどの大型で獰猛な淡水魚に在来種がニッチを圧迫される害が顕在化しているのも、日本の淡水の生態系にこれらの魚類以上に強い肉食獣が存在しないからである。そういったより獰猛で強い魚類を対抗策に用いたところで、今度はソイツらが幅を利かせることになってしまう。ニッチが微妙に違う水鳥がいればいいのだろうが、スリムなサギなどにはブラックバス、ブルーギルは手に余りそうだ。ニホンカワウソも1979年以来絶滅したとされている。ペリカンでもいれば別なのだろうが・・・。
ラミーカミキリはこの点でも特をしている。ラミーなどという違和感を覚えさせる名前は人間にとってのことだけであり、他の食肉性動物にとっては比較的ありふれたカミキリムシに過ぎない。鳥、ヤンマ類のような大型のトンボ、シオヤアブのような動くものには何でも襲い掛かる食肉性のアブ、カマキリ、etc.、天敵はいくらでもいる。「出る杭は打たれる」の憂き目に遭うこともない。
カワセミ、セイボウ、タマムシ、アカスジキンカメムシ、センチコガネ、他の多くの美麗カミキリムシなどと並んで、ラミーカミキリも動く宝石と呼ばれるに相応しい。だが、比較的新しいラミーカミキリの領地である三浦半島でも、初夏から八月にかけて、カラムシ、ヤブマオの群落によく目を凝らせば、この動く宝石を目にすることが出来る。限りなく普通種に近づいてしかも、北上の一途を辿っている。生態系を崩すことなく。
それがいいことなのか、自然化のバランスの崩壊を物語っているのかは、現時点では知る由もない。
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