ルリボシヤンマ
所変われば・・・
地球温暖化に対する警鐘が鳴らされている。温暖化をもたらした者があたかも別にいるように語られるが、それは警鐘を鳴らしている等の人間の仕業である。化石燃料を燃やし続けることによって、二酸化炭素が不自然に増加し、地球の持つ処理機能では収拾がつかなくなっている。オゾン層はそれらによって部分的に破壊され、オゾンホールから過剰な太陽エネルギーが地上に注ぐ。人はまた原子力発電への反対を叫ぶが、有限の資産に過ぎない化石燃料の枯渇が目に見えている以上、原発に依存しなければならない日々はそう遠いことではない。そう思うと、原発を蛇蝎の如く嫌悪する人々も、鯨をヒステリックに保護し、捕鯨船を妨害するグリーン・ピースにも似ている。
そもそも、この地球は、今の気象条件が未来永劫保証されるようには出来ていない。過去において幾度も氷河期が繰り返されてきた。その度に生態系も大きな影響を受けて来たに違いない。温暖化傾向も久しいことではない。人間がその営みを止めれば、徐々に旧に復するだろう。千年、二千年というスパンでは人間がターミナル・アニマルの座を譲ることはないに違いない。だが、このペースで突き進めば、いずれ滅亡は約束されている。自然の摂理とはそういったものだ。
氷河期の生態系は化石などで推察することが可能だが、現存する生物の生態からも一部類推することが可能だ。東北、北海道では平地で普通に棲息しているものが、それ以南では高地にしか分布していない種がある。これらは最後(最近)の氷河期において、日本全土に分布していたものが、高地に取り残されてそのまま降りることが出来なくなってしまったということらしい。関東以南の蒐集家にとって価値があっても、東北、北海道では普通種という現象が見られる。ルリボシヤンマ、オオルリボシヤンマもそのひとつだ。
立派なヤンマである。大きいものではルリボシヤンマが腹長60mm近く、オオルリボシヤンマが70mm近くにも及ぶ。日本最大のオニヤンマが同じく73mmであるから、その長大さがわかる。ギンヤンマが50mmほどであるから、明らかにそれより一回り、二回り大きいことになる。ルリ色なのはホシ(星)ではなく、寧ろ腹部の節ごとにある紋様である。しかも、オオルリボシヤンマのオスはそれが全部ルリ色であるが、メスは黄緑色、ルリボシヤンマは先端の方だけがルリ色となって、残りはやはり黄緑である。だが色鮮やかなヤンマであることは確かである。
日本人にとって瑠璃というのは特別な色なのかもしれない。単に紫がかった青ではなく、特殊な光沢を想起させる。エキゾチックな要因を思わせながらも、日本独自のものである。ルリボシカミキリは日本を代表する美しいカミキリムシとされているし、ルリクワガタは関東の林では滅多にお目にかかれない。浄瑠璃は日本独自の伝統芸能であるし、「勇気凛々瑠璃の色」は少年探偵団のテーマだ。「迷宮のアンドローラ」も瑠璃色である。瑠璃色と耳にしただけで、どこか官能的な響きを伴う胸騒ぎのようなものを感じるのは、杜氏だけだろうか。ルリボシヤンマにもそういったものを感じる。
先日、中華思想について述べた記事で、某ボテ振り集団の四番目に出てくる人のことについての表現で一部の顰蹙を買った杜氏であるが、その四番目に出てくる人の「出囃子」(?)が、某同世代チンピラ歌手の「とんぼ」である。出囃子が終わってからも、スタジアムの衆愚が合唱を引き継ぎ、ウンザリした気分にさせてくれるシロモノだ。この場合の「とんぼ」は街中でも平気で飛んでいるアカトンボやシオカラトンボを指しているのかもしれない。「幸せのとんぼ」などという根拠のない勝手な思い込みが、やけに卑小さを助長している。群を成す小市民、集団でツルまなければ何も出来ないチンピラ達が想起させる。だが本来トンボは、チョウやハエ、カ、ハチなどのよく飛ぶ昆虫と比較して、直線的なスピードでは一線を画しており、堂々とした飛翔を感じさせる昆虫なのだ。トンボの中でもヤンマ類は特に高い飛翔能力を示している。オニヤンマと並んで、高貴な色彩を帯びたルリボシヤンマは、この辺りでは高地にしか見られない希少価値もあって、某同世代チンピラ歌手の「とんぼ」による矮小化の対極にあるものを醸している。
北海道の人と話していて、ギンヤンマの概念がどうも関東のそれと明らかに違っていることを感じた。どうも、どこかオニヤンマに近いイメージが伝わってくる。おそらくギンヤンマというのは個体数から見てもヤンマ中のヤンマであり、転じてヤンマの総称を示すようなところがある。実際に銀色を放っているワケではなく、ヤンマの堂々とした輝きを象徴しているのが、ギンヤンマのキンであるのかもしれない。どうもその人の話を思い出してみると、北海道ではルリボシヤンマかオオルリボシヤンマのことを、俗にギンヤンマと呼んでいるのではないかと思えてならない。関東以南の平野部では珍しいこれらが、結構平気な顔で低地を飛んでいるらしいのだ。それを簡単に捕らえることが出来るらしい。羨ましい限りである。
(ルリボシヤンマ(補足)へ)
頑健な昆虫である。七月に羽化し、十月に至るまで生きている。生殖行為は主に九月に為される。羽化後も九月までは成熟を続け、準備が整った段階で生殖期に入るということだ。さすがに十月の段階では翅がかなり傷んだ状態になっている。だがチョウなどでは、タテハチョウなどの越冬種を除き、十日前後で翅がボロボロになるので、身体の造りからしてそもそも違うことを示している。
産卵は止水域の水草にされるので、やはり水辺を適地として好む。オオルリボシヤンマの方が広い水域を選ぶらしく、棲み分けが自然に為されている。個体数の多い地域では、灯火にも寄ってくる傾向があるらしい。自ら灯火に惹き寄せられるというよりも、灯火に寄ってくる昆虫を狩るためであろうか。ルリボシヤンマもヤンマである以上、獰猛なハンターでもあるのだ。
マンモスが氷河期以後を生き延びることが出来ず、愛・地球博の目玉となったように、大型種は概して環境の変化に弱い。かつて馬などの原種は今の数倍も大きかったらしいし、昆虫とて原始は巨大であったことが化石から知られている。巨大とまでは言えないが、大型種であるルリボシヤンマが氷河期終焉の異変を乗り越えて今日まで生き残ったのには、幸運もあったのかもしれないが、感慨深いものがある。救出されなかったロビンソン・クルーソー、洪水で中州に閉じ込められたまま定住してしまった遭難者のようだ。自在に飛び回る東北、北海道のルリボシヤンマと未だニッチに制約を受け続ける関東以南のルリボシヤンマ。同じ種でもその在り方には大きな違いがある。
だが、人間の俗な矮小化には決して染まらない飛翔の威容に変わりはない。
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