ササキリ

目立つのはなぜ?


 杜氏が所属していた高校時代のチームは間違いなく強豪だった。その上、雑誌が取り沙汰するような目覚しい進学校ではなかったが、古くからある地方の名門校だった。今も「文武両道」を看板に掲げているらしい。公立校の地盤沈下が著しく、そう自ら名乗らなくては、他から認めてもらえないようで、少し悲しげな響きがある。私学の台頭でそういう強豪校は、全国各地でほとんど姿を消しているのかもしれない。
 ユニフォームが派手だった。オレンジのシャツにエンジで「横須賀」。パンツは真紅。競技の合間に羽織るジャンパーはテニス仕様で、アイヴォリーに袖口に赤く細いラインが三本。やはりエンジで胸にYOKOSUKAの文字。スカジャンといえば、一般的にはドブイタ通りで売っている賑やかなデザインのジャンパーを指すが、杜氏達はこれをスカジャンと呼んでいた。
 インカレに行くと、強豪校のユニフォームがシンプルで地味なのがよくわかる。濃紺や黒や白が基調の大学が殆どである。古くから陸上競技部があり、いまだに「競走部」を名乗っている学校も多く、伝統のユニフォームが変えられなくなっているようだ。杜氏が大学の頃は、目の前のレースを見て、プログラムで番組を確認しなくとも、一部校か二部校か判別可能だった。二部だとユニフォームが色とりどりであるのが常だった。反面、一部だと日体大か東海大の明るいブルーがいないと、モノクロの世界に迷い込んだような錯覚を巻き起こした。
 母校も以前はオーソドックスなユニフォームで競技会に出ていた。県大会十連勝の偉業が達成される頃、部員の一人が「赤パンはいて走ろう」と言い始めたらしい。しかも上がオレンジなどという学校は他になかった。目立つ。目立つとみっともない競技は出来ない。勝てばカッコイイ。そういう発想だったのではないだろうか。
 母校のユニフォームは今も基本的にあまり変わらない。シャツの黄色味がやや強く、明るくなり、パンツは真紅からスパッツ型となり、色もショッキング・ピンクとなった。ヘソ出しのセパレート・タイプも既に用意され、待機中であるという。だが、相対的に目立たなくなった。他校のユニフォームも当時と比べれば相当派手になったからである。今、三十五年前当時のインパクトを再現するにはメタリックな色を採用するしかないのかもしれない。日焼けしそうである。
 余談だが、大学に入ってみたら、そのユニフォームがいかにも弱そうなのでガッカリした。東海大と同じような淡いブルーなのだが、そのブルーにいかにも覇気がなかった。その上、パンツも同系色の元気がない水色。校章の入ったシャツは仕方がないにしても、下だけでも派手にしようと、杜氏はアシックスのパール・グリーンという蛍光色のランパンで競技会に出ていた。同期のエース、S本君などは市販の真っ赤なアディダスの上下でインカレの決勝を走ってしまい、キャプテンに叱られていた。だが、あのユニフォームを大一番で着たくない気持ちが、杜氏にはよくわかった。着る人のパフォーマンス次第でユニフォームの色の印象も違ってくるハズだったが、杜氏もS本君もそこまでの競技者ではなかった。

 昆虫では体色は地味か派手かの両極端である。派手なのは大概、毒を持っている種で、それが捕食者に対しての危険信号として作用する。警戒色である。ウミヘビなどは色が鮮やかで識別し易いものほど猛毒を持っているらしい。海中ではせっかくの極彩色も割り引いて映るので、強調する必要があるのかもしれない。いや強調がシグナルとして機能したものが生き残ったのだ。地味なものは地味というよりも、住環境に合わせた色をしていると言った方が適切だ。草原に棲むバッタは一様に緑色だが、同じ種でも地面が露出した部分に棲むものは褐色を帯びたりもする。それに対して主に土をニッチとするコオロギの類は、樹上生活者であるアオマツムシを除けば総じて濃淡の差こそあれ褐色だ。キリギリスも緑が基調であり、褐色が混じるパターンは変わらない。だが、幼虫時のみ変わった色をしている種がある。ササキリである。
 ササキリはその名の通り、イネ科の植物を好む小型のキリギリスの一種だ。近似種のカヤキリなどは体調6〜7センチにも及ぶが、ササキリは2cmに満たないような小型種である。梅雨明けの頃から、昼夜を問わず「ジキジキジキ」とあまり冴えない音で鳴き始める。個体数が多く、その気になれば見つけ易いキリギリスと言える。いや、鳴く虫は草に隠れて、「声はすれども姿は見えず」であることが多いのだが、ササキリは特に幼虫が寧ろ目立った格好をしている。頭部がオレンジで、胴体が黒というコンビネーションなのだ。そのオレンジも、ホオズキの実のように、艶やかな光沢と表面の充填感と言うか、張り詰めた質感を伴う。黒とのコンビネーションがそれを際立たせている。
 ササキリはご多分に漏れずイネの害虫とされており、カヤキリ、ヤブキリなどの獰猛な肉食種と違い、草食種である。場合によっては毒となるケースも近似種にはあるらしいが、一般的には毒とはされているようにも見えない。しかもオレンジが顕著なのは幼虫の時分であって、成熟すると黒の条に緑が基調となる。オレンジの部分も緑がかってくる。何らかのシグナルであるのは間違いないだろうが、杜氏にはこの一時的な派手さの理由がわからない。
 長身の人が八頭身、背の低い人が六頭身となるように、頭の大きさは身体の大きさに比例せず、ある程度の基準となる大きさがあるのかもしれない。ササキリも他のキリギリスより体長が短い分、頭でっかちで寸詰まりに見える。そこが不恰好なのではなく、どことなく愛嬌がある。その代り、触覚は恐ろしく長い。身体の数倍は長い。他の大型のキリギリスより長いのではないかと思える。時おり、触覚を器用に巻き込み、口で掃除したりする仕種もユーモラスだ。おそらく敵を鋭敏に察知し、異性の存在をつぶさに知る優れたセンサなのだろう。
 同じ類にはウスイロササキリやオナガササキリなどがあり、ウスイロササキリは翅が半透明でか弱そうな印象である。オナガササキリはその名の通り、メスの産卵管がこれまた極端に長い。地中深く産卵することによって、卵を安全に孵化させる必要があるのかもしれない。ウスイロササキリはササキリの幼虫とは逆に完全な保護色である。これも個体数の多い種なのだが、ササキリと比較するとかなり見つけにくい。また、アオバハゴロモ、ツマグロヨコバイなどの小型の半翅目昆虫同様、敵に見つかると、掴まっている草の茎の反対側に回って姑息な逃れ方を試みる。

 鳴き声も美しくはなく、身体も小さく、戦闘能力も低いササキリ。かといってツユムシほど儚げな印象もない。原っぱにいけばいつも見つけられる昆虫なので、ありがたみもないかもしれない。だが、幼虫の不可解な奇抜さといい、極端に長い触角といい、愛嬌のある仕種といい、どこかエキセントリックさを秘めた味わいのある昆虫である。



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