セグロアシナガバチ
意外な温厚さ
女子プロレスラーには優しい人が多いという俗説がある。職業として露出している部分が部分だから、期待値に対して意外な感想が残るということなのかもしれない。もっとも、人間は常に攻撃的な面を露出してはいられないから、プロレスラーのような職業の場合、普段は反動で一般人以上に穏やかに振舞うのが自然なのかもしれない。コメディアンの日常が「暗い」と評されるのと似ているのかもしれない。
恐ろしい外見をしているものが必ずしも恐ろしいとは限らない。恐ろしいものの信号に対して、人間は無条件で警戒または恐慌の反応を示すが、それは信号の認識が深く刷り込まれていることを意味する。
アシナガバチはスズメバチに次いで恐ろしいハチであると認識されている。人家の近くに棲息することが多いし、個体数も多い。人家近くどころか、人家の軒下そのものに営巣したりすることが多い。保健所や役所への相談件数でも、アシナガバチの処遇についての問い合わせがスズメバチへのそれより多いらしい。確かに大型のハチで一旦刺されると大変なことになるが、アシナガバチは「刺すハチ」というより、「何もしなければ刺さないハチ」である。
例によって、人間側からの勝手なカテゴライズによると、アシナガバチは益虫であるという。アシナガバチの食糧は花の蜜であることが多いが、幼虫を養うハタラキバチは鱗翅目昆虫の幼虫を次々に捕らえ、かなり強い大顎で噛み砕いて肉団子にしてしまう。その狩猟活動の場が庭や畑である場合、庭木や作物につく鱗翅目昆虫の幼虫が犠牲者になる。したがって、庭木や作物にとってはアシナガバチは肯定的な働きかけをすることになる。チョウやガにとってはけしからぬ存在ではあるが。
セグロアシナガバチは日本でフタモンアシナガバチの次に姿が多く、体長21〜26mmと日本最大のアシナガバチである。典型的なものであると見做してもいい種だ。これがまた人家の軒下が好きでよく営巣する。雨風をしのぐのに好都合なのだろうか。過度の湿気、過度の乾燥がハチの日常生活に好ましくないのは、想像に難くない。巣はミツバチのように幼虫室が多層に重なっているワケでも、スズメバチのように楕円形で巨大なものでもない。長細いチューブ状の部屋が密着した形でバナナの房のように連なった、全体としては釣鐘型の単層構造だ。目にする機会はミツバチやスズメバチの巣よりは多いので、人によってはアシナガバチの巣を典型的な蜂の巣の形状と認識しているかもしれない。杜氏などはそうだ。
婚姻期に羽化した女王蜂は独力で巣の原形を作る。女王と言ってもこのときの姿は普通のハタラキバチと何ら変わらないし、実際に働きぶりも勤勉である。この女王から生まれる第一世代が一人前のハタラキバチに育つまでは、労働力は女王しかいない。オス? オスが働かないのは社会性昆虫では常識となっている。アシナガバチでも例外ではない。春から夏、秋とセグロアシナガバチもコロニーを拡げる活動を続け、最盛期には500房程度の立派な巣となる。だが、気温の低下と共に活動も収束し、僅か半年強でそのライフサイクルを終えてしまう。ミツバチやスズメバチに比べれば儚いものだ。最盛期の巣であっても、住人であるハチの性質は変わらないので、攻撃的な働きかけに出なければ人間に危害を及ぼすことはない。
してはいけないのはただひとつ、直接触れようとすることだけだ。不用意な事故として、営巣前の女王蜂が藁や叢などで休んでいる上に寝転がったりして圧迫を加える結果になったり、何かのはずみで衣服の中にハチが入ってしまったりするケースが挙げられる。こうなったら、いくら温厚な性格でもパニックに陥って危機を逃れようとする。
実は杜氏、このアシナガバチで失態を演じたことがある。小学校二年の頃、刺されてしまったのだ。不用意に触れようとしたに違いない。痛みは忘れてしまったが、刺された頬が腫れて、人相が変わってしまったことは記憶している。それ以来、ハチのアレルギーが身体に植えつけられたのではという懸念から、スズメバチだろうとアシナガバチだろうと、近くで徘徊していると、動きを止めて静観する癖がついてしまった。アナフィランキー・ショック死など、真っ平御免である。ハチ毒にはアンモニアが効くとのことで、父が「ションベンをかければいい」などとノタまっており、子供心にそれはたまらんと考えて憶えがある。
軒下にセグロアシナガバチが巣食い始めて、どうなることかと思ったこともある。アシナガバチはいざとなると強い昆虫ではあるが、それでも天敵は少なくないのだろう。外出中の女王が不幸な目に遭ったのか、巣の中で寄生虫発生などの不具合でもあったのか、工事は中途半端な段階で頓挫し、やがてそのまま放置されてしまった。困った反面、どうなるのか楽しみでもあっただけに残念だった。こうした具合に途中で挫折する巣も、決して少なくはないに違いない。
スズメバチはミツバチの巣を襲い、幼虫などを略取しようと試みる。ミツバチのハタラキバチに取り囲まれて逆襲を受け、ミツバチが発する熱に焼き殺されることもあるが、それだけのリスクを犯してまで襲撃をかける価値はあるのだろうし、成功する確率も低くはないのだろう。アシナガバチは他のハチに対して、こうした攻撃的な振る舞いに出ない代わりに、干渉も受けないように見受ける。性格は大人しくとも、身体の大きさ、攻撃力は抑止力として機能しているに違いない。
スズメバチという強力な敵を、灼熱地獄に葬るミツバチの羽だが、アシナガバチの場合、全く逆の平和的用途に利用されることで知られている。水分を巣全体に噴霧し、更にそれを仰ぐことで、気化熱を巣から奪い冷却効果を招く働きだ。これは日本のエアコン会社が実は有数な軍需産業でもあることを連想させる。全く関係はないのだけれど。
ハチの姿はどの動物でも恐ろしい。だからミツバチ、アシナガバチ、スズメバチなどの黒に黄色のカラーリングは警戒信号として機能する。だが、スズメバチのように額面通り獰猛なだけでは、色々な軋轢を自ら招くことになる。コワモテで、その実、温厚篤実な生き方というのは、攻撃されることも攻撃を受けることも少なく、賢明な選択なのかもしれないと感じる。無論、人間としても見習うべき点が多い。
Winery 〜Field noteへ戻る