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世の中に比較論の上での三段論法が存在する。××は○○を駆逐するが、××は△△にやられるから、△△は○○より強いといった類のものである。ところが世の中はさほど単純ではないのでジャンケンやトウハチ拳のような三竦みが存在する。また系統樹から見て類似の種同士は、同種であった頃の習慣風習や、何しろ形状/生態などから実際にも敵対関係には陥りにくいようだ。
ただ、例外はどこにでもある。
ハチはどの生物にも恐れられる。ターミナル・アニマルとして地上に比類ない強さを誇っている人間とて、スズメバチ、アシナガバチに数度に渉って刺されると、自家中毒によって命を奪われてしまう。ハチの黄系統と黒褐色系統のツー・トーン・カラーは、踏切や信号機に応用されているほどの本能的な警戒心を促す信号となる。そのような決定的な武器を持ったハチを襲う昆虫もいる。その中には同種のハチもいる。しかも世間一般に認知されているハチとは異なった姿をしている者も。
セイボウ。青蜂と綴る。ハチではあるが、お馴染みのツー・トーン・カラーを採らず、青または緑がかった青のメタリックな色調で身体が彩られている。メタリックではあるが、身体に細かな凹凸があり、スパンコールのように身体を輝かせている。その様は宝石にも似るが、宝石以上の美しさを放っている。どれくらい美しいかと問われると、比較対象にはしにくいものの、タマムシに匹敵すると答えざるを得ない。その美しさゆえに外国、たとえばモンゴルやキューバでは切手の図版になるほどである。ちょっと見ただけでは甲虫を連想させる姿である。しかし、膜翅目つまりハチであることが身体の構造から見て取れる。
スズバチ、トックリバチなどのドロバチの類は、蛾の幼虫などを生け捕りし麻酔をかけて幼虫の生き餌にする。手の込んだ寄生とも言える生態だ。違うのはターゲットとなる昆虫が野ざらしのまま寄生しているものごと天敵からの危険に晒されているかいないかである。巣というか揺籃に守られたまま、生きた獲物に寄生する方法は、一般的な寄生から更に効率上は進歩した方法であると考えられる。しかし、そのカリウドバチに更に寄生するものがいて、それが同じハチ目の昆虫であるのには瞠目させられる。それがセイボウである。
セイボウは0.5mmから1cm程度の小さなハチである。小さいが、その色彩には前述の通り、昆虫とは思えぬほどの美しさがあり、決して目立たない種ではない。蠅にもキンバエのようにメタリックな彩りのものがあるが、セイボウは明らかにそれらとは一線を画するハチである明瞭な特徴がある。寄生するのはドロバチの類に加え、やはりカリウドバチであるジガバチの類、またはハチではないが繭を作って無防備な蛹の時期を過ごす、イラガという蛾。イラガに寄生するのはセイボウでもオオセイボウで、文字通り大型のセイボウである。セイボウは、せっかくカリウドバチの成虫が念の入った獲物の捕獲と精巧な巣を作り、その目論見が殆ど成功しかけた幼虫の最終段階で、蛹の直前、前蛹という段階で産卵を行う。イラガの場合でも蛹寸前の幼虫が狙われる。
擬人化された観点からは卑劣な手段に思える。しかし、安全性、効率性から言えば、これほど進んだ方法も珍しい。何しろ寄生より効率のいい揺籃による幼虫の成育をそっくり借りてさらに確率を高めているのだ。同じハチの類とは言え、セイボウにそのような意識があろうはずもない。確実に遺伝子を継承する方法を模索するウチに、こういう方法に辿り着いたのであろう。効率的な幼虫の育成をしているのが同じハチだったというだけの話で、これもハチが高度な繁殖方法を確立している証左なのかもしれない。
鳥類にも託卵をするカッコウ、ホトトギスのようなものもいるが、寄生種の親を騙して餌を搾取するどころか、他の卵を全部巣から蹴落として殺してしまう鳥と、ただ一匹の寄生主を食い尽くすセイボウとどちらが悪辣かは議論がわかわれところだろう。そもそも、そういう生態を擬人的に見て悪辣などと評価すること自体妥当ではない。
セイボウの成虫は他のハチ同様、花などに寄ってくる。やはり花を訪れる周囲の昆虫を補食するという話は聞いたことがないので、多分花の蜜や花粉を食糧としているのだろう。ただ、あのツー・トーンがないので、他の生物から警戒されるメリットは享受していないのではなかろうか。世の中には酔狂な人がいるらしく、ハチの刺されて痛い度合いのランキングが古川晴男氏著の昆虫辞典に載っていたのを見た気がする。ベッコウバチ、ジガバチなどは結構高いランキングになっていた記憶がある。世の中にありとあらゆるハチに刺された経験がある人がいるとも思えず、痛みというものは主観に過ぎず比較が困難であるから、そもそも眉唾なのだが。セイボウはそこに載っていなかった。想像だがセイボウに刺されてもさして痛くはないのではあるまいか。セイボウの色彩は痛みの警戒を喚起するものではなく、寧ろ補食すると不味かったり、毒を孕んでいるような警戒色に近い気がする。
世に明らかなハチの恐怖の度合いが刺されたときの被害を表すものならば、人間などの動物にとって確実にセイボウはカリウドバチより弱いことになる。しかし、生態から見ると、セイボウはカリウドバチを駆逐する存在である。
セイボウは明らかにハチの中では異端である。ハチの特質を逸脱したハチとも言える。進化論を仮定すれば、他の種への遷移の途中段階のようにも思えるが、セイボウの形質はそこで停まっており、系統樹の枝の末端で独立しているとしか思えない。その異端振りが、種を絶滅に導きかねないとも感じるが、そうでもなく、効率のいい繁殖方法も宝石に準えられるような美しさも普遍性を保っている。絶滅危惧種に挙げられることもなく、美しいわりには結構その辺りを平気で飛び回っている。
人間でも異端であることはエネルギーを要する。それどころか、中世のキリスト教では異端であるだけで裁判にかけられ、処刑されてしまうほどであった。その人が実際に異端に走っていなくても、異端と見なされるだけで命の保証はなかったようだ。それを普遍化してしまうセイボウの生態には尽きない魅力を感じてしまう。
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