シラホシテントウ

偉大なり、食物連鎖

 筒井康隆の短編に「蟹甲癬」という小説がある。無論、小林多喜二のプロレタリア小説「蟹工船」のパロディである。蟹工船の乗組員の頭に、蟹の甲羅の形の疥癬が出来る。それを剥がして食べてみると、蟹味噌のような味がしてとてもうまいとわかる。疥癬は舟の中で蔓延し、やがて乗組員らが下船してから、陸地でも流行る。だが、その「蟹甲癬」を食べている者達は昼間でも恍惚とする傾向を辿る。蟹甲癬には脳細胞が付着していて、蟹味噌のように美味なのはそのせいであった。だが、それを続けていると感染者は痴呆化し、やがて死亡する。各国政府はそれを抑えようとするが、感染者の性癖は最早止めることが不可能で・・・、という話だった。荒唐無稽ではあるが、妙なリアリティがある。筒井にはカミュの「ペスト」をパロディ化した「コレラ」もあるが、こちらはもっと不衛生な話で、ここでは到底紹介できない。
 自食する習性を持った生物はタコだけであろうか。ただ、再生能力を以て知られるタコも、外敵との諍いによって失われた足は再生するらしいが、自食した足は蘇らないという。自然の摂理に沿わない行動には罰が下されるということか。だが、一方で人間は罰を伴うような振る舞いへ衝動に近い魅力を覚えてしまうこともある。自殺はその究極の形態なのかもしれない。

 テントウムシはカミキリムシと並んで、在り方は全く違うが、自然で単純な美しさを醸す形状を持っている。液体が表面張力を主張したまま凝固でもしたような形状である。これがまた、適応分散した豪州の有袋類のように、肉食と草食に分かれる。ナミテントウ、ナナホシテントウ、ベダリアテントウなどの害虫を食糧とする肉食種は益虫と呼ばれ、オオニジュウヤホシテントウ、ニジュウヤホシテントウなどは作物の葉を葉脈だけ残して食い尽くしてしまうような凶悪な害虫とされる。肉食のテントウムシは身体が小さい割りに、貪欲にアリマキやカイガラムシを漁り続ける。あの身体をメンテするのには膨大なエネルギーを要するのだろうか。増してやアリマキなど、アリが甘い体液を貰い受けるほど、栄養価の高い昆虫である。あの形状は案外コスト・パフォーマンスが悪いのかもしれない。アリやアリマキにとって、テントウムシこそが獰猛な怪獣であろう。
 だが、この二方向のどちらにも属さないものがいる。シラホシテントウとキイロテントウである。この二種はあろうことか、黴を食糧とする。様々な植物を犯す白渋病菌を食糧とするのだ。ウドンコ病のようなものを思い出してもらえばいいかもしれないが、ウドンコ病の原因は必ずしも病菌ではなく、種々雑多であるから不適当な表現かもしれない。
 人間は味噌、醤油、酒、酢、チーズ、ヨーグルト、納豆、寿司(本来の)、漬物など、ありとあらゆる発酵食品を活用している。人間以外の哺乳類も、サルが木の虚に木の実を貯蔵したものが発酵してサル酒になるなどと聞くが、酒を嗜むサルとは不幸にして知己を得ていない。シロアリ、キクイムシの一部などは繊維質を消化するために内臓に微生物を生かしているというが、菌を食するものではない。してみると、シラホシテントウ、キイロテントウはワインやチーズを嗜むような昆虫と言えるだろうか。
 これらも作物や庭木の病菌を食する場合、人間に利をもたらすので益虫なのだという。何を言っているンだか。

 体長3〜4mmと比較的小さなテントウムシであるため、目に付きにくいし、ナナホシテントウのような象徴的な色彩のコンビネーションを持っているワケではない。地味かもしれない。だが、淡い鼈甲色とも言える淡い黄褐色の地は透明感を帯び、胸部上板に四個、上翅に四×二で八個の白い水玉模様はチャーミングである。キイロテントウは前翅が黄色一色、胸部上板は白く一対の黒紋がアクセントとなっており、これまた特徴的である。
 4〜5月に羽化して人の目にも留まるようになる。つまりは白渋病菌も大概の植物が芽をふく春先から活動を活発化させているということなのだろう。
 食物連鎖の終端は文字通りターミナル・アニマルと呼ばれる。人間である。人間は死して大地に還る際に、微生物にその身を提供する。こうして微生物から再びサイクルが回る。日本人のように火葬で亡骸を処理してしまうのは、著しく自然の摂理に反する。利益を還元していないということであり、長い目で見れば自然の営みに悪影響を及ぼすものかもしれない。普通、微生物からテントウムシにまで食物連鎖が辿り着くには何段階かを経ると思われる。ただ、植物にとって白渋病菌から被る被害が深刻であるとしたら、強力な駆逐力を発揮するテントウムシは貴重な存在であると考えられる。このように、明らかに有害な農薬など使わずとも、他の昆虫、動物が作物に与える被害は軽減できるのである。だが、高い生産性と流通への安定した産物の供給を考えると、どうしても自然の力を借りるような悠長なことは言っておられず、性急な手段に走らざるを得ないのだろう。だが、おそらくは、そういったことが、人間の生物としての欠陥であり、来るべき衰退への綻びもここにあるような気がしている。
 また驚嘆するのは、テントウムシというシンプルな形状でありながら、肉食、草食、菌類と、多様な食性を持つに至ったところだ。テントウムシはカミキリムシほど多数の種類に分かれて栄えているワケではないが、よりしたたかな印象を与える。カミキリムシは種類によって食樹が異なるものの、すべて草食である。病菌を好んで食べるような習性もない。肉食のカミキリムシなどはいない。ホタル、ジョウカイボンなら肉食であるが。

 してみると、シラホシテントウは植物にとって樹木医のようなものなのかとも考えたが、もしかすると、全ての昆虫が植物にとって医師のようなものなのかもしれない。たとえ人間が単純にこの昆虫がこの植物に害を為すと対応付けようが、昆虫は植物の個体ではなく種にとっての増え過ぎを抑制したり、老木に引導を渡したり、受粉つまり生殖を助けたりしているのだ。局所では敵対関係に見えても、それは大所高所で眺めると共生そのものなのかもしれない。人間はそう考えることが出来ないから、同じ種同士ですら共生が出来ずに、殺しあってしまうのかもしれない。



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