シリアゲムシ

取り残された古代


 地球上でおよそ昆虫ほど多様な姿に別れた類はない。生物の種類の約75%が昆虫で占められる。各々異なった生態を持ちながら、そのいずれもが地上で生き残るに足る優れたシステムとして機能していることを示す。人間の目にも美しい翅を持つ鱗翅目、機能的な体系と生態のバリエーションが魅力の鞘翅目、耳でも目でも楽しませてくれる直翅目・・・。よく図鑑などで古代の昆虫が生息している様を創造した図を見掛ける。地に這うのはゴキブリ類で、宙を舞っているのは今残っている種類より大型のトンボだったりする。化石などによりある程度、古くから棲息していた昆虫は特定できるものらしい。
 これほどの多様さを見せている昆虫なのに、現存する種類がさほど多くはないものもいる。或いは古代には多く見られたものの、多様な変化を遂げることなく、現代に取り残されてしまい、どこの類にもカテゴライズできないということなのだろうか。シリアゲムシもそのひとつである。上に挙げた鞘翅目等の分類で、シリアゲムシはシリアゲムシ目にしか分類できないのだ。類似したものもかつてはいたのかもしれないが、今は数種のシリアゲムシしか残っていないのかもしれない。
 珍しい昆虫ではない。林を歩いていると木漏れ日を受けてフワフワした感じで飛んでいる姿を簡単に見つけることが出来る。飛ぶのが巧みではないらしい。不自然に上下動が大きく、失速しているのではないかと思えるときもある。木の葉の上で翅を休めている姿もよく見掛ける。何に似ているかと問われれば、ハエかアブなどかもしれないが、その名の通り、雄の尾はまるでサソリのように撥ねあがっており、すぐにそれらとは見分けがつく。これは生殖器なのだそうだ。よく見るとハサミムシの二股に分かれており、いかにも武器として使えそうだが、そうではないらしい。生殖器は生殖器として機能するのみだ。
 そのサソリのような形状におどろおどろしい印象があり、実際に顔つきなどを見ると、怪獣や特撮ヒーローものの悪役モンスターもかくやと思う無気味さだが、獰猛ということはない。肉食だが、他の昆虫の死骸などを漁る。生きたものを捕食するということはあまり聞かない。ジブリ・アニメの「風の谷のナウシカ」には不気味な昆虫が数多く出てくるが、ああいった感じであるといえば、この地味な虫を知らない方にもイメージが湧くであろうか。ただし巨大ではない。
 存在すら影が薄いので、害虫だの益虫だのと人間から身勝手な分類はされていないが、そういうものはすべからく「不快害虫」にカテゴライズされてしまうのだろう。その上、絶滅が危惧されたりすると、途端にレッドブックなどに載せられたりする。

 不気味なこと以外に何のワザも持たないように見えるこの虫だが、交尾の際には意外な術を用いる。雄は目指す雌に対して餌となる昆虫の死骸などを贈り、雌がそれに夢中になっている隙に交尾に及ぶのだ。これを擬人化が好きな、というより擬人化してしか昆虫の生態を見ることが出来ない人間は、「プレゼント攻勢」などと表現するが、それは如何なものかと思う。
 昨今、大学生が経営するイベント企画会社が、組織ぐるみで客なのか身内なのかよく立場がわからない若い女性達を陥れ、日常的にレイプしていたことが明るみになった。酒などに睡眠薬を混入して前後不覚にしてしまうという、ある意味他愛なく、それだけにおぞましい手口だった。昔、杜氏達がビンボー学生だった頃、女性がトイレなどに立ち席を外した隙に、酒に目薬を混入すると覿面に女性は酔い潰れ、後は何をしようとなずがままだという会話が交された。そういうことは冗談に留まり、実際に目薬をそういう目的で持参するようなヤツは見たことがなかったし、またそれを以て目的を遂げたというヤツにもお目にかかったことはない。いたしても、軽蔑されただけだろう。それを組織的にするような輩が登場するとは思わなかった。幼稚とか悪逆非道とか以前に、人間の考えることではない。論評すら出来ない。(それを「元気があっていいじゃないか」とノタまった代議士センセイも含めて)
 シリアゲムシの手口もそのレベルであると思われる。実際には雌がその餌を貪ることに夢中になっている隙に交尾を図るのである。プレゼントに篭められた気持ちへの感謝などはあるハズもないし、餌を得られたからその対価として交尾を赦すような損得の遣り取りすらそこにはない。餌を受けたことが生殖行為に合意したサインというワケでもない。ただ、食欲に走って事実上意識のない雌を雄は陥れるのである。もっとも雌にも「やられちゃった」という感覚はないであろうから、雄にも罪があるワケではない。他の動物でもこれに似た行為に走るものがいるが、プレゼントの内容を他の雄と比較されたりする。シリアゲムシにそういう輻輳した価値観などない。
 こういう昆虫の行為を見て、シリアゲムシはなかなかに頭がいいなどと言ってはいけないと思う。要は本能であり、習性であり、知性から発したものではないのだ。そう言えばトンボ同様、シリアゲムシも交尾しながら移動している姿をよく見掛ける。途中からプレゼントなどどうでもよくなってしまうのだろう。

 シリアゲムシは発見されている化石からも古代から地上にいたことが確認されているという。見た目通りにオールドファッションな昆虫なのだろう。今の地球は多様な鞘翅目や鱗翅目が全盛の感があるが、バリエーションを極端に持たぬことは、古代からの流れに取り残されたという意味合いだけではなく、案外シリアゲムシの生態システムが地球上の環境変化とは無関係に普遍的な適合性を帯びた優秀なものであるということを物語っているのかもしれない。
 目立たぬ虫だからといって侮ってはいけない。人間などシリアゲムシの歴史に較べたら一瞬と呼べる時間しかこの地上に存在していないのだ。



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