

態度はそっけなく取っつきにくいのに、宴会などに必ず出席するような人がいる。宴会に出ても酒をガバガバ飲むでもなく、大声で楽しげに騒ぐのでもなく、カラオケのマイクを離さぬでもなく、ただジーッとしている。でも楽しくないのなら出席はしないだろう。
初夏から夏にかけて、様々なカミキリムシが人家を訪れる。夜の灯りに寄ってくることも多いが、昼間でも結構頻繁に活動しており、ひょっこりと訪問を受ける。夏の訪れを最も身近に感じさせる昆虫が、杜氏にとってはカミキリムシである。先日も夜の網戸に最も普通に見られるカミキリムシのひとつであるゴマダラカミキリを見つけた。ベランダに出てシルエットだけで見ると、比較的小型な種類であるのに、立派な触角が堂々と張り出していて古い和名である天牛の由来が実感として納得できた。強力な大顎の被害に遭わないように背中から掴んでみると、鋭いかぎ爪で網戸にガッチリ掴まり、なかなか離れようとしなかった。ようやく引き剥がすと、お馴染みの「ギーギー」という鳴き声(?!)を立ててくれた。
カミキリムシはそのニートな造形、バリエーション豊富なサイズと翅のデザインから愛好者が多い昆虫だ。杜氏も大好きである。カブトムシ、クワガタムシのシンプルな黒褐色もいいが、カミキリムシの翅はいかにもお洒落に見える。ルリボシカミキリなどに出くわそうものなら、息を止めて見ほれてしまうほどの美しさだ。ただ、ある種の植物の栽培農家にとっては悪魔のような昆虫とも言える。
杜氏はカミキリムシと言えば、夏の暑い日のベランダで物干し竿に寄ってくるゴマダラカミキリ、キボシカミキシなどを即座に連想する。人家を頻繁に訪問する人懐こさなのに、捕まえてみると「ギーギー」鳴くし、大顎で抵抗を試みる。その気の強さはカマキリに近いものがある。
カミキリムシで一種だけ好きな種類を挙げろ、と言われたらシロスジカミキリにとどめを刺すだろう。ミヤマカミキリと並んで5cmほどもある在来種で最大のカミキリである割には、上に挙げた二種やノコギリカミキリなどと並んで頻繁に見ることが出来る。やや緑がかった灰色の貴重に黄色い斑点。「シロスジ」と呼ばれるにしてはスジ(斑紋)は白くはない。標本にすると白く変わるそうだ。
カミキリムシは髪切り虫で、紙切り虫でも噛み切り虫でもない。でもそれは名前でしかなく、実際のカミキリムシの大顎は生木にせよ倒木にせよ、木の幹を掘削する為にある。髪を切ったりはしない。カミキリムシをカブトムシやクワガタムシと同じ籠に入れておくと、カブトムシやクワガタムシをボコボコに壊してしまうそうである。木に留まった状態で相手を押し退けるのに、カブトムシの角やクワガタの大顎は適しているかもしれないが、実践となると、食糧を噛み砕く器官を持つカミキリムシの方が強いのかもしれない。
夏の林のコナラ、ミズナラ、クヌギなどの樹液スポット争奪戦は、すべてカミキリムシに端を発する。カミキリムシの幼虫はテッポウムシと呼ばれる。他の甲虫と似た乳白色のイモムシだが、木のトンネルの中で暮らしているので鉄砲のように細長い形状をしている。自分で掘った穴の中で噛み砕いた木屑を食糧として成長する。テッポウムシが掘削した穴は植物にとって傷である。特にカミキリムシが好むミズナラ、コナラ、クヌギは傷口から樹液を滴らせる。それが発酵して、ヤセバエ、ケシキスイ、カナブン、スズメバチ、クワガタムシ、カブトムシといった種々の昆虫の重要な食糧となる。
テッポウムシの威力は見た目以上に強力で、外見ではわからなくても立木を食った幹の部分から伐り倒すほどだという。ミズナラ、コナラ、クヌギなら樹液に集まる昆虫に貢献するのだが、平たく言ってドングリの類の木を好む。つまりシイやクリもその食樹となる。杜氏はマメ、クリといった甘くてモサモサした食感の食物が食べられないので、クリのことなどどうでもよく、寧ろカミキリムシの方が心配なのだが、被害を被る栗栽培農家にとってはそれどころではないだろう。
ファーブル昆虫記には、テッポウムシを料理して食べる実験について述べられている。オーストラリアなどでは甲虫類の幼虫が原住民であるアボリジニによって貴重な蛋白源とされ、美味として珍重されていると聞くが、古来ヨーロッパでも食されてきたらしい。さすがにファーブルの時代ではイモムシをわざわざ食べるような風習はなく、参加者達も勇を鼓舞して実験に臨んだらしい。結果は、表面が羊皮紙のように硬くて閉口したところはあるものの、香りもよくジューシィで上品な味だったらしい。ただし、食するにはかなり抵抗があり、最も旨そうに食べていたのは盲人だったというオチだった。栗の養殖農家など、駆除と珍味の提供の一石二鳥で試してみたら如何だろうか? 栗より旨そうだなどと言うのは無責任かもしれないが、長野の伊那地方のゲテモノっぽい昆虫食品よりは印象がいいような気がする。
鳴き声の正体だが、翅の上部と胸部を摺り合わせた擦過音で、無論口で鳴く訳ではない。このあたり、コオロギ、キリギリス、セミと類似したメカニズムである。ケラも情緒のない声で鳴き、ミノムシの声などと平安時代のやんごとなき階級の人々からトンでもない誤解を受けたりしたらしいが、やはりこれも摩擦によるものである。多くの鳴く虫がテリトリーの確保、生殖相手(候補者)へのアピールとして鳴くのに対して、カミキリムシの鳴き声は鳥などの捕食者(天敵)への威嚇効果を呈するらしい。人間も多少はあの鳴き声でたじろぐのであるから、鳥にも効果があるだろう。もしかすると、鳴き声の記憶とカミキリムシ最大の武器でもある大顎での攻撃による痛みが経験的に天敵の認識に結びつく複合効果があるのかもしれない。
シロスジカミキリの魅力は主にその大きさであるが、翅の付け根あたりと胸部にも鋭い突起があり形状にも特徴的なところがある。子供に人気があるのも、その奇矯な造形によるところが大きい。怪獣的な魅力である。男の子はすべからく常ならざるものに興味を覚える。ゴジラの勝利はその異常な造形をデザインした時点で大方決まったといえる。不評だったハリウッド版ゴジラは、単なるトカゲの巨大版としか、ゴジラを解釈できなかったことに敗因がある。トカゲならちょっとした庭先には普通に見られるし、常ならざるものとはとても言えない。
カミキリムシは普通に見られる種である反面、とてもエキセントリックであるがゆえに魅力を放っている。たとえば規則正しい並びを見せる複眼も、チョウ、ガのような鱗翅目では不気味に映るが、カミキリムシのメカじみた造形にはとてもよく似合う。同じような構造なのに、評価は大きく違う。鱗翅目の昆虫がきらびやかな衣装に身を纏った優しい印象なのに、実は翅をとってしまえば普通の昆虫と変わらぬ、婦女子に不快感を与える顔つきをしているのに対し、カミキリムシの顔はあくまで甲冑に武装した身体と整合が取れている。変身ヒーロー物などが採用しないものかと常々感じていたが、平成仮面ライダーの二作目で、副主人公の仮面ライダーのモティーフがカミキリムシだった。猛々しい性格で噛み付き攻撃なども試みるヤツで、歌舞伎の様式美的な美しい動きをする主人公ライダーより寧ろモンスターじみたワイルドさで、男の子には人気を博したようである。めでたいことである。シロスジカミキリは特に大きさ、陰影のある模様、突起の存在などによって、男の子にアピールする要因をバランス良く備えているように感じる。
杜氏が子供の頃は一年に数回はシロスジカミキリの来訪を受けたものだった。その頃の我が家は社員寮でベランダも物干し台も貧弱だった。今はかなり広いベランダ(というかルーフバルコニー)を持つようになったのに、当たり前に見られたシロスジカミキリの方が姿を減らしているようである。頻繁に見かけるのは専らゴマダラカミキリか、キボシカミキリになった。カブトムシなども、全く自然な環境よりは人工の条件が備わった人里と森林の間あたりで棲息するのが相応しい昆虫なのだという。カミキリの類にも全く同じことが言えるだろう。それでなくては、あれほど人家近くに活発な活動を展開するはずもない。
形がよく、色合いも上品で、大きく、力も強く、メジャーな甲虫とケンカしても打ち勝つ強さを備え、風格があって、鳴き声を立てる能力も備え、天牛などというロマンティックな響きの名前まで持っている。加えて勇を鼓舞すれば食しても美味。考えてみればこれほど常ならざる昆虫も珍しいのではあるまいか。華があるとさえ表現できる。杜氏のベランダの物干し台はいつでもシロスジカミキリの来訪を待ち受けている。あれほど宴会に律儀に出てきていたのに、すっかりお見限りの取っつき悪い謹厳実直型サラリーマンの来店を待ち望んでいるスナックのママになったような心境である。
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