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浦島太郎は日本のお伽話だが、現代のよく出来たSF小説のような見事な仕掛けを持ったファンタジィでもある。時間感覚の狂いはアインシュタインの相対性理論によって導かれる宇宙空間での光速移動によって生じる時計の遅れと妙に符合する。その矛盾を押し込めた筺である玉手箱は利用法によって人に益にもなれば害も及ぼす諸刃の剣であるタイムマシンを想起させる。子供向けの変身ヒーロー物などで、時空の裂け目に陥って異次元へ辿り着いてしまう人達が描かれたりするが、竜宮城は正に裂け目の向こうに拡がる別世界であろう。
考えてみれば夕鶴や雪女、羽衣伝承などは逆に異次元の者達が時空を超えて、杜氏達が知る世界へ陥ってしまったことから起きる悲劇であるように思える。時を越えた存在である異次元よりの放浪者は時の影響を受けずに普遍的な心の持ちようを崩さないが、膨大な時間に変化を来さざるを得ない人間の方は、「失敗する可能性のあるものは失敗する」というマーフィの法則を知ってか知らずか、禁忌を破ってしまう。これも次元の裂け目が生んだ悲劇であり、傷つくのが決まって女性の側であることも手伝って哀切な陰を帯びる。男性でこういう主人公を演じられるとしたら、若い頃のデヴィッド・ボウイだけであろう。(彼は男とは呼べないか?)
ところが、身近にも環境変化によって、浦島太郎にでもなったような時空の裂け目に陥ってしまうハメになることに、このField noteを綴り始めて気が付いてしまった。杜氏が幼い頃は人が住んでいるすぐ隣に当たり前のようにいた昆虫がいつの間にかとても珍しい生物となっているケースの何と多いことか! そして杜氏はそれに気付くまで、未だにそれらが人間の隣人であると思い込んでいた。レッドブックの中にそれを見出して愕然とさせられる。
杜氏自身も身軽で好奇心が強く、飽くことのない体力を持った少年からさほどかけ離れていないと、心のどこかで考えていた。ところが鏡に映ったおのが姿は、少年には決して見られない膨れた腹と軽い皺が刻まれ、髪の毛にも雪が積もり始めたオジサンそのものである。慢性的に玉手箱の煙を浴び続けた浦島そのものではないか!
ムラサキトビケラという昆虫がいる。トビケラとは幼虫期を水棲昆虫として過ごし、完全変態後に羽化する成虫は水中を離れて飛び回る昆虫である。カワゲラという分類上近い類もいるが、形状や大きさが少し違う。杜氏はトビケラをカワゲラの読みに準じて、トビゲラであると思い込んでいた。どうりで、インターネットの検索エンジンでひいてみても何も引っかからないはずである。この年齢になって初めて、杜氏はその名の由来に気が付いた。トビケラもカワゲラも羽を除いて腹、胸、頭の胴体だけよく見ると、違う種類のある昆虫にとてもよく似ている。寧ろバッタ、コオロギの類であるケラ、通称オケラである。カワゲラは濁音便で「ゲラ」となり、トビケラは直前の動作を示す修飾語の語尾が濁音なので「ケラ」と澄んだ発音をされるのだろう。
ケラとトビケラ、カワゲラは分類学上全く別の種類である。
さてムラサキトビケラは、杜氏にとってシオカラトンボやモンシロチョウのように全く普通に見かける昆虫ではなかったが、特段珍しいシロモノでもなかった。寧ろ、山の中に入った方が頻繁に見られたハンミョウなどよりも、見かける頻度は高かった。成虫も川から羽化して川に産卵するから、水辺に多く見られる可能性はある。杜氏の住んでいた町、追浜にも住宅地を流れる川があった。どぶ川だと認識していたが、ベンケイガニやザリガニは普通に住んでいた。その流れに沿ってムラサキトビケラも棲息していたように記憶している。清流の方が生きやすいのだろうが、全くの清流ではなくとも順応しうるのかもしれない。
初めてソイツと遭遇した時には何者かと思った。濃い褐色じみた紫の羽に黄色い斑点があったように思う。色合いや羽の形状からしてヤママユガやスズメガといった大型の蛾に見えた。しかし、手で掴んでも鱗粉がはげ落ちなかった。妙に派手な羽を彩っているのは粉ではなく細かい羽毛のようなものだった。大きさもかなりだったと思う。何分、杜氏も子供だったから実際の寸法より誇張して記憶しているかもしれない。羽の開帳は十数センチはあった気がした。ヤママユガの類よりは小さかったが、スズメガの類より大きいことは確かだ。蛾のような彩りの羽とそこに生える羽毛、よく見るとカゲロウにも似た形状。初めてコウモリを見た人はそれが鳥なのか、羽を持ったネズミなのか、はたまた小型の悪魔なのか、判別に迷うと考えられる。杜氏にとってのムラサキトビケラもそういう存在だった。
杜氏達がどぶ川だと思っていた川を遡ると、町を近くから見下ろすように聳えている鷹取山に行き着いた流域の行程は恐ろしく短いが、鷹取山から水源を発して急流を下り、東京湾へと注ぎ込むイッパシの川だったのだ。だから清流の部分がないとはいえない。多分、杜氏は目に着きやすいムラサキトビケラだけを強く印象に留めているが、他のトビケラの姿にも遭遇していると思われる。
あるHPを覗くと、「オオムラサキ(言わずと知れた国蝶)やムラサキトビケラなどの大型美麗昆虫」とある。ムラサキトビケラがオオムラサキと並び称せられるほど美麗だとは思わなかったが、大型である記憶は正しいのかもしれない。
ただ、どのHPを繙いても、幼虫の写真は頻繁に載っているものの、あの懐かしい成虫の写真を見ることができない。大型で美麗なら写真が載っていてもいいものを。それだけ珍しい昆虫となってしまったのだろうか?
幼虫は水中の木の枝や葉を集め、それを紡いで巣にしているらしい。簡単に言ってしまえば、水中の蓑虫の蓑のようなものだ。そのまま民芸品にもなるらしい。幼虫の身体は細長く、不気味さが還元されたムカデのようだ。もっとも足はあれほど多くはないが。何を食べているのかわからないが、少し似ているカゲロウなどから類推して肉食なのかもしれない。などといっても、蛙や魚にとってはトビケラの方が餌食となるに違いない。
川釣りは生き餌よりも主に餌に擬したルアー、つまり疑似餌が用いられるが、このルアーはカワゲラ、トビケラの幼虫に似ているような気がする。大量に産卵することによって、淡水魚や両生類、爬虫類などに豊かな栄養を提供していることは想像に難くない。
鷹取山は杜氏が追浜に住んでいた昭和三十年代から宅地造成されることが決定しており、時折山腹が発破によって切り拓かれていた。今は頂上の切り立った岩をロッククライミングの練習場(よく事故で人が死ぬ)として残し、横須賀側の登山道や山肌、川はすっかり宅地化されてしまった。湘南鷹取団地である。僅かに逗子側は沼間口から登り始めて山腹にある神武寺を経由し山頂に至るハイキングコースが残されている。隣人だと思っていたムラサキトビケラやカマキリモドキが、すっかり手の届かないところへ遠ざかってしまったことを思うと、西武グループの罪は重いかもしれない。
かつての少年は、生物と野山で戯れる子供じみた歓びを感受性に残したまま、気だけが若いオジサンへといつの間にか物理的肉体を衰えさせていった。何年か前に神武寺コースで鷹取山に登ったが、今の半分以下の体格に過ぎなかった子供の頃の記憶を数倍上回るハードな道程に驚かされたものだ。ムラサキトビケラの不在を意識するとき、すぐ隣に開いている時空の裂け目に呑み込まれそうになるのを感じざるを得ないが、未だ玉手箱に全てを委ねるには早過ぎる。