カタビロトゲトゲ
体長5ミリの怪獣
洗剤やら薬やら化粧品やらの商品名は、普段何気なく見過ごしてはいるものの、深く考えるとかなり謎が多い。一応カナタナでママレモンのように、ストレートな英語の組み合わせもあるが、全般に無国籍な文字列と言える。モンダミン? 気持ちはわかる気がするが・・・。カコナール? 葛根湯からの連想? キャベジンはキャベツ? ルル? 考えてみたらシュールなぶっ飛び方だ。デンター・ライオン? そのまんま。ハイター? 効き目ありそうだけど・・・。クイックル? 速そうではある。総じて言えるのは意味不明であること。ホーミーという洗剤がある。沖縄では売っていないそうだ。家庭のホームに愛称の意味でyかieを振ったに過ぎないのかもしれないが、沖縄では口をするのに憚られる意味を持ってしまうらしい。こうなると、商品名の命名も重大事だ。ホーミーは沖縄本土復帰前の命名だったに違いない。
昆虫の生態は多様で、人間から見れば奇妙かもしれないが、大概は合理的な説明がつく。伊達に奇妙なだけではない。それに奇妙と感じるのは人間の感覚でしかなく、自然界は人間に支配されているワケではない。未だ人間の科学ではどうしても解明できない謎の生態、形態を持つ昆虫も数多い。人間の生活にとって些細なこととしか思えないので、不明のまま放置されている謎も少なくない。
五月の連休や夏休みになると、家の横の階段に露出した土で出来た法地の除草をしたものだった。誰の所有でもない土地だったが、杜氏の家で処理しなければ誰も構わないと思われるロケーションだ。五月連休だとそこにノビルやアサツキが生えているのを発見したものだった。役得で採ってきて料理して食したものだった。なぜ、そのような一見無意味な斜面にそれらが生えていたのかはわからないが、何らかの必然性があったハズだ。その法地も人間の都合からか、市の営繕課の判断か、コンクリートで埋め尽くされてしまった。ノビルはどこにでも見られるがアサツキはそうではない。杜氏個人としては残念なことだ。だが、ご近所としては雑草が生える法地など美観を損ねるに過ぎない存在なのだろう。マクロな視点で見ると、人間側の美観を重視して土の地面を抹殺するなど、スットコドッコイで罰当たりな所業なのだが、そうとも言えない事情がある。花粉症も犬のお土産公害も、土の地面がなくなったことによる人災なのだが、そう口にすると、こちらがスットコドッコイ扱いされてしまう。
トゲトゲと呼ばれる昆虫のグループがある。方言などではない。れっきとした普遍性のある和名だ。鞘翅目、ハムシ類の昆虫だ。代表的なコガネムシのひとつであるドウガネブイブイと並んで、奇妙な命名である。昆虫学者が真面目な顔をしてそういった名前を検討したのだろうか? それとも命名する時点で、その名がある程度広い市民権を持っており、覆し難かったのだろうか? たかだか体長5ミリ程度しかない目に付きにくい甲虫である。後者である理由など考えにくいのであるが。
ハムシにはヴァリエーションが多く、その点ではポピュラリティがとても高く、昆虫マニアのエントリーとして有効なカミキリムシ、根強い人気を持つオサムシ・ゴミムシ類と変わらない。ただ、惜しむらくは大きさの面で見映えがしない。大型であっても、せいぜいが一aを僅かに超えるに過ぎない。しかも草食性であるハムシは必然的に人間の栽培種にとっての害虫呼ばわりされることが多く、ネガティヴなイメージが付き纏う。
トゲトゲとつくハムシの代表格はカタビロトゲトゲであろう。体長は5ミリ。クヌギ、ナラ、クリなどのドングリ類の実に潜って中身を食う。ナッツを食うのだから、目の付け所はいい。効率のいい栄養摂取をしているのだろう。拡大してみると、正に全身トゲだらけで、特に前翅の周囲はノコギリの刃丈のトゲで縁取られている。背中などは細かいトゲ(突起)に覆われているだけではなく、ごつごした印象の凹凸だらけである。体色は黒に近い群青。凹凸と併せ、ゴジラの体表面を思わせる。肢と触覚は飴色で、いかめしい身体とコントラストを成している。そして、頭部の目のすぐ後ろには五本の角を思わせるいかつい突起がある。体色はゴジラだが、デザインはアンギラスだ。アンギラスは1954年の「ゴジラ」に続く、「ゴジラの逆襲」でゴジラと最初に戦った怪獣として知られる。作中では恐竜の一種であるアンキロサウルスとの関係が仄めかされるが、造形のモデルはこのカタビロトゲトゲかもしれない。それほど似ている。
カタビロの名は肩広だろう。上から見ると、前翅が軍配状に中央の幅がやや狭まり、上下に広がっており、両肩に相当する翅の上部は左右両端が外側に張り出している。
もしこの昆虫が仮に実際の四倍の2センチほどの体長を持っていたら、さぞかし目立つし、人気を博していただろう。実施には身体が小さいためにいかついスタイルがかえって愛嬌を感じさせるように機能している。ただ、何を連想させるかと言えば、やはり怪獣である。
ハムシはよく飛翔する。このカタビロトゲトゲも例外ではない。前翅の突起からしてさぞ跳びにくそうだが、甲虫類の飛翔は専ら前翅の下に畳まれた後翅で行われるので何ら支障はないだろう。
なぜ、このようないかめしい姿をしているのかが謎だ。外敵を威嚇するにしては、身体自体が小さ過ぎて効果の程が窺われない。草食性なのだから、獰猛な生態とは無縁だ。だが何らかの必然性がこの形状を導いたことだけは確かで、人間の叡智がそこまでを洞察するに至っていないに過ぎない。昆虫の生態に興味が尽きないのも、解明された謎もさることながら、こうした未知の部分を少なからず残しているからにほかならない。
トゲトゲという一見幼児語のような名も、もしかするとこうした未知の謎に思いを馳せた学者のこの昆虫への愛着が込められているのかもしれない。そう思うと独特の味わいが感じられる。クヌギなどは庭木にもなるし、クリは当然人間の食用に用いられる。カタビロトゲトゲの害が喧伝されることは、今のところないが、少々の害ぐらい大目に見てあげられないかと感じる。本来、これらは自然の恵みであり、リスや昆虫にとっての貴重な栄養源である。決して人間が独占すべきものではない。他の作物も同様で、人間が勝手に栽培しているに過ぎず、昆虫にとっては野菜も果物も等しく野生の植物と区別されるべきものではない。
カタビロトゲトゲはよほど注意していなければその存在に気がつかないほどマイナーな昆虫だが、一旦目に止まれば視線を離すことができなくなるほど魅力に富んでいる。よくよく考えると奇妙に感じるドラッグ・ストア商品群のネーミングも、企業が市場に訴求するために必死で考えた企画に基づいているのであろう。我が子に、しかも嫡子に奇妙丸などという非常識な名前をつけたのは織田信長であるが、それも稀代の天才にしか理解し得ぬ愛情のゆえだったのかもしれない。機能や生態が意味不明で命名が謎に包まれていても、それはそれで、カタビロトゲトゲのような存在には相応しいのかもしれない。
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